52. 鬼火の島を発つ、じわり
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ぐっすり寝こけたポトリーグとうず雄・るる波は、次の日明るくなってから各自の食べもの調達と準備をする。
よって夜明け寸前まで、ゆらゆらとえりかの野原に浮いていた、鬼火の姿も見逃した。
わかしたお湯を十分に飲み、野りんごとはしばみを食べたポトリーグは、やる気にみち満ちている。うおっしゃあ!
焚き火のあとを始末して、ごろごろ貝がら浜の上、黒い皮の小舟をかついで歩いてゆく。
緑色の明るい空の下に、そろそろとたなびいてゆく低い雲。今日も良い風が出ている!
「俺の航海譚! 第七踏、≪どんど島≫ッ。不思議だったけど、平和に完了ぉぅッ!」
大きく言い放ち、ポトリーグはぐうっと小舟を海に押し出す。
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「なあ、るるっちーー! 俺らいったい、どのあたりまで来てんだ~?? ≪かいぎゅう島≫までは、まだまだ遠いんだよな!」
なだらかな風に帆を押され、海上を快調に飛ばす中で、ポトリーグはるる波にたずねてみた。
『そうねえ。ゆうべ泊まった≪どんど島≫は、ざっくりだけどわたし達の旅程の三分の二、というところだと思うのよ』
「えっ。ほんじゃもう、半分以上きたっつうこと?」
『ええ、そう。でもここまで来たひげあざらしはほとんどいないし、目印になるような島の特徴なんかも、あんまり伝わっていないの』
『まあー、のん。≪かいぎゅう島≫だけは、≪黒き島々≫のはじっこって、お話にあるのんけど』
うず雄とるる波の祖父も、一族の中で言えば冒険者、旅好きあざらしのうちに入るのである。
その祖父ですら、昨日の≪どんど島≫へ到達した後は引き返して、北の≪ひげあざらし島≫へ戻ったのだ。
「なんで?」
純粋なる好奇心で、ポトリーグは問うた。
「ここまで南に来たんなら、ついでに端っこまで行くかー、とか思わなかったんかな。るるっちとうずっちの、じいちゃんは?」
ぶっしゅー!
小舟のすぐ脇を泳いでいたるる波が、何だかすごい音をたてた……鼻息らしい。わらい噴いたのであろうか?
『あのねえ、ポトリーグ。わたし達のおじいちゃんは、あざらし仲間で旅をしていたのよ。あなたの小舟みたいに、ずうっと続く速さでぐいぐい前へ進んで、一行を引っぱって行くものはなかったの。わたしだって、あなたと一緒でなきゃ、とてもここまでの距離を来ることはできなかったわ!』
「……」
るる波は朗らかに言うが、ポトリーグはどきりとした。
もしやるる波は、いやうず雄も、ふたりは無理をして進んでいるのではないか。
「……別に、むちゃくちゃ急いでるわけじゃねえんだ。きついんなら、速度おとすぞ? るるっち」
『なーに言ってるのよ、もう。あなたをふるさとに帰らせるには、群れに追いつくのが一番確実で手っ取り早いんでしょうが? 陽気もいいんだし、ここは急いでしかるべきなのよ』
しなやかな柳枝に続く帆綱を操って、風をとらえつつ……。ポトリーグは、ぐっときていた。
胸の奥底が、何やら熱く湿ってしまいそうになる。
るる波は本当に自分のことを思って、ついてきてくれてるのだ。
ポトリーグを、故郷ヒベルニアに戻すために……!
『それに、のーん。ポトリーグと一緒だと、何かいつもよりずっと速く泳げるし。遠くへ来てるのんに、あんまり疲れる気もしないのん。自分だけかな、るるちゃんは?』
前方を泳いでいたうず雄が、ぷはっと水面に頭を出して言った。
『ああ、そうね! なんだ。わたしだけじゃなかったわ、そう感じてたの。だからポトリーグ、大丈夫よ。一緒にぶいぶい、行きましょう』
「うん。……ありがとなあ、うずっちるるっち!」
ポトリーグは、前を向いて言った……。言葉の最後が、ちょっと湿った鼻声になる。
自分をこんな風に気にかけて、ついていてくれるひとがいる。
ポトリーグにとって、それはものすごく嬉しくて、なつかしい感触だった。
修道士たちが優しくなかったわけでは決してない。むしろ最年少の同行者に、いたわりをかけてくれていた。けれど彼らはポトリーグを透かして、別のものを見ているような気がしていた。彼らの目的……目指しているものは、他のところ。
ポトリーグは、彼らのまなざしの突き抜けるところを知らない。そこにポトリーグ自身は、いない。
『全然いいのん。どころか自分、ポトリーグが助けてくれなかったら、蛇に食われちゃっていなくなってたのん』
ちゃぷッ……。もそもそと言ったうず雄は、照れたのだろうか。水の下に、また潜って行ってしまった。
『そうよ。わたしの大事な弟を救ってくれたポトリーグは、わたしのだいじなポトリーグなのよ』
るる波は、逆にどやっと言う。
妙な言い方だったが、これがあざらし調なのだろうか。
もしゃついた黒い前髪をすかして差し込んできた陽光に、ポトリーグは目を細めた。




