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鍋聖人ポトリーグの異界イムラヴァ航海譚  作者: 門戸
第七踏 ≪どんど島≫
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51. えりか原の光る飛行体

「うずっち。先に寝ててくれていいのに」



 草むらまでのこのこ這ってきたうずは、ポトリーグのとねりこカモーンを口にくわえていた。


 それを手に受け取り、ポトリーグは原に向けてあごをしゃくる。



「何だと思うよ、あれ? うずっち」


『全然わかんない。けど、くらげによく似てるのん』



 言われてみると、その通りだ。


 原っぱの上、宙にふあんふあんと揺れている光は、いつかどこかの漁港の暗い水に浮いていた、妙ちくりんな生きものにそっくりの緩慢さで移動している。長い脚こそ、見えないが。



「生きものだよな?」


『うん。それは確か』



 ポトリーグはとねりこ杖を握って、原の方に向けたが……。



「そいじゃあ。邪魔すんのは、やめとこう。悪いもんじゃない気がする」


『うん』



 ポトリーグとうず雄が、そろそろときびすを返しかけた、その時だった。


 ふい――っっっ……。


 突如として、目の前が明るくなる。



「えっ!?」


『うわあっ』



 ふたりはびっくりして、思わず立ちすくんだ。えりか原の上にいた光の一つが、ポトリーグとうず雄のすぐ近くまで、一直線に飛んできたのである!


 それはこぶし大の光だった。


 火とはまったく違う。直視してもポトリーグの目にはきつく・・・なく、暗闇の中に残光がとぶこともない。


 すぐ近くで見れば、それは暖かい色ではあっても……弱々しい光なのである。



「……」



 ポトリーグとうず雄は、たがいにじりじりっとにじり寄る。うず雄の巨体に、ポトリーグはぴとっと身体の片側をくっつけた。



「光……。火のたま・・・・、としか見えねえぞ? うずっち」


『……鳥でも、くらげでもないのん。ポトリーグ、話してみたったら』



 ふたりはもそもそと囁き合い、ポトリーグはうなづいてから光に向き直る。



「おばんでーす」



 光は、ポトリーグのほんのちょっと先で、ゆらゆらと揺らめいた。



「……俺ら、もうじき寝るとこなんだ。あんた、俺らのこと食ったりしないよな?」



 くるくるくるる、と光の球は回転している。怒っているのか……いや? 腹を抱えて、爆笑している??


 まーさかぁ、という声は聞こえなかったが、火の玉は穏やかに揺れ続けた。それはまさしく遊びにねばる夕方の子らに、家に帰んなと優しく声をかけてくる、大人たちのそぶりにも見える。



――ここから先、原には入るな……つうこったな。



 光の球と、話すことはできないらしい。しかし何となくの意図を読みとって、ポトリーグはうなづいた。



「邪魔してごめん。あんたらに、聖母さまの祝福を」


『おやすみ』



 低く囁いて、ポトリーグとうず雄はそろそろ、あとじさった。


 光の球はそこの場にゆらゆら、浮いたままでいる。追ってはこない。


 くるりと振り向き、浜の方へ歩く間、ポトリーグは肩越しに何度も光を見る。


 やがて、その明るさが遠目にしかわからないところ――小舟カラハ天幕テントのところへ来た。



『ぐうー』



 低い地響きのような、るるとんのいびきが聞こえる。



『るるちゃんてば。疲れた時、うつ伏せはだめなのんに……』



 うず雄は、鼻づらを姉の胴体下に入れて、ぐいと動かす。横向きになったるる波は、ぴたりと静かになった。



『自分も、こっち側で寝るど』



 やたら落ち着いているらしいうず雄に、ポトリーグは少しだけ驚いていた。


 昼間、≪池島≫で怯えていた同一あざらしとは、ちょっと思えない。


 ポトリーグ自身、あの光の球が悪いものとは思っていなかったし、実際そこまで怖くはなかったが。



『あの光るやつ。悪いのんでないけど、触っちゃいけないと思うのん。それこそ、くらげみたく』


「……? 触っちゃだめなんか」



 小舟天幕に入りかけ、横に並んだうず雄のひげを握って、ポトリーグは首をかしげた。



『うん。何となく、そういう気がするきれえさ・・・・なのんな』



 うずっちもよくわかってねえな、と察してポトリーグはうなづいた。俺もだな!!



「まあー、とにかくやべえもんじゃねえな。ただ明るいっつうだけだ……安心して、寝とこ。おやすみ、うずっち」



 もそもそもそ……。小舟の殻こと防御甲殻衣( かたつむり的表現)にもぐりこみ、ポトリーグはつっかいにしていたかいを下げた。


 小舟の横脇、のしーんとうず雄が横たわる。


 最後に弟あざらしは、ぼんやり明るい内陸を見てから、丸く大きな眼を閉じた。



『生きもの……。生きてた・・・・もの、なのんかな。あの原に、ずうっと前に……』



 むにゃむにゃ。誰にも、の中のポトリーグにも、夢の中の姉にも聞こえないつぶやきを口中にこね回して、うず雄は眠りに落ちていった。


 ポトリーグとうず雄の目に、もう光は見えなかったが……。


 えりか原の上に浮かぶ光たちには、かれらがよく見えていた・・・・・


 よく見た上で、三つの生命の安寧なる眠りを見守ってやっている。


 恋を語るかたつむり達の上で、淡い金の光を放ちつつ。かつてった者たちは、自分たちのほんの少し後を生きる者たちのやすらぎを照らしていた。


 結局、るる波もうず雄もポトリーグも、気づかず気に留めなかったこと。


 ≪どんど島≫は何ゆえ≪どんど島≫なのか?


 それはつまり、鬼火どんどの島、なのだった。



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