49. ロマンチックかたつむり
『≪へび≫ってやつも、夜のうちにはここに寄り付かないと思うよ』
『そうそう。うちの島には、≪光る飛行体≫がいるから』
「光る飛行体??」
光る鳥ってことだろうか、とポトリーグは目をばちばちさせた。聞いたことがない。
第一、鳥というものはふくろうとみみずく以外、夜目がきかないものではなかったか……?
『そう。宵が更けて、こうもーり達の襲撃をやり過ごしたあとくらいに、ここの原っぱに浮いてくる』
『夜明けまでふわふわしてるんだ。いたーちもきつねーも、それを怖がって茂みや巣穴に引っ込むんだよ。おかげで俺たちは、安心して夜あそびしたり、ぐうすか寝てられるってわけ。ありがたや』
「へえー。それ、怖いもんなのか? 俺とかあざらし、とって食うっぽい?」
『どうなんだろう。俺らかたつむりには何もしないけど、きつねーがびびるんなら、大きなけものは食べるのかもね』
『でも、そうゆうのが食われたとかって話も、全然聞かないけどね』
「そうかー。ほんじゃ用心のために、俺も夜のうちはここの原っぱに入らんでおこうっと。浜でおとなしく寝るよ」
『そうそう、かたつむ危うきに近寄らず。その黒い殻ん中に隠れて、寝とけ』
「だから鍋ん中には入らねっつうの」
『ああ、でもさあ。ちょっとくらいは≪光る飛行体≫を遠目に見といても、損はないよ~?』
かたつむり達は、ちゃきちゃき・ぺらぺら、淀みなくしゃべる。滑舌がよくって、つるすべだ。ポトリーグのつっこみもなめらかになる!
「かくれてろっつったのに、なんで一転してすすめるんだよ」
『いやー、だってきれいなんだよ。天然近眼の俺らにも、ほんとに鮮やかな色で光るんだから』
ますますポトリーグには想像がつかない。一体どんなものなのだろう、≪光る飛行体≫?
『とっても美しいからな、見ていると素敵な気持ちになるぞ』
『俺たちかたつむりも、その下で恋を語るのだ』
「はあ……」
『ちなみに俺らかたつむりは、世界でいちばん詩的に恋を語る種族なのだ。知ってたかい、でっかいの?』
「……ぜんぜん知りませんした」
やはりすべすべな滑舌にて、恋をつるつる語るのであろうか?
ポトリーグは早口かたつむり達にお礼と祝福の言葉をかけ、立ち上がった。
教えてもらった小さな湧水のでる水場で、鉄鍋に水を汲む。
浜へ戻る途中、振り返ってえりかの原っぱを見渡してみた。
沈みかける夕陽に、小さな群花の赤が濃い。
しかし薄闇の落ちかける原に、光るものはいまだ何も見えなかった。
・ ・ ・ ・ ・
『光る鳥ですって? そんなもの、いるのかしら』
薄闇の落ちた、ごろごろ貝がら浜の奥。大きな丸石の脇に、ポトリーグは小さく火を焚いていた。
それを挟んだ向こう側、ぐでーんと長い身体を横たえて、くつろぎ体勢のるる波が言う。
食べかけりんごを地から口先で拾い上げ、もぐもぐ・しゃくん、と咀嚼しながら、姉あざらしは何か考え込んでいる様子である。
『鳥たちって言うのは、夜の間はわたし達なんかよりも、ずうっとものが見えにくくなるって話よね? それともそれは浜鳥だけのことで、陸の奥に棲んでいる鳥たちは違うのかしら?』
「ふぎょお~~」
奇声でこたえてきたポトリーグを、るる波はまじまじと見た。
「うんめ・え~~ッ! うに!!! なんでこんな、うめえんだ!? るるっちぃーっっ」
るる波がくわえてきた大きな海栗を、ポトリーグは小刀でこじ開けて食べているのだ!
海に住んでいるいがぐりの大将みたいなものを、実はポトリーグは一度食べたことがある。
ヒベルニアから出航した後、ブレンダン修道院長の一行はいちど、大陸西部アルモリカへと寄った。そこの港町アレートに滞在していた際、地元の漁師がわけてくれたのである。
新鮮なものに限られるが、これは例外的に生でたべることができ、実際そうするのが一番うまい。そう言われて黄色いはらわたを口にしたポトリーグは、目をみはったものだ……今みたいに。
その時のうにとは、大きさも色も違って、るる波のうにはポトリーグの手にあまるほどの大きさである。小刀で切り開けてみれば、だいだいがかった濃い黄色の中身がのぞく。指ですくって食べて、あまりのこくとなめらかさに、ポトリーグはうなる。まさに海の牛酪!!
「ああー。もう、ふんげえうめえ……ふに! で、何つった? るるっち」
『……光る鳥の話ね。とりあえず、危ないものではないようだけど』
『るるちゃん。おじいちゃんの話に、そんなのん聞いてなかったっけ』
ポトリーグの背中側に、やはりぐでーんと横になっているうず雄が言う。
いま姉弟あざらしは、小さな焚き火とその脇のポトリーグを囲むようにして、長々ねそべっているのである。風よけとして、たいへんうまく機能していた。
『ほれー。おじいちゃんは友達とここに来て、夜営したんでないのん。いつまでも空が明るいから、ずうっと皆で話したのん、とか』
『そうだったっけ?』
『空が明るい、って言うのんは。もしかしたら、その光る鳥のせいだったのんかもよ』
『ああ、なるほどね』
言ったが、るる波はひょいと小首をかしげた。
『……でもおじいちゃん、単に夏至のあたりに来たってだけじゃないのかしら? その時分だったら、いつまでも明るいものだし』
『のーん。秋の話のはず、ちょうど今頃』
いつも通りにのんびりしているうず雄だが、姉があれれと思うほどに、妙にはっきり言うのだった。
『だってー。話の中でおじいちゃん、さば獲ってたべたって言ったのん』
「さばぁぁぁぁぁ」
うず雄の前、あぐらをかいて座っていたポトリーグが、ぐいっと身を乗り出した!
「そうッ。本日の主菜はぁぁ、うずっちのくれた……鯖ああああああッ」
串がわりの木枝に刺して、焚き火であぶっていたその青き魚を、ポトリーグはぎーんと見据えた!




