48. ヒースの原の【防御甲殻衣】所持者
聞こえてきたささやかな声は、いかにものんきで平和だった。恐ろしいものではないな、と直感してポトリーグは挨拶することにする。
「おばんでーす。どこにいるんかな?」
少年は、朗らかに声をかけてみた。
「知ってたら、水のくめるとこを教えて欲しいんだけどー」
しいーん……。さわさわ、さわ……。
沈黙の中を、冷風が吹き抜けてゆく。
びびらせちまっただろうか、とポトリーグは首をかしげた。
『……あんた。言葉、わかるの?』
小さな声が、こわごわと聞いてきた。しめた、とポトリーグはゆっくりしゃがむ。
その声は、足もと下の方から聞こえてきたようだった。
「うん、わかるぞ。とって食ったりとか、しねえし。水場おしえて?」
『ほんとかなあ』
『しっ、みつかるって。中に隠れてようぜ』
その言い方で、ふいにわかってしまった。ポトリーグは笑顔になる。
「俺はガリア人じゃねえから、かたつむり食わねえよ!」
わんさかと花を咲かせているえりかの株に、ちょこなんとのっている二匹のかたつむりがいたのだ。
「だみ声で邪魔しちまって、悪かったなー。ここんちのひと?」
『なんだ、いいやつっぽいぞ。大丈夫でない?』
『でかすぎるけど……。おい、あんまり防御甲殻衣から出るなよ』
褐色と乳色のまき巻き殻を持った、かたつむり達だ。
引っ込めぎみの頭からにょんにょん触角をつき出して、ポトリーグにむけ振っている。
『水場ってのは……。大きい水のことなんだろうな。つうか、世界のまわりにいっぱいあるもんでないの?』
ゆるゆる動きは緩慢でも、わりかし口調はちゃきちゃきしているかたつむりである。
「せかい」
微妙に目を点にしかけたポトリーグだが、すぐに考えがいたる。
かたつむりは遠くにゆかない、かれらの世界観はすっきりと小さいはずだ。ここのかたつむりの世界とは、すなわち島。
「俺はその海こえて、ここんち来たんだ。けど、しょっぱくない方の水が欲しいんだよ」
『へー、そうなの。俺らは露なめて生きてるから、そういうでっかい水のかたまりは知らないし、見たことないんだけどー』
『あ、でもさあ。朝に夕に、≪飛行体≫が大量に向かってくところが、ちょい北東にあるよ。ばっしゃんぶっしゃん、って水音が響いてくるから、それが水場ってやつかもね』
『そういう水場帰りの飛行体に見つかったら、俺らおしまいだけどな? 恐ろしや』
北東……。ポトリーグが顔を上げたその方向に、ふわっと飛び立つ小鳥の影がよぎる。
飛行体とは変な呼び方だが、飛ぶもの……鳥のことなのだろう。かたつむり達にとっては、天敵の怪物だ。
「わかった。どうもありがとな!」
立ち上がる前に、ポトリーグは思いついたことを聞いてみる。
「……ここの島、≪どんど島≫って言うんだよな? ≪飛行体≫の他に、おっかねえのって出る?」
『はりねずーみにいたーち、きつねーがいる。どれも恐ろしい魔獣ばかりだ』
『楽園のふりをした、壮絶な魔境なんだよね実は。あ、こうもーりも出るよ』
「苦労してんだな? あんたら」
『そういう星のもとに生まれたんだから、べつに文句はないのさ。時間帯で気をつけていれば楽勝だし』
「ふーん……」
『それにしても、あんたみたいにでっかい種類のかたつむりも、見たことがないね』
「……かたつむりと違うぞ、俺は」
『え? だってそれ、脇に持ってんのは防御甲殻衣だろ。どうやって中に入るんだか、わかんないけど』
「……? あ、これか? 殻でなくって鍋なー。ふつうに見て無理だろ、何をどうしたって俺入んねえよ」
つっこみ役にまわっているが、実はこれで楽しんでいるポトリーグである。
『うん。俺らって目がわるいし、あんまりよくわからないんだな』
「いや、近眼としたってかたつむりじゃねっての。あーそうだ、蛇のやつらは出るかい?」
『……へい、びー? なんだっけ。お前、知ってる?』
『へびー……。なんかこう、重いっぽいやつ?』
「長細い身体で、地面の上をしゅるしゅる、うねうね這ってくるやつらなんだ。色んな大きさのが群れてて、重いのもたぶんいるぞ」
『へえー、それは知らないなあ。見たことも、聞いたこともない』
『俺たちの、小さき世界の片隅においてはなー』
この島に、蛇の被害は及んでいないのだろうか。
小さな鳥とけもの、かたつむりくらいしかいない島なら、見逃されるのかもしれない。
蛇も食いがいのありそうな生き物を狙いそうだからなー、とポトリーグは思う。
『ねえ。そいつらって、夜に動きまわる生きものかい?』
かたつむりに逆に質問されて、ポトリーグは首をかしげた。……はて? 蛇って夜行性だっけか。
「どうなんだろう。俺が見た時は、昼間だったけどなあ?」
よく考えたら、知らないのだった。狼や野犬は、夜にも狩りをするが……。あとであざらし姉弟に確かめておこう、とポトリーグは思う。
『その≪へび≫ってのが、暗い中で動くやつらだとしたらね。たぶん夜のうちには、ここに寄り付かないと思うよ』
『そうそう。うちの島には、≪光る飛行体≫がいるから』
「光る飛行体??」




