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鍋聖人ポトリーグの異界イムラヴァ航海譚  作者: 門戸
第七踏 ≪どんど島≫
47/54

47. ポトリーグ、曠野で熱唱する

 

 そよそよ、さわさわ。


 つのめどり達の島々を騒がせた、あの強い風と雨とは、もうずうっと遠くへ行ってしまった。


 今ポトリーグのもしゃもしゃした黒い巻き毛と、毛織りの修道衣を揺らしているのは、ごく優しい風である。けれどそれなりに……冷たい。


 低い木々の向こうに、曠野あらのが広がっていた。なだらかな丘陵に、草々がたなびいている。



――秋、なんだもんなー……。



 真冬でなかったとは言え、極北の地トゥーレを越えてきたばかりのポトリーグだ。そんなに冷えもこたえない。


 けれどふと、ここんちの冬はどんなのだろう、と考える。


 うず雄と会って以来見てきた≪黒き島々≫の一帯は、≪ひつじの島≫やトゥーレと比べたら、故郷ヒベルニアの気候にずっと近いという気がする。


 ヒベルニア、古名エリン。


 冬の国ヒベルニアと呼ばれはしても、そこまでがちがち寒いところではないのだった。


 ちなみにその名をつけたのは、かなり南のぬくい国から来た人々だったらしいから、まあ仕方がないのかもしれない。


 雪が降ることはめったになくて、河や湖に氷が張ることも珍しい。冬季も生温かい小雨が降り続いて、野は枯れてしまわずに常に緑だった。


 ただ、湿気のまとわりつきによって、人びとは冷える。重く垂れこめた濃明の灰色空の下、元気をなくす者が多かった。


 だから自然と火のそばに皆が集まり、話と歌とでそこにささやかな夏の夢を咲かせようとする。そういうの創り出す熱は、ヒベルニア人の胸に燃え、彼らの心を温めた。


 炉のまわりでぼそぼそと、あるいは生き生きと語られる、たくさんの物語がある。


 聞いたもの全部を憶えているわけはもちろんないのだが、誰にでもお気に入りの話というのはあった。やがて子ども達は大きくなれば、それらを自分でも語り始めるようになるのだ。


 ポトリーグの場合は、かたき討ちの相手を探して西の海を冒険する王子の物語が、ちょっとかった。


 小さい頃に何度か聞いただけだから、詳細はぼんやりとしか憶えていない。それに話し手によっても、王子の行き先は全然違っていたような気もするが。


 とにかく王子が海にり出しては、不思議な島々とそこの住民やけものに出会ってゆくのが、わくわくと面白かった。


 俺の航海譚、とポトリーグがいちいち決めぜりふのように言っているのも、実はその物語にならっているのである。


 この有名な王子の物語の他にも、海上の冒険を語った話はヒベルニアにたくさんあるらしい。それらはざっくり一括りに、航海譚イムラヴァと呼ばれているのだ。



――そっかあ。俺の場合はいつか、自分のがち・・体験談を、そのまま人に話したっていいわけだよな? けっこう珍しい話だと思うしよー。



 故郷に帰る時のことをちらりと想像して、ポトリーグはにやりと笑った。



――特に今日の、あの≪池島≫の井戸は……。おっかなかったよな~? 真に迫った怪談なんだから、絶対みんなに受けるぞ! むふふっ。



 あんなに怖い思いをしたと言うのに、すでに克服してしまったのだろうか。≪池島≫の化け物体験を吸収・消化し、ポトリーグはすでに自前ねたにしようと企んでいる。さすが若い子、おそろしい!



「さーって、水場はどこだ。 ♪俺は、エリンの土地うまれぇ~~♪♪」



 誰の耳もないのを良いことに、ポトリーグは気持ちよく歌い始めた。


 本人は快く感じているが、故郷の人びとによれば、彼は相当のおんちである。



「♪きれぇなあの子をぅ~う。とりこにすんのさーーー♪」



 調子にのりまくって、ポトリーグはがなり立てる。背の高い樹がほとんどなく、ぽつぽつと灌木の茂る野は、東側が濃いばら色に染まっているように見えた。


 こういう広いところで思いっきり歌えることは、幸せの一環だ!



「♪持参金なんざ~~、いらねぇのよぉ~♪♪」



 修道院では、とてもとても歌えなかった歌である。いつも作業中に鼻歌ですましていたが、今ここにポトリーグは大熱唱した!


 何と言っても、彼の十八番おはこなのだッ!



「♪俺ぁ十分、おっ金もちーーい!! って、水ねえなあッッ」




 盛り上がったところから一転、急降下! 現実を前にポトリーグは、自分自身に冷静なる突っ込みを入れた。……と、その時である。



『ふふふ。おもしろい歌をうたうやつだな』


こぶし・・・については、なかなかいいものがある』



 くすくす、ひそひそ。面白がって、笑いを含めながら囁き合う声を耳にして、ポトリーグはおやっと思う。



――鳥かな。けもの? 草ん中に、野うさぎでもいるんかな!



 期待をもって、ポトリーグはあたりを見回す。


 ここんち・・・・一帯における自分の妙な力に、少年は慣れつつあった。人間以外の生きものと、ポトリーグは話すことができる!


 今日はわけのわからない、怖いやつ……≪池島≫の紫おばけとも話してしまったが、まぁあれは例外と思うことにしよう。


 いま聞こえてきた小さな声は、いかにものんきそうな会話だった。害のあるものの声ではない、とポトリーグは直感する。



「おばんでーす。どこにいるんかな?」


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