43. あざらし姉弟、からめとられる
『怖いよう』
丸い大きな瞳を潤ませて、うず雄は何かに怯えている。
いつものように、ポトリーグは両手にうず雄のひげを握った。しかしうず雄はとどまらず、すすり泣くかのようにポトリーグに顔をすりつけてくるのである!
「どうしたんだよッ!? ……うずっち! 何が怖いんだっっ」
毛織り修道衣の胸に、どでかいうず雄の頭を抱きしめて、ポトリーグは問うた。と、脇腹に触れるものがある……。
るる波までが、寄りかかってきていた!
『ものすごく頭が痛いわっ……。妙な力で引っぱられるの、向こうの方へ』
「何だってぇ!?」
るる波があごをしゃくった方を見る。ポトリーグの視界に、水の線がうっすらと入ってきた……。平らな島の内陸側にあるらしき、水たまりのようなもの。あれが池だろうか。
と、そのすぐ手前にある変なものが、ポトリーグの目に飛び込んできた。
「あれっ。井戸があるッッ」
口に出して言ってから、ポトリーグはぎょっとする。
それは石の積み重ね、寄せ集めに見えた。しかし、自然に集まってできた岩場などではない。明らかに誰かが積み置いた、石のかたまりなのである。
そう、ちょうど小さな井戸底を守るための石組み……。すなわち井戸にしか見えないッ!
『誰かが、何かが、あの辺りにいて……。わたしとうずちゃんを、嫌な力で引きつけようとしているのッ』
るる波は苦しそうに、しかしきっぱりと抵抗の態度を見せて、そう言った。
『何かの、まやかしというやつかしらッ!?』
「よし、行ってみよう。皆はここにいろよ、俺は何とも感じねえんだから」
『わたしも行くわよ。うずちゃんは、ポトリーグの舟の陰にかくれていらっしゃい!』
『うう。ぐすん』
うず雄は浜の上で、小舟のすぐ脇にうずくまる。
ポトリーグは空の鉄鍋を頭にかぶり、作り上げたばかりのとねりこ杖を右手に持って、石組みの方へ歩き始めた。その横をるる波が、貫禄をもってべったべたべたと這ってゆく。
井戸に見えるものは池のはじ、海からほとんど離れていないところにある。
それでもるる波がここまで陸側に来るところを、ポトリーグは初めて見た。
『大きな水たまりね。これが池?』
ぼうぼうと伸びた草地に、水がたまったと言う感じだが、湿地ではないようだ。
ごろごろと岩肌ののぞく草むらに立って見渡しながら、ポトリーグもうなづいた。
「だな。だいぶ深いみたいだぞ」
ちらちらと陽光を受けて照り返している水面は、きたなく黒褐色に濁っていた。
次いで、ポトリーグは石組みをにらむ。
「……大丈夫か、るるっち?」
『ええ。ポトリーグにくっついているとなぜか、あの奇妙な引っぱり感がなくなるわ』
「? ……ほんじゃあ慎重に行くぞ。るるっち」
そろりそろり、べたべた、ふたりは石組みに近づいてゆく。
ほんの数歩てまえで、ポトリーグは立ち止まった。
「……やっぱりな。どう見ても人の作ったもんだぞ、こりゃあ。誰かが、ここんちの島に住んでるんだ」
ポトリーグの胸のうちでは、がんがんばりばり、心の臓が高鳴っている。
平べったい石を円筒型に積み上げてかためた、井戸にしか見えないものが目の前にある。ブレンダン修道院長、修道士たちとはぐれて以来、初めて見る人間の痕跡だ!
『誰かって……。じゃあこの石組みの中に、人間が住んでいるの?』
「いや、るるっち。これは井戸っつって、巣じゃねえ。飲み水の出るとこを、守るためのものなんだ」
ポトリーグは今も緊張していたが、それは恐怖からではなく、期待からの張りつめに変化していた。
そう……積まれた井戸があるからには、ここに住んでいる人間がいる。トゥーレの民だとしたら、自分は思っていたよりずっと早く、目的地に近づいているのかもしれない!
「……ん??」
しかし。その井戸の上部分は、だいぶ大き目の石で封印されている。それに気づいて、ポトリーグは鉄鍋かぶとの頭をかしげた。
「……の、はずなんだけどなあ。何でまた、こんなでっかい石が蓋みてえにはまってんだ? 水くめねえじゃんかよ、不便だな」
――ふ~~べ~~ん~~
途端、どこからともなく不気味な声が聞こえてくる。
「えっ、……誰だッ!!」




