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鍋聖人ポトリーグの異界イムラヴァ航海譚  作者: 門戸
第六踏 ≪池(ロク)島≫
42/54

42. 真昼間の怪奇がはじまる

 ・ ・ ・ ・ ・


 あかるい緑の空と深い緑の海とを、いっぽん水平線がすらりと仕分けている。


 その広大な風景の中を、ポトリーグをのせた黒い皮の小舟カラハが、すういと進んでいった。


 風に黒い巻き毛をもしゃもしゃ揺らしながら、帆をあやつるポトリーグは考えてもいる。



――広いなあ。ここんちの海、ほんと広いよなあ~。≪黒き島々≫って、全部で一体いくつあるんだろ。



 この素朴な疑問、本当のところは誰にもわからないらしかった。数えてみたあざらしはいないし、島それぞれの特徴を仲間うちで頻繁に話して共有してはいるが、全島を踏破したものもいないからだ。


 もちろん、距離についてもあいまいである。ポトリーグがヒベルニアで使っていた単位などは通用しない。


 うずとるるとんは、『ふつうに泳いで半日のところ』といった表現をよく使う。けれどそれも天候や海の具合、はたまた泳いでいるあざらしの度量や体調によってもだいぶ異なってくるから、はっきりしたことはとてもわからないのだ。


 それでもポトリーグは、≪はっきりして≫いなくても別に困らない、と思っている。


 とりあえず、太陽の示す方角だけはばっちりわかるのだし、そこから南へと進んでいるのだ。元いた場所に近づきつつあることは、間違いない。


 とにかく≪黒き島々≫の南端を越えれば、あの火柱の噴き出す≪氷の海≫へと出るはず。そこへ行けば、ブレンダン修道院長の一団がいる。


 たとえ修道士たちと合流できなくても、土地の人びとを頼って行けば、必ず故郷ヒベルニアへ帰ることができるのだ。



――こまかいこと考えても、きりがないしな!



 ポトリーグはひたすら帆を操って、南を目指した。時おり水面に頭を出す、うず雄とるる波を確認する。


 あざらし姉弟と海の旅にり出して、もう四日になるのだろうか。≪ひげあざらし島≫のことは、ずうっと前のことに思える。



――こんなに日数かけてさかのぼってる海路を。いったい俺はどうやって、通り越して来たんだろ……?



 四日かかってもたどりつけないところを、一日かけずに来たのなら。単純に考えれば、四倍以上の速さでやって来た、と言うことになる。


 しかし今だって追い風を受けて、相当の飛ばしようなのだ。これより早くとなると、もう冗談にしか聞こえない。


 あるいはポトリーグ自身が気づいていなかっただけで、実は一日以上の長い間、皮の小舟カラハの中で気を失っていたのだろうか……?



「おう、るるっち! また前の方に、島が見えてきたぞうー」



 目の前に見えるままの現実、確かなものに意識を向けるつもりで、ポトリーグは大きく声を上げた。


 頭を出して泳いでいたるる波が、それに応える。



『ええ、ほんとね! ポトリーグ』


「もしかして、≪かいぎゅう島≫ってとこかー?」


『いいえ、≪かいぎゅう島≫まではまだまだ遠いはずよ。あれは大おじさんの言っていた、≪ロク島≫かしら?』


「池島ぁ? 池があるんかい」



 ポトリーグは、目をこらしてみる。うっすら島影が見える程度だが、そんなに大きな島ではないようだ。起伏がなく平らか、樹々が生えているような感じではない。



『どういう島かは誰も知らないけれど、名前が池島と伝わっているんだから、あるかもしれないわよ。水がいるのなら、寄っていきましょうか? ポトリーグ』


『平べったいし~、とっつきやすそうな砂浜があるっぽいのん』



 じゃぶ、と頭を出してうず雄も言い添える。



「うーん……。水はつのめどりの≪かたばみ四つ子島≫で、いっぱい汲んだし当分は困んねえな。止まることないだろ、先に行こうぜ~」


『そうね。じゃあ、行きましょ――らららら?』


『あ……あれえええ??』



 あざらし姉弟が、妙な声を上げる。


 と、ふいにふたりとも頭と体の向きを変えて、右手に見えるその≪池島≫へと進み始めた。



「うずっち? どうしたよ、るるっち」



 慌てて帆をあやつり、小舟の速度を落として、ポトリーグはふたりの後を追う。



『ごめん、ポトリーグ……なんか、変なのんッッ』


『おかしいわ!? こっちに行くしかないって感じで、引き寄せられるのよ……なんでーっ!?』



 姉と弟とは、明らかに慌てている。


 緑の明るい空の下、海に各段変わった様子などないのに、ふたりは水の流れにからめとられてしまったようだ。



「え~? 俺のほうは、何んともねえんだけどなぁ……? あ、このまま行くと≪池島≫のまっ正面だ」



 ゆるやかに湾曲した岸辺に、白い砂浜がきらきらと光り輝く。まるで島がポトリーグ達に向かって、いらっしゃいと両腕をひろげ歓迎しているようだった。



『なっ……なんでなのん? 行きたくないのんに、なんか逆らえない!』


『身体が勝手に動いて、泳がされている感じだわ! 気持ち悪いッッ』



 あざらしふたりは、ついにその浜に乗り上げてしまった。


 白い砂浜に、透き通る海水。美しいところなのに……。



――何か、おかしいな!?



 舳先へさきにつないだ綱をうず雄に引っ張られる形で、ポトリーグの小舟もやわらかい砂に上がりきってしまう。



「うずっち。おい、うずっち!!」



 ひょいと小舟からとび出して、ポトリーグはうず雄に追いつく。



「一体、どうしちまったんだ。どっか身体が、わるいのかッ?」



 びたびたびた、綱の端を首に引っかけたまま、内陸めざして這いかけていたうず雄は、はっとしたように立ち止まる。


 ポトリーグを見つめる、その大きな黒い瞳が……じわりと潤んで、何かに怯えている!



『怖いよう』



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