40. つのめどり達に見送られて、出航
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るる波の予想どおり、昼をまわる頃にあたりは静かになる。
まぶしいくらいに空が明るくなり、高くこね上がったような泡だて雲が、緑の空を押し上げているようだった。
そういう中天に、うっすらとにじむような虹が出ているのを、ポトリーグは見る。
「虹だ、いい感じだッ! ようーし、今日も南へ行こうッ」
雨風から一日近くの間、かくまってくれた洞窟を引き払う。
ポトリーグは小舟をかつぎ上げて、浜に向かい歩き始める。両脇をぺたぺたもそもそ、あざらし姉弟が這う。
肩に引っかけた麻袋と、鉄鍋がずっしーんと重い。中に、あらたに得た食糧が入っているからなのだが。
それでも長く休んだポトリーグの身体の内には、力と気合がみち満ちている。
表に返した小舟の中に、それらの荷物やとねりこの杖を入れ、波に向かっていざ押し出そうとしていたところに、声が聞こえた。
『おーい』
「あっ。昨日のつのめどりじゃねえのかな?」
『いっぱい、いるど……??』
ばささささーっ!
二十羽ほどもいるだろうか。大小のつのめどり達が上空高くから舞い降りてきて、小舟のへりにずらーっととまった。びっしり一列、……非常にかわゆい。
『ポトリーグ、旅立つんだね?』
みんな同じに見えるが、話し方ですぐにわかった。昨日話した、あの吟遊詩人っぽいつのめどりだ。
自分に一番近く、船尾にとまったその一羽に、ポトリーグはうなづく。
「うん。あんたら皆たっしゃでな? つのめどり達に、聖母さまの祝福を」
『聖なるなべの子、ポトリーグ。みんなで、きみの旅路の無事を祈っているよ』
『ポトリーグ』
『ポトリーグ!!!』
つのめどり達は一斉に、ポトリーグの名を呼んだ。
なんか照れくさいなー、とポトリーグはにやつく。これでは英雄、あるいは聖人あつかいだ。
『主人に聞きましたが、あなたはあざらし達とともに、南に行くんですってね?』
吟遊詩人つのめどりの横にいる、少々こがらな一羽が問うた。
「そう。ずーっと南下して、≪氷の海≫を越えるつもりなんだ。そこを通らねえと、自分のいたとこに帰れないっぽいから」
吟遊詩人つのめどりの奥さんらしきその一羽は、あざやかな黄色のくちばしを開けて言った。
『そうですか。ではお役に立つかもしれないし、わたし達の言い伝えもお教えしときましょう。≪黒き島々≫の南端にある、≪かいぎゅう島≫の主たちは、他のどの生きものよりも長く生き、たくさんの知恵を持っていると言いますよ』
「知恵?」
『ええ。ですからポトリーグ、もしあなたも何か困ったことがあったなら。そこでかれらにたずねてみると、いいかもしれません』
『俺とやわらかく話せるきみなら、≪かいぎゅう島≫の主たちとも、きっと話ができるだろうからね』
吟遊詩人つのめどりも、言い添える。
「へえー?? でも、主って誰、なに? ≪かいぎゅう島≫っつうからには、やっぱし海牛なんかな」
ポトリーグは一応、海牛という言葉を知っていた。修道士の兄さん達に聞いただけの話だが、海の牛っぽいもの、大きなけものがいるらしい。
けれどうず雄が十分に牛っぽいから、あざらしに似たようなもんだろう、くらいにしかポトリーグは考えていない。
ちなみにうず雄とるる波も、≪かいぎゅう≫が何なのかを知らなかった。
『かいぎゅうと言うのは、陸の牛よりもずうっと大きいものらしいよ。おそらくきみの友達よりも、はるかに大きい』
「はっ。……それ、≪いさな≫なんじゃねえの~??」
突如として海面にあらわれた、小島のような怪物のことを思い出して、ポトリーグは少々びびった。
「まあ、話が通じるようなら試してみるけど……。ちょっとおっかねえなー。会わずに済むんなら、そうっと通り越したいなあ」
『ふふふ、そうだね。何ごともなければ、そのままお行きよ。ポトリーグ』
『おせっかいになっちゃったかしら?』
「ううん、そんなことない。どうもありがとう」
つのめどり達は、ふわりと飛び立った。船尾に両手をついて、ポトリーグは小舟を押し出す。
横からるる波が、頭でぐうんと押し出してくれて……ざぶん! 波に騎り出したその瞬間に、ポトリーグはとび乗った。
ぐういっっ! 櫂で思い切りこぎ出す。
『ありがとうー! 俺たちの、聖ポトリーグ』
『無事でいてね、聖ポトリーグ』
『聖なるなべの子、ポトリーグ!』
『なべ聖人、ポトリーグ』
左右をうず雄とるる波に守られ、上空を舞うつのめどり達の祝福を一身に浴びながら。
ポトリーグの黒い小舟は進み始めた――南へ!
「俺の航海譚、≪かたばみ四つ子島≫・完了ーッ! 次は、どこだああああ!?」




