39. ポトリーグ、ハーリング杖を製作する
・ ・ ・ ・ ・
あざらし天気予報の通り、次の日はだいぶ荒れた。
朝早く、用足しに洞窟の外に出たポトリーグは、横なぐりの風に黒い巻き毛をもしゃもしゃ吹かれる。雨はそんなでもないが、びゅーんと吹く風が強い。
経験豊かな船乗りなら、なんのこれしき、と勇んで海に出るのだろうか? けれどポトリーグは自分の操船のあやふやさを知っていた。自信のないところで、いちかばちかの勝負になんて出ないのである。
「大丈夫なのかよ、うずっちにるるっち? 波、すんげえ荒れ荒れだぞ」
『平気へいき。波のずっと下に潜っちゃえば、いつもとたいして変わらないのよ』
『でも、気をつけるのん』
るる波とうず雄、あざらし姉弟はもそもそ・ぺたぺたと洞窟を這い出て行った。慣れっこなのである。
ポトリーグは洞窟の入り口近くで再び火を起こし、昨日の鬼たら上半分を煮る。煮ながらはしばみの実をむいて、かりこり噛んで食べた。うまッ。
大きな鱈の輪切り身がゆだつ間、ポトリーグは舟のへりの内側にしまっておいた、とねりこの枝を取り出す。
葉のついた小枝は全部たきつけに使ってしまって、おおもとの枝部分が残っているだけ。
しばらくの間、ポトリーグはとねりこをじーっっと眺めてから……それを地面に置いて、今度は小刀を取り出した。枝にあててから、ちょっとずつ削り始める。
――ほんとは、幹の一番かたい所から削り出すもんなんだよなー……たしか。
そういう話を、一応聞いたことはあった。けれどヒベルニアの子ども達全員が、みな正式な≪カモーン≫を持って使っていたわけではない。
何だってよかったのだ。あの球技をするのに都合のよい形をしていて、それなりに見えるなら。
修道院に入る前まで、親しんで遊んでいた球技の杖を、いまポトリーグは再び削り出そうとしているのである。
かりかり、こりこり、ぞりぞり……。
地道に削っているうちに、鍋のたらが煮えた。お腹いっぱいにそれを詰め込んでから、また作業に戻る。
一心不乱にとねりこ枝を削り続けているポトリーグの耳には、吹き荒れる風の轟音もほとんど入っては来ない。
・ ・ ・
ぶるるるーん!!
洞窟の入り口前で、もう一度盛大に身震いをし、水気を弾き飛ばしてから、るる波は中をのぞく。
『ただいま、ポトリーグにうずちゃん。……あら?』
「よう、るるっち~」
ぐでーんと横たわり、消化活動にいそしんでいるうず雄。そこに寄りかかり座っていたポトリーグが、顔を上げた。
小首をかしげて、るる波はポトリーグが手にしているものを見つめる。
『こんどは、何をこしらえたの。それって確か、≪うみうし島≫で拾ってきた木の枝よね?』
「うん」
右手の小刀を脇に置いて、ポトリーグはほぼ完成した自作の杖を、左手で垂直にかかげる。
ポトリーグの脚よりも短いだろうか、とるる波は推し量った。
『平べったい先っぽが、大きく曲がっているわ。これも、舟を操るのに使うの? それともごはん作りに使うのかしら』
「ううん。これは、遊ぶのに使うんだ」
『ええ?』
ポトリーグはるる波の身体ごしに、外を見る。雨と風はだいぶ弱まってきていた。
立ち上がって洞窟を出、足元に落ちていた小石を拾い上げる。
『……石、どうするの?』
「何でもいいんだけどよ。球を使って~」
ポトリーグはたまご大のその丸石を、ひょいと宙に放り上げた。
ぱっこーん!!
作り上げたばかりのとねりこ杖で、軽やかに石をひっぱたく。
ひゅうーんっっ!
石はどこか、遠くへと飛んで行く。ぽちゃんと遠く音がしたから、海に落ちたらしい。
「こうやって、いろんな的めがけて当てたり、打ち抜いたりして、点の取り合いをするんだ。イモニヤ(※)っつうんだけど」
『へええーっっっ! 石が、鳥みたいに飛んでいったわ!?』
まるい眼をさらに大きくして驚いている姉あざらしに、ポトリーグはうなづく。
「蛇どもを追っ払うのに、使えるんじゃねえかなーと思ってよう」
『ああ、櫂みたいに?』
白樫材の櫂は硬くて軽い。しかしやはり水をかくものなのであって、敵をぶん殴るには少々かさばっている。
それに万が一折れたりしては、この先の航海に支障が出る、とポトリーグはかすかな不安も抱いていた。
よって≪ぶっ叩く≫専門の、杖を作ってみたのである。
枝で出来ているぶん持ち重りに欠けるが、すばやく空を切る感触は、ポトリーグの身体になじんでいるものだ。
さらに今るる波に実演してみせたように、石などを打って飛ばすこともできる。
球を打つ要領でかたいものを打ち放てば、遠くにいる蛇どもを威嚇するのに役立つかもしれない。
洞窟に入りながらそう話すポトリーグに、るる波は感心してひげを揺らしながらうなづいていた。
『なるほどね! 貝殻なんかでも、びしっと飛ばせるものかしら?』
「でかいのならいけるかな。ほたてとか、はまうりとか。手当たりしだい、なんでも武器になりそうだけど……。あー、でも海の上には石とかねえしなあ」
『むにゃっっ』
消化から昼寝に移行していたらしい。うず雄がごろりと寝返りを打ってから、首をもたげた。
『……ああ、るるちゃん帰ったのん。雨あがった?』
『まだ、もうちょっとね。正午にはさすがに嵐も行っちゃうでしょうから、……虹が出たら出発しましょうか』
それまでに、杖を仕上げられるだろう。
ポトリーグはうず雄の脇に座り込んで、再び小刀をとねりこ杖にあてた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
※イモニヤ(Iománaíocht):ハーリング(Hurling)のことです。ゴルフクラブ状に先端がカーブした木の杖(ハーレイ/カモーン)で、スリッターなるボールをぶっ叩く、スピーディーなアイルランドの球技。大きな木製おしゃもじをふるってぶんぶん展開されるため、近眼の作者にはとてもついてゆかれぬ世界です。神話にも英雄伝承にも頻繁に登場しますので、起源はそうとうに古いのでしょう。(作者・注)




