37. シャナキール修道院の話
ゆったりもっさり、うず雄が聞いた。
『ポトリーグのいた群れって、どんな風だったのん?』
「えー?」
『ほんとね、ちゃんと聞いてなかったわ。人間の群れというのも、やっぱりわたし達みたいに、老若男女が集まっている感じなのかしら? 聞かせて、ポトリーグ』
「んーと、なあ……」
即席かまどの前に座りこんだまま、ポトリーグは小首をかしげる。あざらし姉弟に、どう説明をしたものだろうか。
かれらは他の人間を知らないし、人間の村や町も見たことがないのだ。
「前はなー。おっちゃんやおばちゃんや、小っせえ子どもとかがいる≪村≫にいたんだ。家……巣がいくつも寄り集まって、みんなで暮らすとこだよ。けど俺は実の親がいねえもんだから、親戚ん家を転々としてて」
『え、群れを変えたのん? 何度も?』
「そういうことに、なるんかなあ」
『……人間って、よく群れを変えるの?』
「ううん。たいていは父ちゃん母ちゃんとくっついて暮らして、大人になるんだけど。俺はたまたまどっちもいないし、それにどこんちでも都合悪かったっぽい」
聞いた話、高貴な生まれの王子さまなぞは、わざとよその家に里子に出されて育てられる風習もあるらしい。
しかしこれっぽっちも貴くない庶民の子ポトリーグは、単に親戚宅の経済状況に左右される形で、あっちこっちに身寄りを移されたのだった。
折り悪く、ヒベルニア南西部でからす麦など穀類の不作が続いていたせいもある。
子ども心に、その辺の事情はすでにわかってしまっていたから、ポトリーグは反発したりはしなかった。
どこの家でもそれなりによくしてもらえた。しかしどこの家も貧しかったから、ずいぶんと働かされた。牛馬の世話に畑しごと。
あいまに遊びに出かけると、なじまぬ土地の子らにいじめられる。ようやくよそ者であることを忘れられ、からかい言葉の上げ足を取って、ぎゃははと笑い合えるようになれば……また別の家に移される。
そういう暮らしに慣れきっていたから、ポトリーグはさばさばした子になっていた。
だから一番頼りにしていて、一番多く長くともに暮らした大おばが亡くなった時も、迷わずに修道院に行くと決めたのである。
「でも最後にいた群れは、普通の人間の村と違うんだよ。おっさん兄ちゃんの男ばっかし、百人くらい集まって暮らしてんの」
『ふご? 雄ばっかで??』
『何で?』
「皆、神さまに人生ささげた人らだったんだ。それまで持ってた家とか物とか、一緒に暮らしてた家族なんかと、全部はなれて。ほいで勉強して神さまに近づこうって人らどうしで、超きっつい生活してるとこなんだ。修道院て」
『かみさま~……』
『かみさま……? ああ、わたし達の大おばちゃんが話してた、あの神さまね? この世のすべてをつくった、えらいひとのこと』
「そうそう。ほんで修道士のおっさん兄さんたちは、皆いろんなところから来てたんだけど。いつも兄弟よ~、って呼び合ってたんだし。血は繋がってねえけど、でっかい家族みたいなもん?」
『きょうだい、かー。まあ、あざらし的には群れだのん。それ』
「うん」
その群れの中で、ポトリーグは厨房の手伝い……なべ番をしていたのだった。
正式には見習いの修道士でもなく、ただの雑用係である。
シャナキール修道院は、お山のふもとに農家より小さなほったて木造小屋の立ち並ぶ共同体であった。
立ち働く男性たちが修道衣を着ていなければ、聖者学僧のまなびやであるとは、とても一般人にはわからない。
しかしそこに暮らす以上は、とポトリーグも粗末な毛織の修道衣を着せられて、日々のしごと指示に従っていたのだった。
色々な修道士がいた。皆いちがいにひょろひょろ痩せて骨ばっていたが、個性豊かな青年と壮年ばかり、おじい率は低かった。
斧みたいな形に髪をそりあげ、その下の顔はどれもまじめくさって沈黙している。
けれど自由時間には、皆ちゃきちゃき・ほのぼのとしゃべり出し、ポトリーグにも様々なことを話して教えてくれるのだ。
特に面白かったのは、ブリタニア島のさらに向こう、大陸から来た兄さん達の話である。彼らが話す異国の様子は、むかし聞いた航海譚みたいに摩訶不思議で、ポトリーグは内心ほんとかよと突っ込みながら、わくわく聞いていたのである。
そういう修道士たちの頂点にいたのが、ブレンダン修道院長だ。
ずっと年輩の修道士もちらほらいたのだが、ブレンダン修道院長はまちがいなくその群れの頭であり、この大家族の父だった。
「んでえー、そのブレンダン修道院長が! 【約束の地】を目指して、北まわりの大航海に出るって決めたんだよなー」




