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鍋聖人ポトリーグの異界イムラヴァ航海譚  作者: 門戸
第五踏 ≪かたばみ四つ子島≫
35/54

35. ちゅるっと長い! マテガイ鍋

 ・ ・ ・ ・ ・


 うずの言っていたとおり、洞窟の中は特に汚くはなかった。


 蛇がばっちいものを残していったかと心配したが、じゃりじゃり砂が入りこんでいるだけ。海に近いのにほどよく乾いて、奥の方は風も入らず暖かだった。


 入口近くに拾った石を積んで即席のかまどを作り、ポトリーグは火を起こす。


 のたのた・ぺたっ、と音がして、るるとんが顔をのぞかせた。ひげの間に、何かくわえている。



「おかえり、るるっち!」



 ぱらぱらぱら、とポトリーグの足もとに置いてから、るる波はしゃべった。



『ただいま、ポトリーグ。おいしいものを、とってきたわよ!』


「えっ、何じゃこりゃ……。あ、貝なんか!?」



 何かの道具みたいにも見える、黄土色の長いくだである。


 ひとつ手に取ってかまどの火に照らしてみると、それは異様に長細い二枚貝だった。修道士たちが筆記に使う、羽ペンよりもちょいと短い。



『わたし達は、≪なが貝≫って呼んでるわ。海藻にくっついてるのを選んできたから、そんなに砂は吸ってないと思うの』


「すぐに食べられるっつうことだな、ひゃっほう! さすがるるっち、ありがと~~」


『ふっ、なんのなんの』


「るるっちは、いっぱい食ったんか」


『ええ。つのめどりに教えてもらったところには、小さないわしがどっさりいてね! うずちゃんと一緒にたくさん食べたわ。その後ポトリーグに、もうちょっと大きいの探しに行くって沖合に出たから……。うずちゃんも、じきに帰るわよ』



 ぐでん、と洞窟の床に横になって、るる波はさっそく全力くつろぎ体勢である。



『いいにおいがするわね、ここ?』



 海藻に加えて、ポトリーグは≪うみうし島≫から持ってきたとねりこの枝を少しずつ燃やしていた。生木でも燃えやすいこの木は、魔よけになるとしてヒベルニアの人びとに親しまれている。


 しかしるる波が嗅ぎ取ったのは、ポトリーグが今しがた野で摘んで来た、じゃこう草の束らしい。いぶすつもりで、ポトリーグは少し火の中に入れておいた……。これで蛇の痕跡を、さわやかに清めたいところである。


 るる波にもらった≪なが貝≫を、ポトリーグはそのまま鍋に入れて煮た。じゃこう草の葉をひとつまみ入れるのも、もちろん忘れない。ポトリーグがあげた紅いりんごをしゃくしゃくと食べながら、るる波はしゃべった。



『なんだかもう、決定的よね。ポトリーグって、全部の生きものと話すことができるんじゃないのかしら? 今さっきのつのめどりの言うことも、しっかりわかったんでしょう』


「うん。ただなあ、るるっち? 皆が獲って来てくれた魚とか、この貝とかの言ってることは聞こえねえぞ。それに、蛇どものしゅーしゅー言うのも意味わかんねえ」



 聞こえなくて本当によかった、とポトリーグは思う。鍋に入れる寸前、おねがいたべないでと貝に懇願されたら、とんでもない罪悪感に見舞われるだろう……。それでも結局、たべることは食べるのだろうが。



『蛇は……。あれって、仲間うちで話しているのかしらね? それ以前にやつらは、静かすぎるって気もするけど』


「うん」



 ポトリーグは木匙きさじで鍋をかき混ぜた。



『でも、種族を越えて話が通じるっていうのはすごいわね! ≪黒き島々≫に来る前も、そんな感じだったの?』


「いいや、全然だ。人間どうしですら言葉がわかんねえ、っつうこともたくさんあったしよう。けものや鳥の声なんて、ほんと≪鳴いてる≫としか聞こえなかったのに。……何でなんだろうなあ?」



 ぱか、なが貝のひとつが殻を開けた。



「全部は、あの火柱と≪氷の海≫を抜けて……。ブレンダン修道院長や皆とはぐれっちまってから、なんだよな。その辺で何か起こって、変になっちまったのかなあ……。俺」


『何言っているの。変どころか、とんでも素晴らしいことじゃない。その力がなければ、うずちゃんとわかり合って仲良くもなれなかったわ』


「だよな~」



 ぱかっ。ぱかぱか、ぱか~!!


 ゆだつ鍋の中で、≪なが貝≫が次々に殻をあけてゆく。すてきな風景だが、今この瞬間なが貝の断末魔が、洞窟内にみち満ちているのかもしれない……。やっぱり聞こえなくってよかった。



『それに、いろんな島々でそこに住んでいる生きものたちと話ができるのなら、教えてもらえることがいっぱいあるんじゃない? 今日のつのめどりみたいに』



 それもそうだ、とポトリーグはうなづいた。そう言えば、うず雄と出会ってすぐ移動し、上陸したかれらの縄張り≪ひげあざらし島≫でも、泉と黒すぐりの茂みのありかを教えてくれた声があった。


 あの時はちょっと怖くて、あまり深く考えないようにしていたが。今思えばけものか、鳥の声だったのだろう。おかげで水と食べ物を見つけられたのだから、ありがたいことなのである。そう考えれば、なかなかいかした・・・・能力かもしれない……と、ポトリーグは思い始めた。



「そろそろ煮えたっぽいな。≪なが貝≫いただきまーす! るるっち」


『はーい。おあがり』



 細長い殻は金色にゆだって、輝いている。それをあちちとつまみ出し、ポトリーグは端っこの方から身をほじくり出して噛んでみた。


 ちゅるッとした食感のわりに、これもこく・・のある貝である。


 そこに差し込まれたじゃこう草の芳しさが、なんとも上品だ!



『うーん。うまい、じーつーにーうまいッッ』



 ふがふがと鼻息を荒くしつつ、ポトリーグは順調に食べた。べたべた・どすん……!


 その時、洞窟の外側に気配がする。



『遅かったわねー、うずちゃん……?』


「おかえり、うずっち……っって、はあああ!?」



 ぎょぎょっとして、ポトリーグはかまどの前から思わず立ち上がった。


 暗闇の中、うず雄がのたのたと近づいてくるのが見えたのだが。大きな弟あざらしは、何やら異様に長いものを口にくわえているらしかった。それが一瞬、蛇の長い身体に見えたものだから、もしやうず雄は大蛇の残党に喰いつかれて逃げ帰ったのか! とポトリーグは想像してしまったのである。


 しかし火の明るさの前に、うず雄はひょいと頭をかがめた。


 おじぎをするような所作で、ポトリーグの足もとに置いたのは……。



「ななな何じゃこりゃあああ、うずっちいいいい!?」


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