31. ポトリーグ一行、洞窟の大蛇と対峙する
「何つう……でっかさだ!」
じりじり……。櫂を構えたまま右に向かってすり足移動しつつ、ポトリーグはつぶやいた。
「離れろ。るるっち、うずっち」
のたのた……。ポトリーグの低い声に、後ろのあざらし姉弟がしたがって這う気配。
黒っぽい身体をくゆらせ、赤く光る眼で、蛇はじいっとポトリーグをにらみつけている。
こいつはひとりなのだろうか、とにらみ返しながらポトリーグは思った。
でっかいやつだが、ただ一匹なのであれば。成敗できるかもしれない……!
――集中するんだ。叩きとばせッ!
ふうーあッッ、と蛇がすばやく頭を突き出して来た。
くあッと開けた口の中に、白くちらちらと歯が輝く。……牙だ。
びたあん!
ポトリーグはその蛇の頭を、下側からひらめかした櫂の先で、思いっきりひっぱたいた。今度は手ごたえあり!
返すところでびたんッ、首のあたりにもう一撃お見舞いする。
首と言ってもどの辺なのだか……いや、どうでもいいしッ。
「うおらッ」
たぶんそこは胴体部分、ポトリーグは大蛇の横っ腹を蹴りつけた。
「とっとと、帰りやがれッ! この野郎ぉー」
その大きさから、蛇を完全にのすことができるとは、ポトリーグは思っていない。とにかく海に向かって追っ払おう、と考えていた。
しかし。蹴ったその脚に、ぐるぐるりっっと絡みついてきたものがある!
「え? うわーッッッ」
『きゃああ、ポトリーグっっ』
洞窟の中から、こつぶの蛇どもが一挙に流れ出てきて、ポトリーグに組み付いたのである!
――ちっきしょう! ひとりじゃなかった!!
ゆらいだ体勢を立て直そう、とポトリーグが踏ん張ったその時。ぐいっと強烈な力がかかって、ポトリーグの手から櫂がもぎ取られてしまった。
一瞬の隙をついて、大蛇が櫂の柄に食らいつき、それを遠くにぶいんと放ったのである。
ど・さーッッッ!
無数の小蛇どもに両脚にからみつかれ、締め上げられて、ポトリーグはくずおれた。
仰向けに倒れたその顔の真上、しゃああッと大蛇が牙をむく。
殴りつけるべく、ポトリーグがこぶしを固めたとき。
ぐおーっっっ!!
咆哮しつつ体当たりしてきたうず雄が、大蛇と衝突した。どすん!
しかし、大蛇は素早く後退する。
致命傷の危機を避けられはしたものの、ポトリーグの両脚には依然として大量の蛇どもがくっつき、それがぎりぎりと締め上げてくるのだ。動けない!
そうしてうず雄の身体にも、小さな蛇たちはびとびとと絡みつき始めている。いちど退いた大蛇もまた、鎌首をもたげる――!
「るるっち、るるっちぃーッ! なべ! 鍋を放ってくれ、舟ん中だッ」
『え、えええーっっ!?』
小舟のそばですくみ上がっていた姉あざらしは、くるッと舟の中に頭を突っ込む。
船尾にあった空っぽの鉄鍋のふちをくわえると、ポトリーグに向かって……ぶーん! ぶん投げたッ!
ぼこッ。
鍋はうず雄に喰いつかんとまわりこんで来ていた、大蛇の頭を直撃してからはずみ、ポトリーグの手中におさまる。
「ようっし!!」
現在所有している中で、一番硬いもの! それを使ってどついてやれ、とポトリーグは思ったのである。
両手に持った鉄鍋、その底を脚に絡みつく蛇どもめがけて振り下ろす。
ばちん!
しゃ、しゃ、しゃしゃあーッッッ!
にぶい感触が鍋を通して、ポトリーグの手に伝わる。その瞬間、細かな息すじのような音がたくさん響いて、ぷあっと蛇どもがポトリーグの脚から外れた。
「おっ!?」
それこそ蜘蛛の子を散らすように、さあっと自分の身体から離れてゆく小さな蛇どもを見て、ポトリーグはしめたと思った。
地べたに伏していたポトリーグを、かばう形で脇にいてくれたうず雄。そのうず雄と、大蛇の間にポトリーグはぐいっと入り込む。その勢いで大蛇にも、鉄鍋の一撃をくれてやろうとした……のだが。
「あれっ?」
大蛇はふたりの前、たくさんの小蛇に囲まれてとぐろを巻き、鎌首をもたげようとしていた。……しかし、様子がおかしい。
首を上げようとして……、がっくり。持ち上げて……ぐったり!!
どうしても首を落としてしまうらしい。
その妙なそぶりはポトリーグの目に、蛇がふらついているように見えた。目まいでも起こしたのか。
しゃあーッッ!
何度目かの首振りの後、大蛇は牙をむいて突っ込んで来た!
どかっっ。
その口めがけて、ポトリーグは鉄鍋底で思いっきり殴りつけた。
ぶいいいん、後ろに向かって大蛇はそっくり返る……どさッッッ。
しゃ、しゃ、しゃしゃしゃあーッッ!!
大蛇の身体が地についたとたん、その周りにいた小さな蛇たちはうねうねと動きだす。まるで波のように集まり、流れていって、ものすごい速さで岩場を越える。瞬く間に海の中へと入って、消えうせてしまった……。逃げたのだ。
「……」
少し離れたところに投げ飛ばされていた櫂をくわえて、るる波がポトリーグの脇に這ってくる。
それを片手に受け取り、ポトリーグは大蛇のしっぽをちょん、とつついてみた。ぴくり、とも動かない。
「……なんだ? 気を失ってんのかな?」
ポトリーグは、さらに櫂で蛇の胴体を押してみる。そろそろり、と側にいたうず雄が寄って行って、しかくい前脚で蛇の頭あたりをゆすった。
『……こいつ、死んでるど。ポトリーグ!』
「え、えええっっ!?」




