30. 平和な島で……急襲!
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謎の巨大生物≪いさな≫と、あわや接触……の後。
ポトリーグの小舟、うず雄とるる波は、順調に距離をかせいだ。強すぎない風に押され、遠方に浮かぶ島々(これは動かない、本物の島々だ)をいくつも過ぎ越す。
あざらし姉弟は時おり魚を獲って食べ、ポトリーグは帆の張り具合をよく見つつ、あみ袋から金のりんごを取り出してかじる。
そうやって止まらずに進んだものだから、昨日よりもはるかに遠くまでやって来ることができた。
『丸っこいこぶみたいな島々が、四つも並んでるのん』
『あれは≪かたばみ四つ子島≫ね! わたし達、もう≪黒き島々≫の半分ちかくまで来ているんだわ。うずちゃんにポトリーグ、今日はあの島のどれかで休みましょうか』
「うん、いいんじゃねえかあ。るるっちー」
『そうしよう』
午後なかば。日の傾きかけたところで、一行は進路を西寄りに取った。
四つ子の島々は大きくはないが、樹と緑の茂る部分が遠目にも見える。平べったい丘陵の盛り上がる島のひとつに、るる波の先導でポトリーグは小舟を寄せていった。
「俺の航海譚、第五踏ッ。≪かたばみ四つ子島≫のひとつ!」
ごろごろした岩崖のあいだは切れ込むような小湾になっていて、そこには砂浜がある。
「なんだか俺が小舟乗り上げるのに、おあつらえ向きなところだな! 港っぽいぞ」
『みなと~?』
「舟が楽に陸に乗りつけられるよう、石や板で水に突き出た足場を作ってある場所が、あるんだよー」
のり上げた小舟を、内陸に向かって引っぱり上げながらポトリーグはうず雄に話した。
『巣とは、また違うものなのん?』
「いや、俺らは港にゃ住まねえよ。舟をつけて陸に上がって、置いとく専用の場所なんだ。……あー、そこで漁師が魚を売ったりもする!」
『なんだ。人間の中にも、海にもぐってさかな捕まえられるひとがいるのん?』
「んーと、じゃなくってえ。道具使って釣ったりすんだけど~」
話しているうち、ポトリーグはつい笑ってしまった。
今までごく普通としか思っていなかったことが、ここにはない。何もかも人間と異なるあざらし姉弟に説明するうち、≪あたりまえ≫が含んでいたことは実はものすごく複雑だったのだな、とポトリーグは感じるようになっていた。
ともかく、言葉だけは不自由なく通じてわかりあえる、と言うのがありがたい。
『人間は道具をいっぱい使って、色々なものをこしらえるのね! びっくりしちゃうわ』
「ところで、るるっちうずっちは、海ん中に家とかあったりすんのか?」
『それはないのん。居心地いいとこ探してみつけて、好きな時に寝たり休んだりするだけ』
『そうね。鳥みたいに住まいを作る、ってことはないわね』
大人になったあざらし達は、各自お気に入りの場所を持っていて、そこのまわり中心に暮らしているのだそうだ。だから友達や家族の誰かをたずねていくのも、簡単だと言う。
「それ、めっちゃ面白そうだなー。けど俺はどうしても屋根がいるから、皆のとこに遊びに行って泊まるんは、無理かも」
『あら? でもポトリーグはやどかりやさざえみたいに、舟の殻がおうちになるじゃないの』
のんき朗らかにしゃべりつつ、一行は浜を上がっていった。舟を担いだポトリーグの脇を、ぺたぺた・べたべた、あざらし姉弟が這ってゆく。やがて岩場にさしかかったあたりで、ぶおん! とうず雄が小さく咆えた。
『見て、あそこー。いわやになってない?』
岩崖と砂浜の砂利がまじり合うあたりに、ぽっかり口を開けている横穴がある。
「おっ。洞窟でねえのかっ!?」
前まで行ってみると、ポトリーグが立ったまま入って行けそうなほどには、大きいようだ。
『いいわね! わたし達、こういうところけっこう好きよ。ポトリーグ、どう?』
「うん、いいんでないのか。小舟天幕よか、広々してるしな」
『それに明日の朝方、時化るような気がするのん』
『ええそうね、うずちゃん。ちょっと長くいることになるかもしれないし、ポトリーグががっしりした岩家の中にいるのなら安心だわ』
「あ、雨降るんかー?」
あざらし天気予報は確実だ。うず雄もるる波もひげを揺らしてうなづいているし、姉弟が降ると言ったらほんとに降るのであろう。
引っくり返した小舟の下で半日過ごすのはきつそうだが、この洞窟の中なら火だって焚けそうである!
「ようーし。そうと決まれば、さっそくここんち落ち着こうぜ~」
ポトリーグは小舟を脇に置き、とりあえず洞窟の中に入ってみようと思った。
奥行きがけっこうあるのだろうか? 暗がりが深い……。
『だめだ、入っちゃいけないッッ』
その時、小さな声が叫んだのを、ポトリーグは確かに聞いた。
『中に、悪いやつがいるんだよ――』
――えっ!?
ポトリーグはどきりとして、洞窟の入り口で立ち止まった。とっさに一歩さがり、小舟の内側に括りつけておいた櫂を握る。
『ポトリーグ?』
『どうしたのん……』
しゃあ――ッッッ!!!
恐ろしい音がして、その洞窟の奥の暗闇から、何かが勢いよく飛び出して来た。
「うあっっっ!?」
自分の顔のまん前に何かが迫る、そういうものは何がなんでも叩き返せ!
本能に直結した長年の慣習……いやもうこの際なんでもいい。とにかくポトリーグは、眼前にせまった脅威を、櫂でなぎ払った!
すかっ。しかし櫂は、空を切る。
ポトリーグのすばしっこい一撃をよけた対峙者は、なめらかな動きですうっと後ろへずれた。
『あああっ、へびッッ』
『きゃーッッ』
うず雄とるる波の悲鳴を背に、ポトリーグはそいつの顔を……。玻璃玉みたいにきろきろ光る奥の赤い目を、ぎーんとにらんだ。
――でけえッッ!
うず雄にからんでいた群れの蛇は、大きいのでもポトリーグの腕ほどだったと思う。今、音なくそろそろと身体を動かしているそいつは……長く、大きい。
人間と同じくらい大きな頭、胴回りはポトリーグの太ももをゆうに超えている。黒っぽく長い身体をまとめれば、るる波よりも大きいのではないか。
そういう大蛇を敵にまわして、ポトリーグは櫂を突きつけたのである……!




