26. みやこどりのおばちゃん達
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るる波の予想どおり。次の日の朝は、だいぶ冷えた。
「ぬおおっ、さびいっっ」
毛織り修道衣の頭巾をかぶったまま、白い息を吐いてポトリーグは火を起こした。
寝床にしていた海藻の上に、とねりこ枝からむしった葉と小枝をのせ、火打ち石をぶっ叩く。
その火にあてて、昨日の鍋を温めた。はまうり殻ですくって飲めば、お腹にじんわり熱がこもる! これだから、宵越しのお汁はうまいのだ。
ポトリーグが朝の煮汁を堪能している間に、あざらし姉弟も海中で食事をしてきた。皆それぞれ朝めしを済ましたところで、今日もいざ出発である。――……と。
――あれぇ? あざらしと一緒に、仲良くしているよ。
――それじゃあやっぱり、あざらしの一種なのかね。全然そんな風には、見えないが……。
昨日聞いた、しわがれ声が聞こえてきた。波打ち際に向かって、小舟を押し出そうとしていたポトリーグは、はっと手を止め振り返る。
けれどあたりの浜には、誰もいない。林は離れていて、そこからの声とはとても思えなかった。では浜に転がっている岩々の陰か、と思ってポトリーグはそちらをがん見してみる。
『……どうしたの?』
ポトリーグの緊張を察して、脇にいたるる波が低くささやいた。
「きのう聞いた声がするんだ。誰かが俺のこと、見てる」
『えっ』
すう、はあ……。ポトリーグは深く呼吸した。
「ち・わーっす。聖母さまの、祝福をー」
誰の姿も見当たらない。しかし確かに声の流れてきた方にむかって、ポトリーグは大きく言ってみた。うず雄とるる波が脇にいる分、少し大胆になっている。
けれど朝日の満ちる浜に、返る言葉はなかった。
ざざあん……。穏やかな波音だけが、ひいては寄せる。
『……わたしには、何も聞こえなかったんだけど。うずちゃんは?』
『のん。そこの岩の陰にのってる、鳥の鳴き声だけ』
たしかに、岩の上……。こちらから見えるかどうか、ぎりぎりの辺りに頭をのぞかせている二羽の浜鳥がいた。
「……?」
その二羽と、ポトリーグの視線が合った。
『うわ、どうしよ。今のって、うちらに言ってきたのかな』
『まさかぁ。言葉がわかるわけ、ないでしょう~』
ど・ぎゃーん!!
本当のところ、ポトリーグはぶったまげていた。口をすぽっと丸く開けて、そこから胃ぶくろがとび出すかと思えるくらいには、だいぶ驚いていた。
そうーっと手をのばして、うず雄のひげをきゅーと握る。
「おはよ~~っす。あんたらに、言ってまーす」
ポトリーグは言ってみた……。
ばっさばさばさ!
つばさを広げ羽ばたいて、浜鳥たちがぶったまげる番である!
『ぎょへーッッッ』
『なに!? 何、あんた! 言葉、通じるのおーッッ』
『えっ……。ちょっとポトリーグ、……どうしたの、あの鳥たち? 妙にあわてて、鳴きわめいているわ』
もよっ、と寄り添ったるる波がポトリーグを見上げた。地上に立ち並ぶと、目線はるる波のほうが低くなる。
「るるっちには、鳥の言ってることわかんねえの?」
ポトリーグも、何が何やらわからなくなってくる。少年の耳に、あざらしの言葉と鳥の言葉とは、同等に入ってくるのに。あざらしと鳥は、わかり合っていない?
『ええっとぉー』
ふわん、と一羽が飛んできて、ポトリーグの小舟の舳先にとまった。
『おはようさん、……あんた。新しいあざらしなの?』
警戒して遠いところにとまったが、好奇心を抑えきれないと言った様子で、鳥は問うた。
「いいや、俺は人間だ。あんたは鳥だよね?」
精霊とか悪魔とかの、おっかねぇもんじゃありませんように、と祈りつつポトリーグは控えめに言った。
『そうだよ。生まれも育ちも、ここの≪うみうし島≫。ごくふつうの牡蠣採り鳥よ』
「あ、そう。俺もごく普通ー、の人間なんだけど……。まぁすんげえ遠くから来たからな、色々言葉がわかるのは、たぶんそのせいっつうことで」
なんだかもう、他に理由のつけようがない。超絶適当にポトリーグは言ったのだが、みやこどりのおばさんは、それで納得したようだった。
もう一羽も、ばさばさっと軽く飛んでくる。小舟のへり、先の一羽の隣にとまった。
『遠くって、どこ? まさか蛇たちのねぐらの方かい?』
「もっと先なんだ。どこをどうやってこっちに来たんだか、自分でもわかってねえんだけど。……みやこどりのおばちゃん達、蛇がどこに住んでるか、知ってんの?」
極小にんじんみたいな細いくちばしをぱくぱくさせて、みやこどりは答える。
『いや、知らないよ。ずうっと南のほうの海、としか』
『やつらここにも最近来てさ。西の鼻っぱしに住んでる家族たちのたまごが、だいぶやられちゃったんだ』
それ昨日もちょっと言ってたな、とポトリーグは思いあたる。
「とんでもねえ災難だったな。いつ頃?」
『うーんと。嵐の前の、前の晩さね。宵の口にうわーッと来て、≪あめふらし島≫の方へ泳いで行ったよ』
『みんな用心して、崖の切り立ったところへ巣をかけてんのにさあ……。あいつら崖の高さなんて、気にしちゃいないんだ』
みやこどり二羽は、憂鬱そうに赤い目を細くして言った。
ここでもポトリーグは、やっぱり気の毒になる。
時間的にみて、みやこどりの群巣地を襲ったのは、うず雄をぐるぐる巻きにしていた群れと同じやつらなのだろう。
ここでたまごを食べまくった後に北へゆき、昼寝していたうず雄を狩ったのだ。
けれど蛇たちが去った今、ポトリーグがしてやれることは何もないのである。
「そっか……」
『あざらし達と仲良くしてるってことは、あんたは蛇どもの側じゃないね? どこに行くのか知らないが、気をつけてお行きよ』
「うん。……そうだ。黒いちごのありか、教えてくれてありがとう」
みやこどり達は、小さな黒い首をかしげた。
『言ったっけか~??』
『言ったかも。まあ、お礼を言うのは良い子のすることだ。だからあんたはいい子なのさ、ふふふ』
『あんたのことを、皆に話しておこう。どこかで見かけても、ふん撃しないように言い含めてさぁ』
ぶふっ、ポトリーグはつい噴き出した。
自分も今後、みやこどりのたまごは食わないでおこう、と思う。
鳥のおばさん達に別れを告げ、ポトリーグは改めて、小舟を海にむけ押し出してゆく。ずるーッッ!!
『達者でなあ、にんげんの子~』
『まっすぐお飛び。おうちまでー』
緑色の水面かがやく海に、ポトリーグの小舟とあざらし姉弟は今日も騎り出した!
「俺の航海譚、第四踏終了ッ。さらば、≪うみうし島≫!!」
ぐぐーっと櫂で水をかき分けつつ、ポトリーグは朝日の下にうなった。




