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鍋聖人ポトリーグの異界イムラヴァ航海譚  作者: 門戸
第四踏 ≪うみうし島≫
26/56

26. みやこどりのおばちゃん達

 ・ ・ ・ ・ ・



 るるとんの予想どおり。次の日の朝は、だいぶ冷えた。



「ぬおおっ、さびいっっ」



 毛織り修道衣の頭巾をかぶったまま、白い息を吐いてポトリーグは火を起こした。


 寝床にしていた海藻の上に、とねりこ枝からむしった葉と小枝をのせ、火打ち石をぶっ叩く。


 その火にあてて、昨日の鍋を温めた。はまうり殻ですくって飲めば、お腹にじんわり熱がこもる! これだから、宵越しのおつゆはうまいのだ。


 ポトリーグが朝の煮汁ぶいよんを堪能している間に、あざらし姉弟も海中で食事をしてきた。皆それぞれ朝めしを済ましたところで、今日もいざ出発である。――……と。



――あれぇ? あざらしと一緒に、仲良くしているよ。


――それじゃあやっぱり、あざらしの一種なのかね。全然そんな風には、見えないが……。



 昨日聞いた、しわがれ声が聞こえてきた。波打ち際に向かって、小舟カラハを押し出そうとしていたポトリーグは、はっと手を止め振り返る。


 けれどあたりの浜には、誰もいない。林は離れていて、そこからの声とはとても思えなかった。では浜に転がっている岩々の陰か、と思ってポトリーグはそちらをがん見してみる。



『……どうしたの?』



 ポトリーグの緊張を察して、脇にいたるる波が低くささやいた。



「きのう聞いた声がするんだ。誰かが俺のこと、見てる」


『えっ』



 すう、はあ……。ポトリーグは深く呼吸した。



「ち・わーっす。聖母さまの、祝福をー」



 誰の姿も見当たらない。しかし確かに声の流れてきた方にむかって、ポトリーグは大きく言ってみた。うずとるる波が脇にいる分、少し大胆になっている。


 けれど朝日の満ちる浜に、返る言葉はなかった。


 ざざあん……。穏やかな波音だけが、ひいては寄せる。



『……わたしには、何も聞こえなかったんだけど。うずちゃんは?』


『のん。そこの岩の陰にのってる、鳥の鳴き声だけ』



 たしかに、岩の上……。こちらから見えるかどうか、ぎりぎりの辺りに頭をのぞかせている二羽の浜鳥がいた。



「……?」



 その二羽と、ポトリーグの視線が合った。



『うわ、どうしよ。今のって、うちらに言ってきたのかな』


『まさかぁ。言葉がわかるわけ、ないでしょう~』



 ど・ぎゃーん!!


 本当のところ、ポトリーグはぶったまげていた。口をすぽっと丸く開けて、そこから胃ぶくろがとび出すかと思えるくらいには、だいぶ驚いていた。


 そうーっと手をのばして、うず雄のひげをきゅーと握る。



「おはよ~~っす。あんたらに、言ってまーす」



 ポトリーグは言ってみた……。


 ばっさばさばさ!


 つばさを広げ羽ばたいて、浜鳥たちがぶったまげる番である!



『ぎょへーッッッ』


『なに!? 何、あんた! 言葉、通じるのおーッッ』


『えっ……。ちょっとポトリーグ、……どうしたの、あの鳥たち? 妙にあわてて、鳴きわめいているわ』



 もよっ、と寄り添ったるる波がポトリーグを見上げた。地上に立ち並ぶと、目線はるる波のほうが低くなる。



「るるっちには、鳥の言ってることわかんねえの?」



 ポトリーグも、何が何やらわからなくなってくる。少年の耳に、あざらしの言葉と鳥の言葉とは、同等・・に入ってくるのに。あざらしと鳥は、わかり合っていない?



『ええっとぉー』



 ふわん、と一羽が飛んできて、ポトリーグの小舟の舳先へさきにとまった。



『おはようさん、……あんた。新しいあざらしなの?』



 警戒して遠いところにとまったが、好奇心を抑えきれないと言った様子で、鳥は問うた。



「いいや、俺は人間だ。あんたは鳥だよね?」



 精霊とか悪魔とかの、おっかねぇもんじゃありませんように、と祈りつつポトリーグは控えめに言った。



『そうだよ。生まれも育ちも、ここの≪うみうし島≫。ごくふつうの牡蠣採り鳥みやこどりよ』


「あ、そう。俺もごく普通ー、の人間なんだけど……。まぁすんげえ遠くから来たからな、色々言葉がわかるのは、たぶんそのせいっつうことで」



 なんだかもう、他に理由のつけようがない。超絶適当にポトリーグは言ったのだが、みやこどりのおばさんは、それで納得したようだった。


 もう一羽も、ばさばさっと軽く飛んでくる。小舟のへり、先の一羽の隣にとまった。



『遠くって、どこ? まさか蛇たちのねぐらの方かい?』


「もっと先なんだ。どこをどうやってこっちに来たんだか、自分でもわかってねえんだけど。……みやこどりのおばちゃん達、蛇がどこに住んでるか、知ってんの?」



 極小にんじんみたいな細いくちばしをぱくぱくさせて、みやこどりは答える。



『いや、知らないよ。ずうっと南のほうの海、としか』


『やつらここにも最近来てさ。西の鼻っぱしに住んでる家族たちのたまごが、だいぶやられちゃったんだ』



 それ昨日もちょっと言ってたな、とポトリーグは思いあたる。



「とんでもねえ災難だったな。いつ頃?」


『うーんと。嵐の前の、前の晩さね。宵の口にうわーッと来て、≪あめふらし島≫の方へ泳いで行ったよ』


『みんな用心して、崖の切り立ったところへ巣をかけてんのにさあ……。あいつら崖の高さなんて、気にしちゃいないんだ』



 みやこどり二羽は、憂鬱そうに赤い目を細くして言った。


 ここでもポトリーグは、やっぱり気の毒になる。


 時間的にみて、みやこどりの群巣地を襲ったのは、うず雄をぐるぐる巻きにしていた群れと同じやつらなのだろう。


 ここでたまごを食べまくった後に北へゆき、昼寝していたうず雄を狩ったのだ。


 けれど蛇たちが去った今、ポトリーグがしてやれることは何もないのである。



「そっか……」


『あざらし達と仲良くしてるってことは、あんたは蛇どもの側じゃないね? どこに行くのか知らないが、気をつけてお行きよ』


「うん。……そうだ。黒いちごのありか、教えてくれてありがとう」



 みやこどり達は、小さな黒い首をかしげた。



『言ったっけか~??』


『言ったかも。まあ、お礼を言うのは良い子のすることだ。だからあんたはいい子なのさ、ふふふ』


『あんたのことを、皆に話しておこう。どこかで見かけても、ふん・・撃しないように言い含めてさぁ』



 ぶふっ、ポトリーグはつい噴き出した。


 自分も今後、みやこどりのたまごは食わないでおこう、と思う。


 鳥のおばさん達に別れを告げ、ポトリーグは改めて、小舟カラハを海にむけ押し出してゆく。ずるーッッ!!



『達者でなあ、にんげんの子~』


『まっすぐお飛び。おうちまでー』



 緑色の水面かがやく海に、ポトリーグの小舟とあざらし姉弟は今日もり出した!



「俺の航海譚イムラヴァ、第四踏終了ッ。さらば、≪うみうし島≫!!」



 ぐぐーっとかいで水をかき分けつつ、ポトリーグは朝日の下にうなった。

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