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鍋聖人ポトリーグの異界イムラヴァ航海譚  作者: 門戸
第四踏 ≪うみうし島≫
24/55

24. あざらし姉弟の気づかい

 浜に戻ると、るるとん小舟カラハの横にいた。



『ポトリーグ! お手洗いに行ってたの? はまうり、食べた?』


「どっちも、うん。貝めっちゃうまかったー」



 あざらしはどこで用を足すんかな、とポトリーグは原始の疑問を胸にいだいた。


 いや、水陸両方に住めるのだから、どちらにおいても可能なのだろう。かく言うポトリーグだって、海上にて出すだけなら問題ないのだし。



『黒いちご? 初めてたべるわ、あまーい!』



 ポトリーグはおみやげほたて殻を開け、るる波の口の中に小さな実を入れてやった。するどく並ぶ歯が、けっこう怖い。



「これもよう、教えてくれた声があるんだ。婆ちゃんみたいなしわがれ声」


『えっ、そうなの?』


「俺のこと、怖がってるっつうか……。どこかに隠れてて、姿もぜんぜん見えんかったけど」


『……? 変ね。ここの≪うみうし島≫にはお婆さんどころか、あざらしが住んでいるって話を聞いたことがないのに……。いるのは鳥だけのはずよ?』


「旅行中の、物見遊山あざらしでもいたんかな。……あ、うずっちだ」



 べしゃべしゃべしゃ~。巨躯をくゆらせて、うずが波間から出てきた。



『うずちゃんてば、ごきげんね?』


『うふふ……。大っきなあなご、たべちゃった……』



 うず雄のひげの隙間にも、ポトリーグは黒いちごを入れてやる。



『……? 自分も、別のあざらしとはすれ違わなかったのん。西っかわの岩場あたりにいた時、白かもめにうんこ狙撃されたけど』


「げえ」


『かわしたんでしょうね?』


『かわした。けどなんか、気が立ってる感じだったのん……。ひょっとしたら最近、蛇に襲われたのんかもね』



 ≪黒き島々≫の治安を、ことごとく脅かしている蛇どもである。ゆるすべからず。


 ポトリーグが憤慨しているうちに日は沈んでいて、うず雄とるる波のひげもよく見えないほどに暗くなった。



「明日も夜明け出発か? るるっち」


『そうしてもいいんだけど、ちょっとこれから冷え込みそうよ』



 あざらし海上予報はお天気のみならず、寒いぬくいの変化傾向も感知できるらしい。



『ポトリーグに、あんまり寒いのはこたえるでしょう? 暗いうちは舟もあやつりにくいだろうし。お日さまが昇りきって、明るくなってから出発したほうが無難だわ』



 乾いた海藻を敷き詰めて、小舟天幕の下に寝床をこしらえるポトリーグにるる波は話した。


 今日一日の行程を見ても、あざらし姉弟が予想したよりずっと早く、長い距離を越えてくることができたのだという。


 この調子でいけば南端≪かいぎゅう島≫に到達し、≪黒き島々≫の域内を出るのもそう先ではない、と思われる。



――すげ、……よく見てんのな。るるっち……。



 姉あざらしにうなづきながら、ポトリーグはちょっと驚いている。


 確かに今朝、曙光の弱い時点で小舟を漕ぎ出したポトリーグは、視界のわるさに微妙にびびっていた。初心者として、暗い中での航海はなるべく避けたい。


 言わずに引っ込めていたポトリーグの気持ちすら、るる波が察していたとは……。やはり、おひげでつかみ取ったのであろうか。あるいは、おにくで感知したのかもしれない。



『ちょっとの間を惜しむような、そういう急ぎ方をしなくても、ポトリーグの目指す場所にはたどり着けると思うのよ。それよりきちんと休んでから、海に出た方がいいかもしれないわ』


『んー、でもるるちゃん……。あんまりのんびりしてたら、ポトリーグの群れが別のところへ行っちゃうのんでは……』



 もぐもぐ、と少々言いにくそうにうず雄が言った。ポトリーグが修道士たちに置いてきぼりにされるのを、心配しているのだ。


 しかしポトリーグは、うず雄に頭を振って見せる。



「あー、それな。大丈夫なんだ、うずっち」



 戻るのに時間をかけ過ぎて、修道士たちとすれ違いになる、という可能性は確かにある。


 しかしその場合、彼らはポトリーグをただ≪置き去り≫にはしないはずなのだ。


 自分たちがどれだけ待ってそこを発ったのか、これからどういう道にそってゆくのかを、何かの形でポトリーグに残してゆくだろう。そのくらいの短い文やしるしなら、ポトリーグにも読めるしわかる。


 さらにポトリーグが希望をつないでいるのは、はぐれた地点がトゥーレからさほど離れていなかったことだ。沿岸部に、ゲール人の小さな入植地がいくつかある。



「ブレンダン修道院長たちに会えなくても。トゥーレの漁師にでも拾ってもらえりゃ、そこの辺りにかくまってもらえるはずなんだよ」



 そこからはブレンダン修道院長が旅の途中で残してきた、に頼ればいい。すなわち各地の修道院である。


 時間はかかるだろう、けれど最終的には故郷のヒベルニアへ帰還できるはずだった。



『そうかー。ほんじゃとにかくポトリーグは、≪黒き島々≫の先っちょを目指して……。≪氷の海≫の、ひばしら? がどっかんどっかんしている辺りまで、行けばいいのん』


『……おっかないところね。この世の果て、なんてお話の中で言われているのもうなづけるわ』


「あ~、でもよ、るるっち。俺と皆が氷の上に降りるまでは、そこ静かだったんだ。年がら年じゅう、火ぃ噴いて空が崩れて海が割れてる、っつうことはないんだよ。たぶん」



 海藻でがさごそした寝床をつくったポトリーグは、裏返した小舟カラハ天幕テントの中に入った。


 脇にのびているあざらし姉弟に、ますます気を許している。人間ではないのに、ここまでポトリーグを思いやってくれるふたりの気遣いが、胸に温かかった。


 もう、周りは真っ暗だ。ずうっと向こう、海のほうだけがわずかに明るいのは、沈み切ったはずの夕陽の残照だろうか。


 あるいは……星明り。



 ごそ、もそーッッ!!



『いきなりどうしたの、ポトリーグ!?』


『かにに、おしりかまれたのん?』



 小舟の脇にぐでんと横たわり、ほぼ寝るところだったあざらし姉弟は、仰天して言った。


 それこそ岩の間から食らいついてくるうつぼ・・・みたいに、小舟の中からポトリーグがとび出して来たのである!



「星……星だッッ!」


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