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鍋聖人ポトリーグの異界イムラヴァ航海譚  作者: 門戸
第四踏 ≪うみうし島≫
23/55

23. はまぐり潮汁の後はフレッシュ黒いちご

 ・ ・ ・ ・ ・



「ほんじゃあ俺、るるっちの≪はまうり≫煮て食うし。皆は海ん中で、ゆっくり漁して食ってきてな~」


『うん』


『じゃあ、また後でね。ポトリーグ!』



 漁および水中でのお食事に向かう、るるとんとうずのあざらし姉弟を、波打ち際に見送った後。


 引っくり返した皮の小舟カラハの傍らで海藻を燃やし、ポトリーグは砂抜きしておいた貝を煮てみる。


 生がわきの海藻からは、ぶすぶすとくすぶった煙が出た。厨房の中ならどやされるだろうが、今は別に平気である。大空の真下にいるのだもの。


 さらに火通りのよい貝を、少量の水で煮るのである。さほど労力も時間も使わず、ぱっかり口を開けた二枚貝をポトリーグは前にした。



「ほ~? でっかい、あさりみたいなもんか」



 少し冷ました白い身を、はふっと口に入れて、ポトリーグはおおうと目を丸くした。


 期待したよりずっと淡白な味わいであるが、潮の香りが実に上品に香る。ほたて貝と比べ、身の部分が大きかった。


 さらっと煮たのが良かったのか、歯に肉がやわらかく当たる。時間をかけて咀嚼してから、ポトリーグは飲みこんだ。殻で汁をすくって飲むと、これまた軽く塩味のきいた素敵な飲み口だ。



――いいぞ~!! 上等のブイヨンだ!



 シャナキール修道院は海にもほど近かったが、ポトリーグがそれまで人生大部分を過ごした親戚の各家は、内陸にあった。魚よりも豚肉に慣れていたポトリーグである。


 航海に出る一団に加えられて以来、はじめて海のものを中心に食べるようになっていた。新しい食生活は、少年にとって世界の一角の知り始めでもあったのだ。


 とりあえず~、の基本調理法だけを伝えてくれていた料理長と、航海めし係担当の修道士に、感謝をしなければならぬ。


 そしてヒベルニア出立後、各地の人びとに魚を食べさせてもらえたのも大きかった。いまやポトリーグは、何でも食べてみる気になれるのである!


 めずらしくっても、見たことがなくっても。見た目が少々怖くても、どんと来い!


 ポトリーグは大きな≪はまうり≫四つを食べつくして、汁もたっぷり味わったが、鍋底に少々煮汁が残った。


 これは冷めてもうまいものだろうか。明朝、出立の前に水の代わりに飲んでもいいな、とポトリーグは思う。


 前の島で採ってきた、金のりんごをしゃくしゃくかじって、うず雄とるる波の帰りを待った。



――けむったい、と思ったら!


――何だろうねぇ。変なやつだ、なにしてんのだろう。



 どこかから、老女のようなしわがれ声が流れてきた。あれ、と思ってポトリーグは見まわすが、打ち寄せるさざ波以外に動くものは何もない。



――遠いところの生きものだろうか? ひょろんと長いが、毛があるし……。うねうねしていないから、蛇ではないね。


――ああ、さっきりんご食べとったもの。海の生きものではなさそうだ。


――今、とねりこの周りに黒いちごが熟れているから、それをついばみに来たのと違うかな?


――ううん。鳥にゃあ見えないがなあ……。まあいいか、蛇でなし。こないだ来てさんざん荒らしたんだ、しばらくは来ないだろうよ。……



 老婆のようなしわがれ声の会話は、そこでふつりと止んだ。


 ポトリーグは、どこぞの岩陰に婆あざらしが隠れて自分を見ているのだろうか、と思う。しかしそれっきり声は聞こえず、また水音もしないのである。



――おっかしいな。けどまぁ、ひとんに邪魔してんのは俺だし。うさんくさく見られるのは、仕方ねえのかも。見えねぇおばはん達に、聖母さまの祝福を~。



 心の中で、ポトリーグはしわがれ声の持ち主たちに祝福を送る。


 と言うのも、いいことを聞かせてもらったからだ。



――とねりこの周りに……。黒いちごか、ひひひ!!



 りんごのあみ袋と汁の入った鉄鍋を小舟カラハ天幕の中に入れ、くすぶり続ける海藻焚き火に石をかぶせて、ポトリーグはこんもりと茂る林の方へ歩いて行った。


 この島についてすぐに、その樹の存在に気づいていたのだ。他の樹々から突き出たのっぽの木は、見間違えるはずもない。とねりこの大樹が、そう遠くないところに生えていたのである。


 暮れては来たが、まだまだ明るい。しかし極力音をたてないしのび足にて、ポトリーグはさかさか樹々の間を抜けていった。



「おっ! ほんとだ、やぶ・・があらぁ」



 もっさりとしたとねりこ大樹の南側に、黒いちごと野ばらの入り混じるいばらやぶがあった。そこまでたくさんの実はない。おおかたは鳥やけものに食べつくされたか。それでも名残のように枝先についている、黒いつやつやした果実を、次々にとってポトリーグは食べた。あまい! うまい!


 ポトリーグは、うず雄たちの大おばにもらったほたて殻を持っていた。ふくらんだ方に黒いちごを採って入れ、平べったいのをふたに合わせて、手首に巻いている麻ひもをくくりつけて閉める。それを修道衣のかくしにしまった時だ。


 ばさっっっ!!!


 大きな音に驚いて、ポトリーグは振り返る。びっくりした……ただの落枝だ。



「……とねりこの枝かあ」



 とくに風も吹いていないのに、大きな枝が落ちたものだ。


 ポトリーグは、古樹の落とし物を拾い上げた。しなやかにして、軽い。緑の葉がまだ生き生きとしている。



「おっ……」



 古樹の枝の中に、なじみのある形がくっきり浮かび上がった。その使い道を思案して、ポトリーグの心が小さく躍る。


 再びとねりこの梢を見上げてから、……ポトリーグは歩き出した。


 ずるずる、ずるる……。さほど重くもない、その枝を引きずりつつ。


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