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鍋聖人ポトリーグの異界イムラヴァ航海譚  作者: 門戸
第四踏 ≪うみうし島≫
22/54

22. 蛇の不思議

「なあー、さっき海ん中の話してたけどよう。蛇のやつらも、長く泳げるってことだろ? あいつらも水ん中で、暮らせるんかな」



 嫌われ者のいじわる集団、蛇どもについての疑問を、ポトリーグは姉弟あざらしに問うてみる。



『磯の近くの岩陰に、ひとり住まいしてる狂暴なのんはいるど。けどそいつは近づかなければ、悪さをしに出てくるわけじゃないのん』


『うずちゃんてば、うつぼ・・・は蛇とは違うわよ。あれはおさかなの一種だもの、長くてうねうね泳ぐところは似ているけど』


『あ、そっか』



 ふたりが話しているのは、うなぎみたいな魚だろうか、とポトリーグは想像する。


 シャナキールの修道院でも、うなぎは時々食べられていた。下処理がひと苦労だが、脂がのっていてうまい。



『実際に海の中で泳いでる蛇の群れに、出っくわしたあざらしはたくさんいるのよ。うずちゃんも何度か、からまれたことがあるんでしょう?』


『うん。けど全力で逃げるかもぐるかすると、しつこくは追ってこないのん』



 海を渡って島々の間を行き来できるほど、蛇は泳げはする。しかし水中では分が悪くなる、ということを蛇どもは自覚しているのだ。


 そうして集団でけものを狩り食べるのは、常に陸上においてである。


 魚を食べている蛇を見たあざらしは、皆無なのだった。



「ふーん……。俺はここんち来るまで、蛇のことはほとんど知らんかったからなー。ご近所とか修道士の兄さん達から、聞いた話しか……。あれ?」



 ・ ・ ・



 ポトリーグは蛇のいない地、ヒベルニアに生まれ育った。みみずのような小さな蛇を、いちど見たことがあるっきり。


 そういう彼に、楽園エデンの物語を説いて聞かせるのは難しかった。


 始原の男女は、憂いなく暮らしていた地をある時追われる……。それと言うのも、まったき悪の化身である≪へび≫に、知恵の実を食べるようそそのかされてしまったからだ。


 ……という話をしてくれたのは、長ねぎ畑の草むしりという単調作業に飽きあきしていた、一人の若い修道士だったのだが。


 草を引き抜くポトリーグには、その≪へび≫がぼんやりとしかわからない。


 あんな、ひもみたいなのが全き悪ぅー?? 弱っちそう……。


 けげんそうにじと・・見してきた少年に気づき、修道士は肩をすくめた。



≪ここにはいないから、想像しにくいよね。私は前に、親とガリアに住んでいたんだけど……。そこにはけっこう、たくさんいたんだ。この縄帯ほども大きく、長くなるんだよ。なかなかに狂暴でね、ねずみだのひきがえるだのをにらみつけて、動けなくしてから、ぱくうっと飲みこんじまうんだ≫



 眼光がんをとばして獲物を震えあがらせるとは、いかにも不良な生きものだ!


 草をむしむしとむしり取りながら、ポトリーグは若い修道士兄さんの話に聞き入った。



≪噛まないんすか? そいつ≫


≪咬むよ。けどそれは、牙に仕込んだ毒を獲物の身体に流し込むためであって、私たちみたいに咀嚼はしないんだ。かぷっと丸のみしてしまって、こう……。長い胴体を通してゆくうちに、ゆっくり溶かしてこなしてゆくもののようだね≫



 ガリア出身の修道士は、自分のお腹のあたりに両手をかかげて、蛇の消化のさまを再現しようと試みた。強調する必要はなくって、若いのにお腹の出た人であったのだが。



 ・ ・ ・



『どうしたのん、ポトリーグ?』


「うーん……。俺の聞いた話だと、蛇っつうのは群れをつくって狩をすることはねえし。それに獲物を喰う時は、丸のみにするらしいんだよ。だから、今日見た山羊の死体は、なんかおかしいなって」



 自分たちよりだいぶ大きな獲物に挑み、かみついて血をすすり、骨を残して肉をきれいに食べつくす……。それならここの蛇どもは、確かに肉を噛みとり、裂いて食っているということではないか。狼やきつね、犬どものように? 



「……でも、まあ。姿が似てるってだけで、生き物としては案外ちがってんのかもしんねえよな。俺のいたとこの蛇と、ここんちの蛇は」



 ポトリーグは言い淀んで、あいまいにしめくくった。


 わからないことに囲まれた今、簡単に答えの出せる事柄はごく少なくって当たり前。そういう気もする、仕方ない。



「ごめーん。何かこまかいこと、気になり過ぎだ。俺」


『いいのよ、ポトリーグ。小っちゃいんだから、好奇心に取りつかれて胸がどきどきしまくりなのが、普通ってものよ』


「小っさくねえっつうの、るるっちー」



 やがて一行は、≪あめふらし島≫間際を通過する。


 近くで見ると、ここもごつごつとした岩山だらけの島だ。



『次の島は、なだらかな丘陵になっていて浜もあるわ。だいぶ進めたし、今日はそこに泊ってもいいわね』


「そうしよう、るるっち! 陽もかげってきたしなー、疲れたろ? うずっち」


『大丈夫。けど夜の海は怖いから、そこに上がって安心するのん』



 あざらし姉弟の言う通り、ふんわりした緑の島影が見えてくる。


 反対側の断崖地には、多くの鳥たちが住んでいるというその≪うみうし島≫に、ポトリーグの小舟カラハとうず雄、るる波は向かっていった。


 やがて頭上に、ぬあー! にゃあー! と鳴き声を聞く。


 金の夕陽が輝き出す空に、ごく小さい粒々のような鳥たちの飛ぶ姿を、ポトリーグはあおぎ見た。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

※ガリア::欧州西側、現在のフランスのあたりを昔はこう呼んでいました。紀元前50年代、ここに住んでいたケルト人(ガリア人)に大戦争をふっかけたのがカエサル(シーザー)、そのすてきな中継ブログ(?)がかの有名な『ガリア戦記』です。(作者)

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