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鍋聖人ポトリーグの異界イムラヴァ航海譚  作者: 門戸
第三踏 ≪金のりんごと山羊の島≫
20/55

20. ポトリーグ、聖人の蛇追放を語る

『……そのやぎは。蛇どもの犠牲者だわ!』



 ずるッ!


 ポトリーグは、砂の上に座り直した。るるとんの目が、厳しく少年を見つめている。



「どうして山羊が、蛇にやられたってわかるんだ? るるっち」


『蛇どもは、しめ殺した動物たちの肉をたべる前に、まず長いこと食らいついて血を飲むと言うわ。だから、いざ毛皮を裂いて肉やはらわた・・・・にとりかかる頃には、けものの血があんまり周りに飛び散ることはないの。ポトリーグが見た雄やぎは、毛皮の白いのがほとんど汚れていなかったのよね?』


「そうなんか……!」



 るる波はやわらかい言葉を使っているが、語る内容そのものは恐ろしい。


 そう言えば狼に殺された羊は、食い荒らされてそこらじゅうが赤黒かったっけ……と、ポトリーグは過去の記憶を確かめる。



「言われてみると、確かにるるっちの言う通りだ。そいじゃあ、あんまり日を置かないうちに、ここんち島に蛇どもが来てたっつうことだな!?」


『もしかしたら。自分を食べるつもりだった、あの群れが……。ポトリーグに追っ払われてここに寄って、自分のかわりにやぎ食べたのんかも……』



 うず雄も低く言い添えた。



『だとしたら。自分ら、そいつらの後を追っかけてることになるのん?』


「ああ。だからこのまんま、南に向かってこうぜ。方向は合ってるってことだもんな! とりあえず」


『まあね。けど万が一蛇どもと鉢合わせしたとしても、やっつけてやるとか考えちゃだめよ? 道しるべに利用するってだけなんだからね、ポトリーグ』


「うーん」



 ポトリーグは唇をとがらせた。



『なによ。不満なの?』


「……できれば、よう。帰るついでに退治できたらって思うんだ。ここんち一帯のみんな、蛇のやつらにいじめられて、すげえ大迷惑してんだろ? あざらしも、山羊も」


『うん。他の生きものと話すことってできないし、詳しい事情まではよくわかんないのん。けど夏の間、ずうっとおびえて暮らすのはしんどい』


『それにわたし達は海の中じゃ自由自在だし、やつらより上手うわてだからいいわよ。けれど陸に住んでいるけものは、逃げ場がないから気の毒だわ』


「だよなー。……あのさ、実は俺の元々住んでたとこって。蛇がいねえんだよ」


『えっ?』


『そうなのん?』


「うん。こんな、みみずくらいの小っせえやつが、たまーに出るだけ」



 ポトリーグは胸の前で両手のひとさし指を並行に立て、ささやかな長さをあざらし姉弟に示してみせた。



「大昔はたんまりいたんだけど、全部まとめて追い出した人がいるんだ」


『すごい! どうやったのかしら!?』


「聖ポドリーグ様、っつってー。俺らのヒベルニアに神さまの言葉を伝えた、超絶えらーい人がいたんだ。その人が、あんまり邪悪で調子こいてばっかしだった蛇に、てめえらこの島から出ていきやがれ、と引導わたしたんだよ。だから蛇どもは、すごすご海の向こうに退散したっつう話。もう百年くらい、昔のことな」


『へえー……! 蛇にまとめて、退去命令を出したなんて。すごい人間ね?』


『ポトリーグと、名まえ似てない? そのひと』


「うん、うずっち。実は俺は、その聖ポドリーグ様にあやかって名づけられたんだ。母ちゃんが間違えたから、ポトリーグになっちまったが」



 つづりは少々……大幅に間違ってはいるものの、何となく聖人の威光が名前を通して、蛇から自分を守ってくれたような気がしたのである。だからこそあのいやらしい生きものは、引き波のように離れていったのではないか、とポトリーグは考えていた。



「でもよう。修道院に入ったばっかしの、見習いなべ番の俺には、聖ポドリーグ様なみの力はないんだよなー。あったら、うずっち達やみんなのために、蛇のやつら追い出してやりたいんだけどよう」



 もふふん、とひげを揺らしてるる波が笑う。



『あなたは本当に、いいやつなのねえ。でも今は、元いた群れに無事に戻るのが最優先よ! ポトリーグ』



 姉あざらしは前脚を上げて、ぴとんとポトリーグの腕にふれた。真っ黒いつめ・・の生えた指先がそろっていて、四角い。



「うん」


『さあ、そろそろ行きましょうか……。この陽気なら日暮れまでに、だいぶ距離をかせげそうよ!』



 るる波に朗らかに促され、一行はふたたび海へとり出す。


 両手でぐいーっと小舟カラハを押し出しながら、ポトリーグは気合をこめて言った。



「俺の航海譚イムラヴァ、第三踏。 ≪金のりんごと山羊の島≫、ばーいっっ」


※本作品においてはゲール語からの表記を基本としていますが、【ポドリーグ】は現アイルランドの守護聖人、聖パトリックのことです。(作者)

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