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鍋聖人ポトリーグの異界イムラヴァ航海譚  作者: 門戸
第二踏 ≪ひげあざらし島≫
14/54

14. えび貝さかな、三位一体・海鮮鍋

『……そのひとの、姿を見てはいないのだね? ポトリーグや』


「みてない。おばちゃん」



――皆は俺みたいな生きものを、まるで見たことがないってんだから……。まさかここんちの≪ひげあざらし島≫に、人間がいるわけはねえ。それならあの声は、いったい何だったんだ??



『だいじょぶか、ポトリーグ。いつもより、顔がちょい白くなってるど?』



 もそりと顔を寄せてきたうず、……そのおひげを、ポトリーグは右手に握った。



「あ~……ああ、うん。ちっと、こう~、怖い方向の話を想像しちまったんだけど、よーう。あれがそら耳ってやつなのかな! ブレンダン修道院長とか、修道士の兄さんらと離れて、俺ってば緊張してるんかなー!」


『ほだね。知らない土地に来たのんだから、どきどきしてるのんな』



 のったりまったり、……うずは言いつつも、心配してくれているようだった。



『かわいそうに。まだ細っこくて、小っちゃいのにねぇ。たくさん海のものをたべて、ずどーんと大きくおなり』


「いやおばちゃん、俺は人間の中でも割とひょろでっかい方なんだけど」



 それはともかく、お鍋は煮えたようである!



「いただきまーす! 皆ありがとう、えび貝さかなよありがとーう」



 ポトリーグは、木匙きさじですくった黒たらの身にかぶりついた!



「ぎゃあ、うまーッ」



 何てことだろう! ほたて貝のうまみがうしおのこくとなって、たらの身にしみ込んでいるッ。そのほたての身を、はふはふーっとポトリーグは口いっぱいに熱く噛む。



「甘いのに、しょっぱーッッ! 超絶うめえぞ、ごるぁーっ」



 続いてるるとん提供、≪ほまれえび≫の胴体部分の殻を裂いてみる。



「すっげえ、何じゃこりゃッ。ひな鶏以上に、ほこ・・ついてんぞ!?」



 口の中が、上品なふかふか食感に征服される……!


 その淡白な味わいのあとに、やはりからみついた潮汁がうまいッ。



「ああ、そうだぁ! おばちゃんのほたて貝ッ」



 大きな二枚貝のふっくらした方の殻に、ポトリーグは鍋のつゆをすくった。


 そのまま、ふふう~と口にもってゆく。


 あつぅい汁が、のどを過ぎてお腹の中に流れてゆく……。うああ、あったかい!



「うーまーいーっっっ。こんなうまいの、俺まじで食ったことなーいっっ」


『ちょっと。泣いちゃったよ、この子』


『人間って、涙流してごはん食べるものなの??』


『ポトリーグー』



 もみもみ、るる波とうず雄に左右から挟まれて、それでもポトリーグはやかましく喜びながら食べた。


 熱いものを熱いまんまたべているから、身体の中にそれが熱としてたまってゆくようだ。



――こんな、すんげえごちそう! タラの丘の上王あるどりさまだって、食ったことないに違いないッッ。



 心からおいしいと感じるものをたべる時――ポトリーグはそのごちそう以外の、すべてのことを忘れ去ることができた。つまり、誰にも何にも邪魔されることのない完全無欠たる幸せに、浸ることができる。



「俺、ほんッッと幸せ。まじでありがとう、おばちゃん。るるっち、うずっち」


『おお、顔があかくなったど』


『よかったねぇ。うずにるるとんや、ポトリーグを群れに返してやるまで。海のおいしいものをとってきて、この子にたんと食べさしておやりよ』


『そうね、大おばちゃん! 火を通すなんて、わたし達と食べ方はまるきり違うけれど。こんなに喜んでたべる子なんですもの、はりきっておさかなをとったげるわ』



 黒い瞳を輝かせて、るる波は嬉しそうだった。


 大おば老あざらしも、うず雄もるる波も。まるい瞳をわずかに横向きたわませて、口角とひげをもぐっと上にあげている……。


 これがひげあざらしの笑い方なのだ、とポトリーグは理解して、自分でもわらう。



 ・ ・ ・



 とれたて海鮮鍋を食べ終えた時、ポトリーグは文字通りはち切れそうになっていた。汁もたくさん飲んだし、大満足である。


 日がかげってきたな、とポトリーグがぼんやり西を見ると、そちら側が異様に暗い。



『さあ、嵐が来る……。皆、寝じたくをしようかね』



 お腹いっぱい、けだるくすぐにでも寝てしまえそうなポトリーグだったが。足の速そうな嵐の暗雲をみて、ちょっとだけ不安になった。



「皆は、海ん中に入るのか?」


『たいていは岩棚にへばりついて、こもるんだよ。けど今夜は、ポトリーグと一緒にいようかね』



 少し先にある大岩の陰に寄れ、と言われてポトリーグはそこへ小舟カラハを移動させる。たしかにここの方が、風を防ぐのに具合がよさそうだった。



『また、殻をかぶって寝るのん? ポトリーグ』


「そうだ、うずっち。俺ら人間は、雨や水ん中で寝られるようにできてねえから」


『そうよな。厚いおにくを着てないのんだから』



 乾いた海藻を集めたところで、ぽつぽつっっ……と雨粒が降りかかり始める。


 ご・うー!!


 何やらすさまじいような、風のうなり声もとどろく。


 引っくり返した小舟カラハの内側にポトリーグがおさまると、あざらし三頭はそのふちに、うねうね寄ってきた。



『じゃあおやすみ、ポトリーグ。わたし達がここにいるからね、危ないものは何も来ないよ』


『明日は、夜明けに起こしてあげるからね!』


「うん。おやすみ、皆」



 うずのひげを握ってから、ポトリーグはつっかい棒のかいを下ろして、小舟カラハ天幕テントの内側にこもった。


 たたた、たた……!


 天井となった舟底を叩く雨音は、だいぶ激しいらしい。けれどその雨と嵐とは、どこか遠い気がする。


 舟の脇に、びったりくっついて横になっているうず雄たちの厚い身体が、ポトリーグと舟とを守ってくれているのだ。


 安堵につつまれて、ポトリーグは狭い暗闇の中、あたたかい眠りに落ちていった。



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