14. えび貝さかな、三位一体・海鮮鍋
『……そのひとの、姿を見てはいないのだね? ポトリーグや』
「みてない。おばちゃん」
――皆は俺みたいな生きものを、まるで見たことがないってんだから……。まさかここんちの≪ひげあざらし島≫に、人間がいるわけはねえ。それならあの声は、いったい何だったんだ??
『だいじょぶか、ポトリーグ。いつもより、顔がちょい白くなってるど?』
もそりと顔を寄せてきたうず雄、……そのおひげを、ポトリーグは右手に握った。
「あ~……ああ、うん。ちっと、こう~、怖い方向の話を想像しちまったんだけど、よーう。あれがそら耳ってやつなのかな! ブレンダン修道院長とか、修道士の兄さんらと離れて、俺ってば緊張してるんかなー!」
『ほだね。知らない土地に来たのんだから、どきどきしてるのんな』
のったりまったり、……うず雄は言いつつも、心配してくれているようだった。
『かわいそうに。まだ細っこくて、小っちゃいのにねぇ。たくさん海のものをたべて、ずどーんと大きくおなり』
「いやおばちゃん、俺は人間の中でも割とひょろでっかい方なんだけど」
それはともかく、お鍋は煮えたようである!
「いただきまーす! 皆ありがとう、えび貝さかなよありがとーう」
ポトリーグは、木匙ですくった黒たらの身にかぶりついた!
「ぎゃあ、うまーッ」
何てことだろう! ほたて貝のうまみが潮のこくとなって、たらの身にしみ込んでいるッ。そのほたての身を、はふはふーっとポトリーグは口いっぱいに熱く噛む。
「甘いのに、しょっぱーッッ! 超絶うめえぞ、ごるぁーっ」
続いてるる波提供、≪ほまれえび≫の胴体部分の殻を裂いてみる。
「すっげえ、何じゃこりゃッ。ひな鶏以上に、ほこついてんぞ!?」
口の中が、上品なふかふか食感に征服される……!
その淡白な味わいのあとに、やはりからみついた潮汁がうまいッ。
「ああ、そうだぁ! おばちゃんのほたて貝ッ」
大きな二枚貝のふっくらした方の殻に、ポトリーグは鍋のつゆをすくった。
そのまま、ふふう~と口にもってゆく。
熱ぅい汁が、のどを過ぎてお腹の中に流れてゆく……。うああ、あったかい!
「うーまーいーっっっ。こんなうまいの、俺まじで食ったことなーいっっ」
『ちょっと。泣いちゃったよ、この子』
『人間って、涙流してごはん食べるものなの??』
『ポトリーグー』
もみもみ、るる波とうず雄に左右から挟まれて、それでもポトリーグはやかましく喜びながら食べた。
熱いものを熱いまんまたべているから、身体の中にそれが熱としてたまってゆくようだ。
――こんな、すんげえごちそう! タラの丘の上王さまだって、食ったことないに違いないッッ。
心からおいしいと感じるものをたべる時――ポトリーグはそのごちそう以外の、すべてのことを忘れ去ることができた。つまり、誰にも何にも邪魔されることのない完全無欠たる幸せに、浸ることができる。
「俺、ほんッッと幸せ。まじでありがとう、おばちゃん。るるっち、うずっち」
『おお、顔があかくなったど』
『よかったねぇ。うず雄にるる波や、ポトリーグを群れに返してやるまで。海のおいしいものをとってきて、この子にたんと食べさしておやりよ』
『そうね、大おばちゃん! 火を通すなんて、わたし達と食べ方はまるきり違うけれど。こんなに喜んでたべる子なんですもの、はりきっておさかなをとったげるわ』
黒い瞳を輝かせて、るる波は嬉しそうだった。
大おば老あざらしも、うず雄もるる波も。まるい瞳をわずかに横向きたわませて、口角とひげをもぐっと上にあげている……。
これがひげあざらしの笑い方なのだ、とポトリーグは理解して、自分でもわらう。
・ ・ ・
とれたて海鮮鍋を食べ終えた時、ポトリーグは文字通りはち切れそうになっていた。汁もたくさん飲んだし、大満足である。
日がかげってきたな、とポトリーグがぼんやり西を見ると、そちら側が異様に暗い。
『さあ、嵐が来る……。皆、寝じたくをしようかね』
お腹いっぱい、けだるくすぐにでも寝てしまえそうなポトリーグだったが。足の速そうな嵐の暗雲をみて、ちょっとだけ不安になった。
「皆は、海ん中に入るのか?」
『たいていは岩棚にへばりついて、こもるんだよ。けど今夜は、ポトリーグと一緒にいようかね』
少し先にある大岩の陰に寄れ、と言われてポトリーグはそこへ小舟を移動させる。たしかにここの方が、風を防ぐのに具合がよさそうだった。
『また、殻をかぶって寝るのん? ポトリーグ』
「そうだ、うずっち。俺ら人間は、雨や水ん中で寝られるようにできてねえから」
『そうよな。厚いおにくを着てないのんだから』
乾いた海藻を集めたところで、ぽつぽつっっ……と雨粒が降りかかり始める。
ご・うー!!
何やらすさまじいような、風のうなり声もとどろく。
引っくり返した小舟の内側にポトリーグがおさまると、あざらし三頭はそのふちに、うねうね寄ってきた。
『じゃあおやすみ、ポトリーグ。わたし達がここにいるからね、危ないものは何も来ないよ』
『明日は、夜明けに起こしてあげるからね!』
「うん。おやすみ、皆」
うず雄のひげを握ってから、ポトリーグはつっかい棒の櫂を下ろして、小舟天幕の内側にこもった。
たたた、たた……!
天井となった舟底を叩く雨音は、だいぶ激しいらしい。けれどその雨と嵐とは、どこか遠い気がする。
舟の脇に、びったりくっついて横になっているうず雄たちの厚い身体が、ポトリーグと舟とを守ってくれているのだ。
安堵につつまれて、ポトリーグは狭い暗闇の中、あたたかい眠りに落ちていった。




