13. フレッシュ海鮮なべの予感
こうしてるる波とうず雄のあざらし姉弟が、ポトリーグとともに≪氷の海≫をめざすと決まった。
ポトリーグは内心で、ものすごく心強いなと思っている。
『ようし。……それじゃあ皆、さっそくしたくしなさい!』
「おう、おばちゃん。何をどう仕度すんだ? 俺はこのまんま、南に向かっても大丈夫だぞ!」
『あら、だめですよポトリーグや。じきに嵐が来るんだもの、小さいのだけどね』
「えっ」
老あざらしに言われて、ポトリーグは西から東へと頭を回して見た。少し雲がたなびき出してはいたが、雨が降るような気配はない。
しとしと雨の多い故郷にて、空もようの読み方は学んでいたはずだったが。
「そうなのかー?」
『ポトリーグは人間だから、感じ方が違うんじゃない? わたし達はだいたい、半日くらい先までのお天気をよみとることができるのよ。海が荒れるようなのは、特にね』
「へえーっ!」
るる波の言葉に、ポトリーグは感心した。
『今ここを出たら、次の島へ着く前に、荒波にこっぴどくやられますよ。たくさん食べて早く寝て、あす夜明け前に海へ出なさい』
そう言った老あざらしの口調は、それこそ亡くなった大おば同様に有無を言わせないものだったから、これはまじでやばいらしいとポトリーグは素直に従うことにした。
いまだ操作のおぼつかない小舟で、嵐にもまれるなんてごめんである。
あざらし三頭は、食べものを探しに海へ戻ってゆく。ポトリーグも砂浜に小舟を置いて、水を探しに行くことにした。
ぺたぺた、てくてく……。
砂浜を越えて、灌木の茂る方へとポトリーグは歩いてゆく。
青紫の浜ひいらぎが丸い花をぽんぽん咲かせているところは、故郷の海岸沿いと変わらない風景だ。やがて、もさもさとした樫の古木の間に出る。
何となくざわついた気配を感じて、ポトリーグは樹々の梢を見上げた……。
ぱさぱさッ、と鳥の羽ばたきらしいのが聞こえるが、姿は見えない。
「水はどっかに、ねえかなーっと」
何気なく声に出して、ポトリーグはつぶやいた。
『……その大岩の裏に、泉があるよ……』
独り言に返事をもらって、ポトリーグは内心どきどきぃっとたじろいだ。男性とも女性ともつかない、低い声だ。
『泉のそばにはちょっとばかし、黒すぐりが残っているから。探してごらん……』
「……どうも、ありがとう。あんたに聖母さまの祝福を」
姿は見えなかったし、人間がいたとは思えない。
うず雄の大おばのように気のよい老あざらしが、やぶの裏にいたと言うことにしよう。そうしよう。
なんとなく怖いものには鍋ぶた、ポトリーグは振り返らずにしゃかしゃか歩いて行って、岩の陰に泉を見つける。
そばの茂みには本当に、名残の黒すぐりがなっていた。
「ふんめーッッ」
口いっぱいに甘酸っぱい粒々を含んで、ポトリーグはうなる。
鍋と皮ぶくろに水を汲み、修道衣のあいているかくしに黒すぐりを入れて、ポトリーグは浜に戻った。
集めた小枝の焚き付けと海藻を燃やし、水を煮立たせていると、じゃぶじゃぶ水音がしてあざらし達が出現する。
うねうねうね、と下半身をいもむしのように波打たせ、一番最初にポトリーグのそばにやってきたのはるる波だ。
かぱっ、とあごひげ下のお口から、放したのは青みがかったえび。
「ぎゃっ、すんげえ何これ!? るるっち!」
『ふふふ。≪ほまれえび≫って言う、深いところにいるえびよ。すごくおいしいから食べなさい、ポトリーグ』
「げえええ、いいのかよお!? るるっちは食わねえのかッ」
『わたしは海の中で、四つ五つもたべたわ。これはあなた用にとったの。ポトリーグって何をたべるのか、わからなかったけど……』
びたびたびた……。その時、後ろにやって来たのはうず雄と大おばである。
こちらもポトリーグの前で、くわえてきたものを放した。
大おばは巨大な二枚貝を置き、うず雄の持ってきた小ぶりの魚は、砂の上でぴちぴちと跳ねる!
「きゃーっっっ、聖ヤコブ貝に黒たらぁーっっっ」
『これたべる? ポトリーグ』
「食う、たべる、喰わしていただきまーっす。ああ皆に、聖母さまの祝福をぅー」
煮立った湯の中に、ポトリーグはまず、ぶつ切り黒たらの身を入れた。
「えびかー! こんな青いの見たことねえし、厨房で扱ったこともないんだよなー。でもまあ、茹でりゃいけるだろうッ」
かさばるえびの身を、ポトリーグは適当ぶっちぎって、たらの上に置く。
それから大きなほたて貝。これは修道院のお食事に出たことがあった。こじ開け方は知っている。
殻のあいだに小刀を差し入れて、くるッ……。
ばきん、と最後は力まかせに二枚の貝殻を引きはがし、大きな貝柱部分を刃先ですくい切る。黒い管々だけを取り除いてから、ポトリーグは鍋の中に貝の身を入れた。
「うひひひひ、すてきな匂いがしてきやがったぁー」
にやついたポトリーグが木匙で鍋をかき回している傍ら、あざらし三頭はずどんとした身を横たえている。鍋を煮るポトリーグを、もの珍しげに眺めているのだった。
煮ている間に、ポトリーグは黒すぐりの実のことを思い出す。
かくしから取り出して、あざらし達のお口に入れてみた。
『きゃあ、すっぱーい! なに、これえーっっ』
『うん……ポトリーグ、自分にはこれ……むりぃ。ぶふふふふ』
『人間はこういうのも食べられるんかね。すごい種族だ、あははは』
評価はさんざんであったが、三頭はとにかく面白がっていた。陸の内側に育つものを食べる習慣は、ほとんどないのだと言う。
「けど、よう。この黒すぐりのことを、泉のそばで教えてくれたひとがいるんだぜ。話し声しか聞かんかったけど、あれってあざらしじゃねえのかな?」
『えっ……? それはないわよ、ポトリーグ。あの林の向こうって……。わたし達、そこまで内陸には踏み込まないわ』
『それに、ふつうあざらしの食べないものをすすめるのんって……。おかしくない?』
しーん……ふつふつふつ……。
お鍋の中身の煮立つ音だけが、その場に流れる。




