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鍋聖人ポトリーグの異界イムラヴァ航海譚  作者: 門戸
第二踏 ≪ひげあざらし島≫
12/54

12. あざらし姉弟の決意

「いやー。神さまから名指しで伝道指令ってー、そらねえな! 俺の場合は、どうにも皆からはぐれちまった、ってだけだ。来いってじかに言われたおぼえも、全然ねえし」



 るるとんとうずのあざらし姉弟、その大おばは、そろって丸い頭をかしげている。



「それに修道院に来たばっかしの俺に、そういう伝道の辞令がまわってくるっつうのも、変な話だろー? ブレンダン修道院長が神さまから聞いて、修道士の兄さん達に院長が言って、兄さんのどれかが俺にそう命令するんなら、わかるんだけどよう~」



 ……六世紀当時のヒベルニアにおける修道院制は、ケルトの家長制を色濃く受け継いだ大家族的組織であった。神の何たるかを学ぶ前だったポトリーグが、そんな風に考えてしまうのも無理はないのである。ゆるしてやって欲しい。


 不可解に首をかしげるポトリーグの周りで、うず雄とるる波、大おばも頭をひねっていた。少年の言っていることの意味が、さっぱりわからない……。しかしるる波が、お姉さんらしくまとめる。



『でも、そうよね。この場合ポトリーグはいちど群れに戻って、かしらとしっかり話をすべきよ。その上で群れから出されるのなら仕方ないけど、向こうはあなたを探し回ったり、待っていてくれるかもしれないんでしょう? やっぱりポトリーグは、元いたところへ帰らなくっちゃ』


『そうそう。ポトリーグはまだ、おとなでないのんだし』



 うず雄も、姉に同調してひげを揺らす。



「だよなあ、るるっちにうずっち。やっぱり俺は、どうでも南に向かうっきゃねえ! 蛇どもの群れを見つけたら、すかさずやつらの後を追うんだ」



 うなづくポトリーグを、老あざらしは黙って見ている。やがて豊かなひげを揺らして、こう言った。



『そうだね、ポトリーグや。あんたがそう決めるのなら、誰もそれを阻みはしない。けれどひとりで行くのは大変だし、心細かろう? どれ、わたしが若衆に話をしてやろう。いかついお兄ちゃんをふたり程、≪氷の海≫へのつきそい護衛にたのもうかね』


『あ……ええっと、……おばちゃん。自分がね、……≪氷の海≫まで、ポトリーグと一緒に行くつもりでいるのんだけど』


『えっ』


『えええっ、うずちゃんが!?』


「おう、つきあってくれるんか~。うずっち!」



 ポトリーグは朗らかに相槌を打ったが、老あざらしと姉あざらしは、慌てた様子である。



『ちょっと、うずちゃん! この辺の海とは、勝手が違うのよ? 誰も知らない海域なんだし、蛇の他にも怖いものが出るかもしれないわ!』


『うん……。けど自分、水の中なら逃げるのけっこう速いし。蛇が来てもポトリーグが追っ払ってくれるから、そこまで危なくないと思うのん。それに……』



 うず雄は、やや胸を張るようにして見せた。



『寒いのが平気だから』


『ああ……そうだったねぇ。あんたのおにく膜は、一族でもぴかいちの厚さだったっけ』


『だから皆の中でも、一番長く深いところにもぐっていられるんだわ!』



 ポトリーグは改めて、隣のうず雄をじっと見つめた。


 全然意識してなかったが、確かにうず雄は……ぷよッとしている。


 るる波と比べた限りでは、男の子だからひと回りでっかいのだろう、としか思わなかったのだが。先ほど波打ち際に来た、兄貴あざらし三頭組の姿を思い出してみる。かれらは、引き締まっていた……。対してうず雄は、何と言うかこう、幅ひろ・・・である。人間で言うところの、おでぶちゃんなのであろうか。



『うず雄がそんな風に言うなんて、おばちゃんは嬉しいし応援したいさ。でも、やっぱり心配だねぇ。……』



 よどみがちに言った大おばの横で、るるとんがきっと顔を上げた。



『よしッ、わたしも一緒に行くわ! せっかくうずちゃんがやる気になっているんだもの。影ながら支えて、男の子ふたりの行く末をしっかり見届けようじゃないの。……どう、うずちゃん? ポトリーグ!』


「おう、いいんじゃね?」



 ポトリーグは、ごく気楽に答えた。修道院に入ったからには、女の子と仲良くしちゃいけません、と言われてはいたが。人間じゃないのだから、べつに構わないであろう。


 ちゃきちゃきしたるる波は、いかにもしっかりしたお姉さんと思えたし、見知らぬ海でも頼りになりそうだ。



『るるちゃん……』



 しかしうず雄は、もぐもぐと言葉に詰まっている。



『うずちゃんが嫌だというなら、もちろんやめるわ。でもわたし、ここに残ってあなた達を想う心配で、はりさけそうになるのがいやなのよ。うずちゃんがしっかり行って帰ってくる! ってこと、邪魔はしないでただ見届けたいの。だめ?』


『うん。……一緒にきて、るるちゃん』



 うつむきながら、うず雄は小さく言った。


 照れているようにも、喜んでいるのをあごひげ裏にかくしているようにも、ポトリーグにはどっちとも見えた。


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