12. あざらし姉弟の決意
「いやー。神さまから名指しで伝道指令ってー、そらねえな! 俺の場合は、どうにも皆からはぐれちまった、ってだけだ。来いって直に言われたおぼえも、全然ねえし」
るる波とうず雄のあざらし姉弟、その大おばは、そろって丸い頭をかしげている。
「それに修道院に来たばっかしの俺に、そういう伝道の辞令がまわってくるっつうのも、変な話だろー? ブレンダン修道院長が神さまから聞いて、修道士の兄さん達に院長が言って、兄さんのどれかが俺にそう命令するんなら、わかるんだけどよう~」
……六世紀当時のヒベルニアにおける修道院制は、ケルトの家長制を色濃く受け継いだ大家族的組織であった。神の何たるかを学ぶ前だったポトリーグが、そんな風に考えてしまうのも無理はないのである。ゆるしてやって欲しい。
不可解に首をかしげるポトリーグの周りで、うず雄とるる波、大おばも頭をひねっていた。少年の言っていることの意味が、さっぱりわからない……。しかしるる波が、お姉さんらしくまとめる。
『でも、そうよね。この場合ポトリーグはいちど群れに戻って、頭としっかり話をすべきよ。その上で群れから出されるのなら仕方ないけど、向こうはあなたを探し回ったり、待っていてくれるかもしれないんでしょう? やっぱりポトリーグは、元いたところへ帰らなくっちゃ』
『そうそう。ポトリーグはまだ、おとなでないのんだし』
うず雄も、姉に同調してひげを揺らす。
「だよなあ、るるっちにうずっち。やっぱり俺は、どうでも南に向かうっきゃねえ! 蛇どもの群れを見つけたら、すかさずやつらの後を追うんだ」
うなづくポトリーグを、老あざらしは黙って見ている。やがて豊かなひげを揺らして、こう言った。
『そうだね、ポトリーグや。あんたがそう決めるのなら、誰もそれを阻みはしない。けれどひとりで行くのは大変だし、心細かろう? どれ、わたしが若衆に話をしてやろう。いかついお兄ちゃんをふたり程、≪氷の海≫へのつきそい護衛にたのもうかね』
『あ……ええっと、……おばちゃん。自分がね、……≪氷の海≫まで、ポトリーグと一緒に行くつもりでいるのんだけど』
『えっ』
『えええっ、うずちゃんが!?』
「おう、つきあってくれるんか~。うずっち!」
ポトリーグは朗らかに相槌を打ったが、老あざらしと姉あざらしは、慌てた様子である。
『ちょっと、うずちゃん! この辺の海とは、勝手が違うのよ? 誰も知らない海域なんだし、蛇の他にも怖いものが出るかもしれないわ!』
『うん……。けど自分、水の中なら逃げるのけっこう速いし。蛇が来てもポトリーグが追っ払ってくれるから、そこまで危なくないと思うのん。それに……』
うず雄は、やや胸を張るようにして見せた。
『寒いのが平気だから』
『ああ……そうだったねぇ。あんたのおにく膜は、一族でもぴかいちの厚さだったっけ』
『だから皆の中でも、一番長く深いところにもぐっていられるんだわ!』
ポトリーグは改めて、隣のうず雄をじっと見つめた。
全然意識してなかったが、確かにうず雄は……ぷよッとしている。
るる波と比べた限りでは、男の子だからひと回りでっかいのだろう、としか思わなかったのだが。先ほど波打ち際に来た、兄貴あざらし三頭組の姿を思い出してみる。かれらは、引き締まっていた……。対してうず雄は、何と言うかこう、幅ひろである。人間で言うところの、おでぶちゃんなのであろうか。
『うず雄がそんな風に言うなんて、おばちゃんは嬉しいし応援したいさ。でも、やっぱり心配だねぇ。……』
よどみがちに言った大おばの横で、るる波がきっと顔を上げた。
『よしッ、わたしも一緒に行くわ! せっかくうずちゃんがやる気になっているんだもの。影ながら支えて、男の子ふたりの行く末をしっかり見届けようじゃないの。……どう、うずちゃん? ポトリーグ!』
「おう、いいんじゃね?」
ポトリーグは、ごく気楽に答えた。修道院に入ったからには、女の子と仲良くしちゃいけません、と言われてはいたが。人間じゃないのだから、べつに構わないであろう。
ちゃきちゃきしたるる波は、いかにもしっかりしたお姉さんと思えたし、見知らぬ海でも頼りになりそうだ。
『るるちゃん……』
しかしうず雄は、もぐもぐと言葉に詰まっている。
『うずちゃんが嫌だというなら、もちろんやめるわ。でもわたし、ここに残ってあなた達を想う心配で、はりさけそうになるのがいやなのよ。うずちゃんがしっかり行って帰ってくる! ってこと、邪魔はしないでただ見届けたいの。だめ?』
『うん。……一緒にきて、るるちゃん』
うつむきながら、うず雄は小さく言った。
照れているようにも、喜んでいるのをあごひげ裏にかくしているようにも、ポトリーグにはどっちとも見えた。




