表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
世界一の大富豪が私たちの味方です!  作者: Project_FLORIA
【幕間②】

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
49/60

【幕間②】アンナ・如月

***


アンナ・如月。


KFG会長K付き第一秘書。KFG最年少上級役員。

7ヶ国語をネイティブレベルで操る語学力。

睡眠時間3〜4時間。プライベートゼロ。

世界の王の隣に立つことを許された、唯一の人間。


***


アンナは、アメリカで生まれた。


父は日系アメリカ人の外交官、母はフランス系カナダ人の言語学者。


家庭内では英語、フランス語、日本語が日常的に飛び交い、アンナは物心がつく前から、言語の境界線というものを知らずに育った。


幼少期から、異常だった。


5歳で大人向けの新聞を読み、8歳で大学レベルの数学を独学し、10歳の時点で「この子にはもう教えることがない」と家庭教師が匙を投げた。


しかしアンナ自身は、周りが遅いだけだと思っていた。


その認識は、大学に入っても変わらなかった。


***


ハーバード大学。


アンナは、経済学と言語学のダブルメジャーで入学した。


通常4年かかるカリキュラムを——3年で、終えた。

飛び級だった。


成績は、全科目で最高評価。教授陣の間では「10年に一人の頭脳」と囁かれていた。


しかし、アンナにとって学部の3年間は退屈だった。


講義の内容は、教科書を一度読めば理解できた。


ディスカッションでは、教授よりも先に結論に辿り着いてしまい、議論が成立しなかった。


周囲の学生たちも優秀だったが、アンナの思考の速度には、誰もついてこられなかった。


(私より頭の良い人間はいないのだろうか)


その問いが、学部時代のアンナの唯一の悩みだった。


贅沢な悩みだった。


しかし、天才にとっての「退屈」は——凡人にとっての「苦痛」と同義だ。


自分の全力を出せる相手がいない。


全力を出す場所がない。


その空虚さが——アンナの胸の底に、静かに沈殿していた。


***


学部卒業後、アンナはハーバード大学院のジョイント・ディグリー・プログラムに進んだ。


JD(法務博士)とMBA(経営学修士)の同時取得。


ハーバード・ロースクールとハーバード・ビジネススクールの、最難関の合同課程だ。


通常、それぞれを単独で取得するだけでも、アメリカのエリート層の頂点に位置する学位だ。


それを同時に取る。

このプログラムを修了する人間は、アメリカ全体でも、毎年ほんの一握りしかいない。


法律の最高学位と、経営の最高学位。


この二つを同時に持つということは、世界のどんな契約書も読み解け、どんなM&Aの戦略も設計でき、どんな国の法制度の隙間も見抜ける、ということを意味する。


アンナは4年間のプログラムを、4年で終えた。

さすがに飛び級はしなかった。


しかし、それは「難しかったから」ではなく、「この4年間で、できる限り多くの知識武装をするため」だった。


JDの課程では、法廷弁論のシミュレーションで、教授陣を相手に無敗の記録を打ち立てた。


MBAの課程では、ケーススタディの分析で、教授が用意した「模範解答」よりも優れた解答を提出し、模範解答そのものが書き換えられたことが、二度あった。


大学院を修了した時——アンナは25歳だった。


法務博士。経営学修士。7ヶ国語話者。ハーバード史上最も優秀な学生の一人。


世界中のあらゆる法律事務所、投資銀行、コンサルティングファームがアンナを欲しがった。


しかし——アンナが選んだのは、それらのどれでもなかった。


***


大学院の2年目だった。


ある夜、アンナは、金融工学の最新論文を読み漁っていた。

いつもの習慣だった。


世界中の学術誌、業界紙、研究機関のレポート。

アンナは、自分の知識を常に最前線に置いておくために、膨大な量の文献を毎日読み続けていた。


その中に一本の論文があった。

タイトルは覚えていない。


しかし、中身は忘れられなかった。


それは、現在の世界の市場ルールを根本から解体し、再構築するような理論だった。


既存の経済学の常識を、土台から覆す。

中央銀行の役割。通貨の本質。国債の構造。為替の力学。


それら全てを、一つの統一理論の中に組み込み、新しい秩序として提示していた。

悪魔的だった。

美しく、恐ろしく、そして——完璧だった。


アンナは、その論文を読みながら自分の手が震えていることに気づいた。


(……これを書いた人は、何者だ)


著者名を確認した。

高名な教授ではなかった。

著名な実務家でもなかった。


KFGグループの会長。

すでに世界的大企業へとKFGを急成長させ、世界の市場を文字通り「荒らしまくっている」若き暴君。


経済メディアが「資本主義の怪物」と呼び、各国の中央銀行が警戒し、ウォール街の古参たちが名前を聞くだけで顔をしかめる存在。


アンナも、その男の名前をもちろん知っていた。


しかし、論文を読むまでは「若くて優秀な経営者」の一人としか、認識していなかった。


論文を読んだ後は違った。


(……化け物)


アンナの人生で、初めてだった。


自分の頭脳をフル稼働させても——さらに先に、この男は立っている。


そして、それすら凡人には理解できないだろう。


(この人を正しく評価できる人がどれだけいるか……)


恐怖ではなかった。

嫉妬でもなかった。

歓喜だった。


天才ゆえの歓喜。

自分より上がいた。


自分が全力を出しても追いつけない存在が、この世に存在していた。


退屈が——終わる。


その欲望がアンナの進路を決定し、そのときが来るまであらゆる知識を身に着けた。


***


大学院修了後、アンナはKFGに入社した。


世界中の一流企業からのオファーを全て断り、KFGの門を叩いた。


KFGは当時すでに世界屈指の就職難易度だったが、アンナにとって合格は簡単なものだった。


配属先は、グローバルM&A統括部。


KFGが世界中で仕掛ける買収・合併案件の、最前線を担う部署だった。

花形中の花形。


しかし、ハーバードのJD/MBAホルダーであるアンナにとっても、学問と実務は、違う。


論文で読んだ理論と、実際の交渉テーブルで起きることは、全く別の世界だった。


アンナは、入社初日から全力で走った。

朝5時に出社し、深夜1時に退社する。

睡眠は3時間。


それでも足りなかった。

学ぶべきことは、山のようにあった。


KFGの内部構造。各国の法制度の実務的な運用。交渉の駆け引き。政治との接点。裏社会との距離感。


それら全てを、アンナはスポンジのように吸収していった。


1年目が終わる頃には、KFGでの百戦錬磨の上司が「こいつには、もう教えることがない」と言い始めた。

幼少期の家庭教師と、同じ言葉だった。


2年目には多くの案件を担当し、その全てを成功させ、同期の誰よりも早く役職が付いた。

部長クラス、役員クラスにも名前が知られ始める。


3年目の冬——アンナの人生を決定づける出来事が起きた。


***


スイス、ダボス。

世界経済フォーラムの年次総会。


世界の政治・経済・金融のトップが一堂に会する、年に一度の最高峰の国際会議。


KFGは毎年、この会議に大規模な代表団を送り込んでいた。


K本人も出席する。


アンナは、その年の代表団の末端として同行していた。


入社3年目の28歳。

本来なら到底会議室には入れない。


しかしあまりの優秀さゆえ、その直属の上司が経験させたいという意向から、書類持ち、資料の整理、議事録の補助として同席させた。


アンナにとっては、初めてKと同じ場に立つ機会となった。


そして、その日、KFGが水面下で進めていた、欧州の巨大財閥の敵対的買収の、最終交渉が行われた。


アンナは会議室の隅で、書類を抱えて立っていた。


***


交渉は、最初KFGの圧倒的な優勢で進んでいた。


Kが提示した条件は、相手に拒否する余地をほとんど残していなかった。


しかし、調印の直前、事態が動いた。


窮地に立たされた欧州財閥側が、最後の切り札を切ったのだ。


フランス法、スイス法、EU法を複雑に絡めた「毒薬条項ポイズンピル」。


買収を成立させた瞬間に、法的なトラップが作動し、KFGが巨額の損害を被るように設計された、極めて精緻な法的罠だった。


しかも相手は、意図的に言語を切り替えてきた。


英語ではなく、早口のフランス語とドイツ語を交えて、極めて専門的な法務・財務の用語で畳み掛けてきた。


KFGの弁護士団は混乱した。


英語ならば対応できる。

しかし、フランス法の条文をフランス語で引用され、ドイツ語で財務の反論を畳み掛けられると、通訳を挟む時間的ロスが致命的になる。


専属通訳も法務と財務の専門用語が多言語で飛び交う状況に、処理能力の限界を超えていた。


「会長、一度持ち帰りましょう」


KFGの首席弁護士が、青ざめた顔で、Kに進言した。


「このままサインするのは危険です。罠の全容を解析するのに、最低でも数日は——」


持ち帰る。

それは——KFGが交渉テーブルで後退することを意味していた。


相手の財閥側の弁護士たちが——勝利を確信した笑みを、浮かべ始めていた。


しかしKが口を開こうとした、その瞬間だった。


***


部屋の隅から、一人の女が動いた。


長い黒髪。鋭い目。書類を抱えた、末端のアナリスト。


アンナが——Kの隣に進み出た。


会議室の全員が一瞬、この無名の若い女に視線を向けた。


しかし、誰も止めなかった。


止める間もなく、アンナは動き始めていた。


まず相手の首席弁護士に向かって、フランス語で話し始めた。

流暢な、パリのアクセントのフランス語。


「先ほどご提示された条項の第7条第3項ですが、フランス民法典のL.1224条との整合性に、重大な矛盾がございます」


相手の弁護士が目を見開いた。


末端のアナリストが、フランス法の条文番号を、そらんじている。


アンナは相手の法的矛盾を、一つずつフランス語で、論理的に容赦なく解体していった。


次に、ドイツ語に切り替えた。


相手の財務責任者に向かって。


「先ほどの財務モデルのバリュエーションですが、DCF法の割引率の設定に恣意的な操作が含まれています。具体的には——」


ドイツ語で、財務の嘘を暴いた。


数字の矛盾を一つずつ指摘していく。


相手の財務責任者の顔から、血の気が引いていくのが見えた。


そして——アンナは、英語に戻った。


Kの方を向いて。


「会長。相手の毒薬条項を逆手に取れます。この条項の構造を反転させれば、買収額をさらに20%叩き落とすカウンター条項を設計できます」


アンナは、テーブルの上のボールペンを一本手に取った。


そして、契約書の余白にカウンター条項を書き始めた。


法的な文言と財務的な計算式を、同時に。


KFGの弁護士団が数日がかりで読み解くレベルの法的・財務的解決策を、その場で、ボールペン1本で書き殴っていった。


会議室は、静まり返っていた。


KFGの弁護士団も。相手の弁護士団も。通訳も。全員がアンナの手元を、凝視していた。


書き終えたアンナは、その契約書をKに差し出した。


***


Kはアンナの顔を見た。


Kは驚いてはいなかった。

ただ——面白そうに、口角を上げた。


「悪くない」


日本語だった。

アンナは、自分が日本語を話せることを知っているのか、いや知るはずはないと瞬時に思った。


Kはアンナが書いたカウンター条項に、一度だけ目を通した。

数秒。


それだけで、Kはアンナの提案の全てを理解した。


そして、そのまま容赦なく、相手を叩き潰した。


アンナが書き直した条件で、ディールは成立した。


買収額は、当初の提示額より20%低い金額で確定した。


欧州の巨大財閥は、最後の切り札を切ったにもかかわらず、逆に傷口を広げる結果となってしまった。


***


会議室を出る時。


Kは足を止め振り返った。


アンナの方を見た。


アンナの横に立っていた上級役員の方にも、視線を向けた。


上級役員は、直立不動でKの言葉を待っていた。


「アンナといったか」


「はい」


「お前は明日から俺の秘書だ」


KFGの一団に緊張感が走る。


「秘書室のリーダー。そして本社の上級役員に、明日任命する」


入社3年目。

28歳。

末端のアナリストから——KFG本社上級役員へ。

王のたった一言で。


他の一般役員が声を絞り出した。


「か、会長……彼女はまだ入社3年目でして——」


「聞こえなかったか」


Kの声が、低く静かに響いた。


それ以上の言葉は必要なかった。


***


その日から——アンナは、Kの隣に立った。


圧倒的な最年少の上級役員。

会長付き第一秘書。

秘書室のリーダー。

その人事は、KFG社内に衝撃を与えた。


入社3年目の若手が、いきなり上級役員に任命される。


しかも秘書室のリーダーとして、Kの最も近くに配置される。


嫉妬もあった。疑問もあった。反発もあった。


しかし、誰もKの決定に異を唱えることはできない。


そして、アンナが実際に秘書として動き始めると、全ての疑問は消えた。


***


その後、2年間Kはずっとアンナを連れ回して世界を蹂躙した。


アンナが望めばKFGの副会長にも、グループ内の巨大企業のCEOにもなれる。

あるいは、独立して自分の帝国を築くことも不可能ではない。


しかし、アンナは今も秘書であることを選んでいる。


純粋な知的好奇心。観測者としての渇望。

自分の頭脳を100%フル稼働させても、まだ先を行く存在。


その存在の隣で、その思考のプロセスを、最も近い距離で観察し続けること。

それがアンナにとっての、最高の「仕事」だった。


しかし——FLORIAが現れてから、アンナの「観測」は、新しい次元に入った。


アンナが「秘書の範疇」と認識している仕事からは、明らかに逸脱している。


しかし、Kの頭脳が世界を動かし続けるためには、Kの精神が安定していなければならない。


つまり——FLORIAの件は、世界経済の安定運用の一部なのだ。

そう、自分に言い聞かせていた。


それが本当にそうなのか、それとも、アンナ自身がKと4人の関係性に情が移り始めているのか。


その答えは、アンナ自身にもまだ分からなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ