【幕間②】秘密の恋文
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音楽番組の収録を終えた、ある日の楽屋。
本番の緊張感から解放された室内は、メンバーたちの穏やかに弛緩した空気に満たされていた。
しかしその中で一人、末っ子のミジュだけがテーブルに向かい、小さな背中を丸めて何かに熱中している。
その手には、可愛らしいウサギのキャラクターの便箋とピンク色のペンが握られていた。
「なーにしてるの、ミジュ?」
ソファでスマートフォンをいじっていたサラがその珍しい光景に気づき、興味津々に声をかけた。
ミジュはサラの声にびくりと肩を揺らすと、慌てて書きかけの便箋を両手で隠す。
「な、なんでもないです!」
「えー、怪しいー。見せてみ?」
サラがからかうように背後から覗き込むと、ミジュは観念したのか恥ずかしそうに、しかしどこか誇らしげにその便箋を少しだけ見せた。
そこにはまだ拙いながらも、一文字一文字、丁寧に綴られた言葉が並んでいた。
『大好きなKさんへ』
「手紙? Kさんに!?」
サラの驚いた声に、ミジュは頬をぽっと赤らめながらこくりと頷いた。
「もちろん会ったときにたくさん話せたら一番良いんですけど、Kさんは忙しいですし。でもいつも私たちのこと見てくれてるって思うと……ちゃんと定期的にお礼と、その……気持ちを伝えたくて」
「へぇー。でもこれ、どうやって渡すの? 事務所経由で?」
ミジュは少しだけ言い淀んでから、もじもじと答えた。
「……はい、美咲さんにお願いしてて、アンナさんへ送ってもらうんです。……実は、ロイヤル・ソレイユのときから、たまに送ってもらってて……」
「えっ!? ちょっとミジュ、それ抜け駆け!? ずるい!!」
「そ、そんなんじゃないですよ! ちゃんと中身も美咲さんに確認してもらってから……」
そう言ってはにかむミジュの姿は、初めて恋文を書く純粋な少女そのものだった。
そのあまりにも健気で、しかしちゃっかりしている末っ子の姿に、サラの心にぱっと火が灯った。
「そっか……手紙か! それ、めっちゃいいね!」
サラはソファから飛び起きると、自分のバッグを漁り始めた。
「私も書こーっと! 美咲さんにお願いしよ!いいよね? Kさん、喜んでくれるかな!?」
彼女はスケジュール帳の可愛い柄のメモページをびりっと破ると、近くにあったボールペンを手に取り、ミジュの隣に勢いよく座った。
「Kさん! いつもありがとうございます! 今ミジュと一緒に手紙を書いています。今度美味しいお肉が食べたいです!っと」
と口に出しながら、サラらしい元気な文字を走らせる。
その単純でエネルギーに満ちた行動力は、いかにもサラらしかった。
◇
それから数十分後。
別の雑誌のソロインタビューを終えたカエデとソユンが、楽屋に戻ってきた。
「ただいまー。お疲れ様」
「あれ、二人とも何してるの?」
ソユンが、テーブルに並んで熱心にペンを動かしている妹たちを見て不思議そうに尋ねる。
「あ、ソユン、カエデさん、お疲れ様! 今ね、Kさんに手紙書いてるの!」
サラが顔を上げ、屈託のない笑顔で答えた。
「Kさんに? 手紙を?」
カエデの眉が、ほんの少しだけピクリと動いた。
「ミジュったら、私たちに内緒でロイヤル・ソレイユのときから美咲さん経由でKさんに手紙送ってもらってたんだって! だから私も便乗して美咲さんに頼もうと思って!」
「ちょっと! なんでみんなに言うんですか!」
ミジュが慌ててウサギの便箋を胸の前に抱え込む。
「……え?」
カエデとソユンの動きが、完全に止まった。
「へえ、そうなんだ……。Kさんに……」
カエデはカバンを置きながら、努めて平坦な声で相槌を打つ。
「う、うん。お礼を伝えるのって大切だよね。二人とも偉いね……あはは」
ソユンもリーダーとして、微笑ましい妹たちの行動に穏やかな笑みを向けようと必死だったが、意識はすでにそこになかった。
その場の会話はそれで終わった。
カエデもソユンも特に興味を示した風でもなく、その話題がそれ以上広がることはなかった。
しかし。
その日の夜。
全ての仕事を終え、寮に戻ったカエデは、部屋に入るなり一直線に書斎へと向かった。
そして引き出しの奥から、大切にしまっていた高級ブランドの万年筆と、縁に金箔があしらわれた上質な和紙のレターセットを取り出した。
(抜け駆けなんてずるいわよ……しかも、ミジュはずっと前からだなんて……)
昼間の冷静なお姉さんの表情はそこにはない。
自分だってKへ想いを伝えたい。
その静かだが燃える想いに、カエデは突き動かされていた。
背筋を伸ばし、万年筆のペン先を静かに紙へと落とす。
一方、ソユンもまた自室のベッドの上で頭を抱えていた。
(待って待って、ミジュ何度も手紙を送っていたの……? 美咲さんもなんで私に教えてくれなかったの!)
完全に油断していた。
手紙というアナログな手段で、Kに想いを届けるルートがあったなんて。
リーダーとして、そしてKを誰よりも慕うと自負する者として、これ以上の出遅れは許されない。
(私の気持ちの方が、絶対に大きいんだから……!)
ソユンはクローゼットの奥からお気に入りのレターセットを大慌てで引っ張り出すと、机にかじりつくようにしてペンを握った。
その日から、ソユンの秘密の恋文作りが始まった。
どんな言葉で想いを伝えれば、Kは喜んでくれるだろう。
軽すぎず、重すぎず、でも自分の真っ直ぐな気持ちが伝わる言葉はどれだろう。
大慌てで書き始めたものの、真面目すぎるが故に、ソユンの筆はなかなか進まない。
書いては気に入らずに丸めて捨て、また新しい便箋に向かう。
いつしか彼女の部屋のゴミ箱には、Kに渡されることのないたくさんの「恋の残骸」が小さな山を築いていった。
次にKに会える、その日を夢見て。
ステージの上では完璧なパフォーマンスで世界を魅了する4人の女神たちは、それぞれの部屋で、あまりにも純粋な恋の表現を模索していた。




