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世界一の大富豪が私たちの味方です!  作者: Project_FLORIA
【パリの灯台編】

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【パリの灯台編】第8話

***


パリから帰国した翌日。


成田空港の到着ロビーにカエデが姿を現した瞬間だった。


「カエデちゃん!!」


ソユンが人目も憚らず駆け出した。


「ちょっ、ソユンさん、走らない……っ」


美咲の制止も届かない。

ソユンはカエデに向かってまっすぐに走り、その身体に両腕を回した。


「良かった……良かったよ……!」


ソユンの声はすでに震えていた。


「ソユン……ただいま」


カエデは少しだけ驚きながらも、ソユンの背中にそっと手を添えた。


「ミジュも、 来てくれたんだ」

「当たり前じゃないですか」


ミジュが小走りで近づいて、カエデの腕を掴んだ。


「心配したんですよ?パリで迷子って!」


「ごめんね」


「それよりKFGのビルに駆け込んだってほんとですか!? どうやって!?」


「落ち着きなよみんな」


サラがミジュの後ろから穏やかに声をかけながら、カエデの荷物を一つ持ってやった。


「カエデさん、お疲れ様。……でも心配したのは本当」


「ありがとう、サラ」


4人はしばらくそのまま固まって立っていた。


言葉より先に、温度が伝わっていた。


カエデは3人の温かさの中で、ふとパリで一人だった時間を思い出した。


あの知らない路地で、泣きながら歩いていた時間。


「みんながいたら」と思っていた時間。


(……やっぱり、みんながいないとだめだな)


カエデはそう思いながら、ソユンの背中を少しだけ強く抱き返した。


***


空港から帰る車の中、そして事務所に戻ってから、カエデは3人に丁寧に謝罪した。


「みんなにも心配させてしまってごめんなさい」


「カエデちゃん、謝らなくても……」


「ううん、聞いてくれる?」


カエデはソユンの言葉を優しく遮った。


「私、一人でできると思ってた。一人で海外の仕事をこなすくらい問題ないって」


「でも……全然できなかった。ドジでスマホを無くして、道もわからなくなって、言葉も通じなくて……パニックになって、泣いて」


カエデは苦笑いを浮かべた。


「いつも私がみんなを支える側で、みんなをまとめてる気でいたんだけど……」


「カエデさん……」


「私こそみんなに支えられてたんだと思う。4人で一緒にいる時は当たり前すぎて気づかなかった」


カエデの声は静かだった。


しかしその言葉の一つ一つに、パリで一人泣いていた夜が滲んでいた。


「他の事務所のアイドルの方たちにも迷惑をかけた。KFGの皆さんにも……本当に色んな人に心配と手間をかけてしまったの」


「……」


3人は黙って聞いていた。


「だから……ごめんなさい。そして……ありがとう。いつも隣にいてくれて」


沈黙が短く流れた。


最初に動いたのはソユンだった。


「カエデちゃん……!」


ソユンの目にはすでに涙が溜まっていた。


「私も……カエデちゃんがいなかったらダメなの。それは同じだから」


声が震えている。


「みんなで一緒だから、FLORIAなんだよ」


「……うん」


カエデも目元がかすかに赤くなった。


「なんで泣いてるんですかソユンちゃん、もう!」


「ミジュも泣きそう?」


「泣いてないです!」


「目、真っ赤だよ」


「うるさい!」


サラが笑いながら口を挟む。


そのやり取りが、4人の間にいつもの空気を取り戻した。


ソユンは涙を拭いながら笑い、カエデも表情を緩めた。


(……帰ってきた)


それぞれが心の中で同じことを思っていた。


***


その日の午後、休憩スペースで4人がのんびりしていると美咲がやってきた。


「皆さん、カエデさんがお戻りになられてすぐで申し訳ないんですが……少し、お話があって」


「はい」


カエデが促すと、美咲は少しだけ言葉を選ぶような間を置いてから口を開いた。


「K会長から……えっと、その」


「Kさんから!?」


ミジュが反射的に身を乗り出した。


「は、はい」


美咲は少し引きつりつつ続けた。


「皆さまの今後の安全のためにと……スケジュールと、その……GPSを持っていただくのはどうかとご提案がありまして」


部屋が一瞬、静かになった。


しかし。


「えーっ!」


沈黙は一瞬だった。


「Kさんが!? 私たちのこと見守りたいってこと!?」


ミジュがソファから完全に身を乗り出す。


「もちろん大丈夫です! 全然大丈夫です! むしろ嬉しいです!」


「うん、私も全然問題ない!」


サラも即座に頷く。


「私は……断れる立場ではないので」


カエデが少し照れくさそうに、しかしどこか嬉しそうに答えた。


「というか、今回のこともありましたし……Kさんが心配してくれているなら」


「やったー!」


ミジュがクッションを抱きしめて喜ぶ。


美咲はその反応を見ながら、内心で深く頷いていた。


(やっぱり)


アンナから電話を受けた時、内容を聞いた瞬間、美咲自身は「GPS……」と少し引いてしまった。


しかしアンナのような深刻な懸念は美咲にはなかった。


Kと初めて会ったあの夜からずっと同席してきた美咲には分かっていた。


この4人はKに関することであれば何の問題もなく了承する。


それどころか喜ぶ。


アンナもFLORIAのことをよく理解してくれているが、この4人の「Kへの心酔度」についてはまだ少し測りきれていないのかもしれないと美咲は思った。


「では、事務所の方に念のため伝えて」


美咲が言いかけた時。



「あの」



ソユンが静かに口を開いた。


「事務所には、言わなくてもいいんじゃないでしょうか」


「え?」


「これは私たちとKさんのことですから……事務所は関係ないですよね?」


ソユンの声は穏やかだった。


しかしその言葉の中に迷いは全くなかった。


美咲はソユンを見た。


リーダーの静かな目。


その目の中に、事務所への配慮や遠慮はもはや見当たらなかった。


Kに関することは自分たちとKの間の話。


事務所がどう判断するかはもう考慮に入っていない。


(……ここまで)


美咲はどうすべきかを一瞬で判断した。


「……一応、伝えておきますね。報告義務がありますので」


ただし、どうせ結果は変わらない。


Kの案件を事務所が止めることはできない。


それはもう全員が知っている。


「伝えるだけ伝えておきます」という形に、美咲はそっと落ち着けた。


***


数日後。


FLORIAの元へ一つの荷物が届いた。


KFGのロゴが入った無機質な黒い箱。


しかし箱を開けた4人は声を上げた。


「わ……」


中にはスマートフォンが4台並んでいた。


しかし普通のスマートフォンではない。


薄く、軽い。しかしその手触りは確かな質感を持っていた。


縦横のサイズは一般的なスマートフォンよりも一回り小さく、カバンの中のどこにでも収まる。


画面には既にセットアップが完了しており、起動すると二つの連絡先が登録されていた。


「K」と「アンナ」。


それだけだった。


他のアプリも余計な機能も何もない。


ただ緊急時にその二つへ繋がるための端末。


「これ、Kさんが……」


ミジュはその小さな端末を両手で包み込んだ。


「GPS、ついてるってこと……Kさんが私たちの場所を、ずっと見守ってくれてるってこと……?」


「そういうことだと思う」


カエデが静かに頷いた。


「………」


4人はしばらく無言だった。


その沈黙の中に色々な感情が混ざり合っていた。


Kに見守られているという安堵。


Kに思われているという喜び。


そして、このGPS端末の存在が、Kという男にとって「FLORIAが心配だ」という感情の物理的な証明であるという事実への胸の高鳴り。


「……なんか」


サラがふと呟いた。


「守られてる感じ、するね」


「うん……」


ソユンが端末をそっと胸に当てた。


パリで一人、知らない街を泣きながら歩いていたカエデのことを想像した。


あの時、もしこれがあったらすぐにKに繋げた。


あの時の恐怖がもう二度と起きないように、Kが用意してくれた。


「ありがとう……Kさん」


ソユンは誰に向けるでもなく、小さく呟いた。


「常に持ってないと!」


ミジュが端末を自分のポーチのいちばん安全な場所にそっとしまった。


カエデも、サラも。


4人はその小さな端末をまるでお守りのように大切にしまった。


片時も離さずに持ち運ぶつもりだった。


***


その頃。ニューヨーク、マンハッタン。

KFG本社ビル最上階、会長執務室。


Kはいつものように無数のモニターを前にしてデスクに座っていた。


世界の株式市場のリアルタイムデータ。

為替レートの動き。

各国の中央銀行の動向。

KFGが関与する案件の進捗。


それらを映す巨大なモニター群の中に、一つだけ異質なウィンドウがあった。


小さな日本地図。

4つの光る点。

東京のとある場所に集まって輝いている。


Kは書類に目を通しながら、ふとその地図に視線を流した。


4つの点は今日も同じ場所にある。


動いていない。


おそらく今は事務所の中にいるのだろう。


その動かない4つの点を、Kはほんの数秒見つめた。


そしてまた書類に目を戻した。


何事もなかったように。


しかし、口元にごく僅かな緩みが生まれていたことを、Kも気づいていなかった。


***


アンナはその光景を少し離れた場所から見ていた。


モニター群の端に常時表示されるようになった日本地図。


K本人は「万が一の緊急事態への対応」と説明していた。


もちろん、アンナもそれは理解している。


今回のカエデの件のような事態が再発した際、速やかに対応するための実用的な措置だ。


しかし。


(それにしても……随分と頻繁に確認されていますね)


アンナは今日だけで、Kがあの地図に視線を向けた回数を心の中でカウントしていた。


書類を読みながら、ちらりと。

電話を終えた直後、ふと。

アンナとの報告の合間に、さりげなく。


(……一体、今日だけで何回目ですか)


あの地図が映し出されている時間の中で、Kが純粋に「緊急事態への備え」として確認している割合はおそらく数パーセントに満たない。


残りの大部分は、ただあの4つの光点が今日も日本のどこかにあることを確認しているだけだ。


彼女たちが今日も安全でいる。


今日も同じ場所にいる。


それを確かめているだけだ。


「……」


アンナは何も言わなかった。


言う気力を失っていた。


失っていたというよりも、もはやこれがこの男の「仕事のBGM」の一つになってしまったことを受け入れていた。


FLORIAの楽曲を流し、ポスターを社内に貼り、食堂で曲を流させ、動画を保存し、そして今、常時彼女たちの居場所が分かるモニターを視界の端に置く。


段階的に、着実に、帝国の中心にFLORIAが根付いていっている。


(……この先、どこまで行くのだろう)


アンナはほんの少しだけその未来を想像してみた。


しかし、想像が追いつく前にKが声をかけてきた。


「アンナ」


「はい」


「今日のミラノの案件、先方から回答が来てるか」


「先ほど届きました。ご確認いただけますか」


「ああ」


Kは書類を受け取りながら、ふとまた地図に一瞬だけ視線を向けた。


4つの点はまだ同じ場所にある。


Kはまた何事もなかったように、書類に目を落とした。


アンナは深く、ゆっくりと、しかし音を立てずに息をついた。


世界の経済の歯車が、今日も静かに回り続けている。


その傍らで、日本のどこかで4人の少女たちが小さな端末を大切に握りしめている。


その4つの光点が、モニターの片隅で今夜も静かに瞬いている。


―――【パリの灯台編 完】

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