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世界一の大富豪が私たちの味方です!  作者: Project_FLORIA
【リ・フローラ編】

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【リ・フローラ編】第14話

美咲が送信した映像データは、光の速さで太平洋を横断し、KFGのセキュアサーバーを経由して、アンナのターミナルへと着信した。


しかし、アンナはその時、席にいなかった。


KFG本社ビルの中層階にある重役会議室。


そこでは、KFGグループの四半期戦略レビューが開催されていた。


本来であればKが出席すべき会議だが、彼がこの手のレビュー段階の会議に姿を見せることは極めて稀だ。


代わりに、アンナが、Kの代理として着席している。


会議室には、KFGの上級役員たちがずらりと並んでいた。


ウォール街の伝説的投資家、世界トップクラスの企業の元CEO、各国首相と直通で繋がる人脈の持ち主——。


この一室に集められた頭脳と経験の総量は、おそらく地球上の他のどの会議室よりも重い。


その猛者たちの中で、アンナは最年少の上級役員だった。


Kによって、一気に直下の地位にまで引き上げられた存在。


しかし、その席に座ることに、誰も異論を唱えなかった。


Kが選んだ人間に、疑義を挟む度胸のある者は、この帝国にはいない。


アンナは、会議の議論を聞きながら、手元のタブレットに届いた通知を確認した。


美咲からの映像データ。


(……来ましたか)


アンナは、表情を変えずに、即座に判断した。


会議を中座するわけにはいかない。


しかし、Kへの報告は、可能な限り早く行うべきだ。


彼女は、手元のメッセージアプリで、秘書フロアに待機している部下の一人に、短い指示を飛ばした。


『FLORIAの映像データ、会長宛に転送済。会長へ報告してください』




最上階、秘書フロア。


アンナからのメッセージを受け取ったのは、入社2年目の若い秘書だった。


彼女は、メッセージを読んだ瞬間、心臓の鼓動が一気に加速するのを感じた。


(……会長に、直接、報告……?)


普段、Kへの報告は、全てアンナを経由して行われる。


若い秘書たちがKの執務室へ単独で入ることは、滅多にない。


しかし、アンナからの直接の指示だ。


彼女は、深呼吸を一つして——重厚な執務室の扉の前に立った。


ノック。


「……失礼いたします」


扉を開け、一歩踏み入れる。


執務室の中は、いつもと同じ、張り詰めた静寂に満ちていた。


巨大なモニター群に囲まれたデスクの向こうに、Kが座っている。


(——っ)


不覚にも、頬が熱くなるのを感じた。


何度見ても——慣れない。


冷たいほどに整った横顔。


完璧に仕立てられたスーツ。


そして、空間そのものを支配するような、圧倒的な存在感。


この男が、世界の経済の王であるということ以前に、まず、一人の男性として、あまりにも——。


(だ、ダメダメ、仕事仕事……)


彼女は、緊張した面持ちで、報告を述べた。


「か、会長。FLORIAの皆様の動画が届いたとのことで、会長宛にお送りしております」


Kは——。


ちらっと彼女の方を見て、短く答えた。


「わかった」


それだけで、用件は済んだのだと理解した。


「それだけか?」


「は、はい!」


彼女はすぐに執務室から出ようとしたが、Kは早口で付け加えた。


「ちょっと待て。30分ほど、誰も入って来ないようにドアの前で監視しておけ」


「は、はい……」


「ただし」


Kは、一拍の間を置いた。


「ドアからは、離れて監視しろ」


「……え?」


彼女は、一瞬、その指示の意味を理解できなかった。


ドアの前で監視する。しかし、ドアからは離れる。


つまり——誰かが近づかないように遠くから見張れ、ということだ。


(……中の、音を聞くな、ということ……?)


深く考えないことにした。


考えたら、きっと、業務に支障をきたすような想像をしてしまう。


「か、かしこまりました……!」


彼女は、そそくさと執務室を出た。


そして、言われた通り、ドアから十分に距離を取った廊下の一角に、直立不動で立った。



執務室の中。


Kは、秘書が出ていったのを確認すると——。


ゆっくりと深呼吸した。


それから、タブレットを手に取った。


受信データの中に、美咲から転送された映像ファイルがあった。


再生ボタンの上に、指を置く。


ニヤけた顔を——抑えきれていない自覚はあった。


しかし、誰も見ていない。


30分間、誰もこの部屋に入ってくるはずもない。


世界で最も強固なプライベート空間の中で、Kはたった一人——。


再生ボタンを押した。


画面に映し出されたのは、日本の事務所の練習スペース。


少し手ブレのある映像。


しかし、そこに映る4人の顔は、はっきりと見えた。


美咲が、紙を渡す場面。


4人が「せーの」で歌詞を見る場面。


長い、長い沈黙。


カエデが、「なんでもできるんだね」と笑う場面。


ソユンが、涙を堪えている場面。


サラの、真剣な目。


そして——。


ミジュが、カメラに向かって、最高の笑顔で——。


『Kさん!本当に最高でした!大好きっ!』


——と、告白する場面。


Kはその30秒をもう一度、再生した。


もう一度。


もう一度。


もう一度——。



***



約1時間後。


会議を終えたアンナが、報告のために執務室へと戻ってきた。


廊下の奥で、先ほどの若い秘書が、まだ直立不動で立っていた。


「……お疲れ様です。もう大丈夫ですよ」


アンナが声をかけると、秘書は、ほっとした顔で、姿勢を崩した。


「あ、アンナさん……会長は、30分とおっしゃっていたのですが、出てこられないのでどうすればいいか分からなくて……」


「ええ、大丈夫です。持ち場に戻ってください」


秘書を退かせると、アンナはノックして、執務室へ入った。



Kは、デスクの前に座っていた。


表面上は、いつも通りだった。


モニターに向かい、書類を手にしている。


しかし——アンナには、分かった。


2年も隣にいれば、この男の機嫌の「温度」は、空気の微妙な変化で読み取れる。


今のKは——非常に、機嫌が良かった。


表立って浮かれているわけではない。


鼻歌を歌っているわけでもなければ、笑みを浮かべているわけでもない。


しかし——肩の力の抜け方。指先の動きの滑らかさ。呼吸のリズム。


そのすべてが、普段よりも、ほんの少しだけ、軽い。


(……相当、お気に召されたようですね)


アンナは、その観察を、一瞬で終えた。


そして——少しだけ、意地悪な考えがよぎった。


普段なら、そういったことはしない。


しかし、今日は——少しだけ、この不器用な主君を、からかってみたくなった。


「会長」


「ん?」


「……歌詞の調整は、不要そうでしたか?」


遠回しに——しかし明確に、嫌味を含んだ質問だった。


「撮影した映像で確認する」というのがKの建前だった。


4人の反応を見て、歌詞の最終調整が必要かどうかを判断する——というのが、表向きの理由だ。


その「建前」を、わざわざ、今、確認してみた。


(……まさか本気で歌詞の調整を検討されていたわけでは、ないでしょうね)


Kは——。


嫌味と気づいているのか、気づいていないのか。


その顔からは、判別できなかった。


しかし、機嫌よさそうに、こう答えた。


「ああ。問題なさそうだ」


その声のトーンが——普段の三割増しで穏やかだったことを、アンナは見逃さなかった。


(……どんな映像だったかは存じませんが)


アンナは、心の中で、深く呆れた。


(心底嬉しかったようですね)


アンナが、次の報告事項を頭の中で整理しようと、少し黙った瞬間——。


ふと、Kの手元を見た。


Kは、いつの間にか——タブレットを手に取っていた。


そして、画面をつけた。


表示されたのは——《《あの》》待ち受け画面。


アルカディアのお礼動画から切り出した、FLORIAの4人が満面の笑みで「Kさーん!」と叫んでいる、あの画像。


Kは、それを何の気なしに、またじっと見つめていた。


まるで、すぐ隣にアンナがいることを、忘れているかのように。


(……この人は)


アンナは思った。


(私がいない時間に、どれだけこうしているのだろうか)


会議の合間に。


書類の隙間に。


深夜、一人きりの執務室で。


あるいは、自宅のペントハウスで。


この男は、どれほどの頻度でこの画面を見つめているのか。


想像するだけで——。


(……もう知りません)


アンナは呆れを通り越して、もはや一種の諦観に達していた。


「会長。会議の件、ご報告いたします」


「ああ」


Kはようやくタブレットを伏せて、アンナの方を向いた。


アンナは承認をもらうため、会議の議題と決議事項を、簡潔に述べ始めた。



***



一方、日本。


サラは、歌詞を受け取ったその日から、作曲に没頭し始めた。


事務所の中にある、小さな制作スペース。


キーボード、ヘッドフォン、ノートパソコン、そして音符を描く五線紙。


サラはそこに籠った。


他の3人も、それを察して邪魔をしないようにした。


「サラが作曲してる時は、そっとしておこうね」


ソユンが、ミジュとカエデに声をかける。


「ええ。私たちは私たちで、練習に集中しよう」


カエデが頷く。


「サラ頑張ってるんだもんね。私も頑張る!」


ミジュも、拳を握って意気込んだ。


3人は、自分たちのレッスンに打ち込んだ。


しかし——サラは決して、一人きりで全てを背負おうとはしなかった。


作り始めて数日。


サラは、カエデの元を訪ねた。


「カエデさん、ちょっと聴いてほしいところがあるんだけど」


「うん、いいよ。どこ?」


「Bメロの後半なんだけど……ここ、メロディが上がっていくのと下がっていくの、どっちがいいと思う?」


カエデは、サラが鳴らすキーボードの音に、じっと耳を傾けた。


「……下がっていく方かな。この歌詞は、声を落とした方が、心に染みる気がする」


「なるほど……確かに」


サラは、カエデの意見を素直に取り入れた。


別の日は、ソユンに相談した。


「ソユン、サビの入り方なんだけどさ……」


「うん!」


ソユンは、目を輝かせて身を乗り出した。


「ここ、一瞬だけ音が止まるところがあるんだけど、その長さ、もう少し伸ばした方がいいかな」


「あ、それ……Kさんが前に私たちの曲について語ってくれた時に言ってたことと似てるね。サビの前の空白が声の入りを際立たせるって」


「そう!まさにそれ!」


ソユンの指摘が、サラの頭の中で、新しいメロディの形を結んだ。


ミジュにも、意見を求めた。


「ミジュ、最後のフレーズなんだけど……ここ、ミジュが歌うパートになると思うの。どんな感じで歌いたい?」


「えっ、私が歌うところ?聴いてみたい!」


サラがメロディを弾くと、ミジュは、少し首を傾げてから——。


「もう少し、甘い感じかな?最後だから、余韻を残したいなって」


「甘い感じか……オッケー、やってみる」


これは、5人の作品なのだ。


Kが歌詞を書き、サラが曲をつけ、3人が言葉を提供し——そして今、曲の形そのものにも、全員の意思が反映されていく。


カエデもソユンもミジュも、自分の意見が曲に取り入れられることを、心から喜んでいた。


歌詞に自分の選んだ単語が織り込まれていただけでも、十分に嬉しかった。


しかし、こうして曲の構成にまで関われること——それは、「5人で作る」という約束が、言葉通りに実現されている証だった。


そして同時に、3人は——サラの作曲能力に、改めて、目を見張っていた。


「サラって、こんなにすごかったんだ……」


ミジュが、素直に感嘆する。


「趣味でちょこちょこ、って言ってたのに……すごいよ!」


「本当。サラの才能が、この曲で一気に開花してる感じがする」


カエデも、静かに、しかし確信を込めて頷いた。


「そんなことないよ!みんなの意見があるから、ここまでできてるんだよ」


サラは照れながらも、心の中では、確かな手応えを感じていた。


4人は——この作曲のプロセスを通じて、FLORIAとしての絆が、さらに深まっていくことを、強く実感していた。


一緒に歌い、一緒に踊り、一緒にステージに立ってきた日々。


それとはまた違う種類の、創造という行為を通じた、新しい絆。


そして——。


それが、Kによってもたらされた出来事であること。


4人は、言葉にしなくとも、そのことを感じていた。


Kへの想いや、Kによってもたらされた数々の経験——それが一番大切なことは、疑いようがない。


しかし、知ってか知らずか——。


Kは、FLORIAの4人の絆も、さらに強固なものにしてしまっていた。


アルカディアの撮影で、4人は「世界基準のプロ」を経験した。


ロイヤル・ソレイユの一件で、ミジュを中心に「互いを守る家族」としての結束が深まった。


整合、今、この作詞・作曲を通じて、4人は「創造するチーム」として、新たな次元の一体感を手に入れようとしている。


そのすべてが——Kの存在がきっかけだった。


Kのプロデュース力。


それは意図的なものなのか、それとも無自覚な影響力なのか。


4人には分からなかった。


しかし、その力に——言葉にせずとも身震いした。


***


さらに数日が経った。


サラの作曲は、驚くほどのスピードで進んでいた。


歌詞との相性が良かったのか、サラ自身の才能ゆえか——おそらく、その両方だった。


メロディの大枠は、ほぼ完成に近づいていた。


しかし——。


サラには、どうしても、やりたいことが一つあった。


それは、Kの歌詞が届く前から——いや、あの日の電話から、ずっと考えていたことだった。


(……Kさんに、作曲の相談がしたい)


あの日、Kさんが自分に作詞の相談をしてくれたように。


自分も、作曲の相談をしたい。


——実際のところ、メロディはほぼ完成している。


このまま仕上げてしまっても、十分に良い曲になるだろう。


しかし。


(……正直)


サラは、自分の心に、嘘をつけなかった。


(……相談したいんじゃない。話したいんだ。Kさんと)


相談は口実だった。


Kと電話できる、唯一の理由。


作曲担当として、Kに意見を求める——それは、「正当な理由」のある連絡手段だった。


その口実がなければ、サラにはKに連絡する術がない。


事務所を通じて、アンナを経由して、何重もの壁を越えなければ、あの声を聞くことはできない。


(……ずるいよね、私)


自覚はあった。


他の3人には、この手段はない。


ソユンもミジュもカエデも、どんなにKのことが好きでも、直接電話をかけてもらう「理由」がない。


サラだけが——作曲者という立場を使って、Kとの秘密の接点を持てる。


その優位性を、利用しようとしている自分自身に、サラは後ろめたさを感じていた。


しかし——止められなかった。


その日は、まるで運命のように訪れた。


今日のスケジュール表を見た瞬間、サラの心臓が跳ねた。


また——サラだけが一人で事務所に残る日だった。


ソユンは音楽番組の収録。


ミジュは地域のイベント。


カエデはラジオ出演。


そしてサラは——事務所での個人練習。


もちろん、他のメンバーが一人残る日だってある。


サラに仕事が少ないわけではない。


単なるスケジュールの巡り合わせだ。


しかし——サラは、これを「運命」だと思った。


(今日、電話する)


そう、決めた。


3人は、出かける準備をしながら、サラに声をかけた。


「サラ、また一人でごめんね……」


ソユンが、申し訳なさそうに言う。


「たまたま続いちゃったね」


カエデも、少しだけ気まずそうだった。


「サラ、お菓子買ってくるからね!」


ミジュが、明るく手を振る。


3人とも——前回サラが一人だった日のことを覚えていた。


あの時サラが少し早く部屋に戻ったこと。


きっと寂しかったのだろう、と、3人は思っていた。


だから、今回も少し気を遣っている。


しかし——。


「大丈夫大丈夫!作曲してるからさー!」


サラは、いつも以上に明るい声で3人を見送った。


全く寂しそうではなかった。


むしろ——輝いていた。


3人は、「元気そうで良かった」と安心して、それぞれの仕事へと出かけていった。


そしてサラが一人で見送る3人の背中は、前回と同じ。


しかし、その胸の中の感情は、前回とは全く違っていた。


玄関のドアが閉まった瞬間——。


サラは、弾かれたように走り出した。




事務所のフロア。


サラは、美咲のデスクの前にまっすぐ駆け込んだ。


美咲は、今日はメンバーに同行せず、事務所に残っていた。


(これも運命なんだ)


サラは自分にそう言い聞かせた。


「美咲さん!」


美咲がデスクから顔を上げると——。


サラが、紅潮した顔で、目をキラキラさせて立っていた。


その表情を見た瞬間、美咲の中で嫌な予感が走った。


(……この顔、この目……何かを頼みに……)


「お願いがあるんです!」


サラの声が、フロアに響いた。


「Kさんと電話したいんです!作曲の件で!」


「ちょっ——!」


美咲は、椅子から腰を浮かせた。


周囲の社員数名が、ちらりとこちらを見た。


「サラさん声……!ちょっとあっておいて……!」


美咲は、慌ててサラの腕を掴むと、足早に練習スペースへと連れ出した。


練習スペースのドアを閉めると、美咲は深く息をついた。


「……サラさん、あのですね」


「はい!」


「K会長に連絡なんて、無理ですよ……」


当然のことを美咲は言った。


世界最大の金融グループKFGの会長。世界一の大富豪。


アイドルグループのマネージャーから、連絡を取ろうとすることなど、普通に考えればありえない話だ。


しかし——。


美咲の頭の中で、別の記憶が浮かび上がっていた。


(……先日、アンナさんから電話がかかってきた)


あの映像の件だ。


アンナは、美咲に直接電話をかけてきた。


社長でもチーフでもなく、現場マネージャーの自分に。


そして、撮影という「面倒な依頼」を、申し訳なさそうに託してきた。


(あの件、アンナさんからしたら……かなり無理を言ってきたはず)


つまり——アンナとの間に、一種の「貸し」のような関係が生まれている。


もちろん、貸し借りを主張するようなつもりは毛頭ない。


しかし、少なくとも「電話をかけること自体」は前例がある。


(……できてしまうのでは)


美咲の頭の中で、「無理」という判断がゆっくりと崩れ始めていた。


「お願いしますー!なんとかー!」


サラが、美咲の腕にしがみついてきた。


「作曲の件で、どうしても相談したいところがあるんです!Kさんじゃないと分からないことなんです!」


その目は——「無理だ」と思っていない目だった。


サラは、もともとそういう人間だった。


できると思ったことは、できると信じて疑わない。


その純粋な自信が、周りを動かしてしまう力を持っている。


美咲は、その目を見ながら——もう一つ、別の考えが頭をよぎった。


(もし……こんな表情をして頼んできたサラのことを、私の独断で断って……)


(万が一、K会長に伝わるようなことがあったら……)


背筋が、冷えた。


K会長は、FLORIAのことになると、常識では測れない反応を見せる男だ。


もしサラが悪気がなくとも「電話したかったのに美咲さんに止められたんですよー!」などとKに伝えたら——。


美咲の立場がどうなるか、想像するだけで恐ろしい。


(……それに、私が判断していいことじゃない……よね?)


自問自答する。


Kに電話を繋ぐかどうかを、美咲が独断で「無理」と決めていいのか。


少なくとも、アンナに繋いで、判断を仰ぐべきではないのか。


(今、アメリカは何時なんだろう……)


美咲は、スマートフォンを取り出し素早く検索する。


日本の午前9時は——ニューヨークの午後8時頃。


夕方から夜にかけて。


(……まだ、起きてる時間か)


条件が——揃ってしまった。


美咲は、軽いため息をついた。


「……サラさん」


「はい!」


「まず、やってみます。でも、無理だったら諦めてくださいね」


「はい!!」


「それと……今回は、K会長から作曲の依頼を直接受けているから、特別です。普段は、絶対にできません」


「わかってます!」


「最後に——」


美咲は、真剣な目でサラを見た。


「これは、他のメンバーの方には、絶対に内緒にしてくださいね」


理由は言わなかった。


言わなくても——サラにだって分かるはずだ。


もし、ソユンが、ミジュが、カエデが、サラがKと個人的に電話をしていることを知ったら——。


その時の感情の嵐は、美咲の手には到底負えない。


サラも、一瞬だけ目を伏せた。


分かっている。


分かった上で——やめられない。


「……わかりました。内緒にします。お願いします!」


サラは、大きなキラキラした笑顔で美咲に抱きついた。


至近距離で見るサラの満面の笑みは、自分が女性であることを忘れるほどに——破壊力があった。


(本当にこの子たちは……どれだけ簡単に男の子を恋に落とせるのだろう……)


美咲は、意を決してスマートフォンを手に取った。


アンナの連絡先を表示する。


指が少し震える。


深呼吸を、一つ。


発信ボタンを押した。

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