表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
世界一の大富豪が私たちの味方です!  作者: Project_FLORIA
【リ・フローラ編】

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

23/42

【リ・フローラ編】第5話

FLORIAが所属する事務所は、KPOP系事務所としては業界でも名の知れた大手だ。


所属アイドルの数、制作力、海外展開力。


どれをとっても業界上位に入る。


しかし、その事務所が今日ほど緊張感に包まれた日は、過去に一度たりとも存在しなかった。


数日前から、専門の清掃業者が入り、エントランスから廊下、会議室、エレベーター、トイレに至るまで、徹底的な大清掃が行われていた。


普段は目立たない装飾も新調され、観葉植物は葉の一枚まで磨き上げられ、床の大理石は顔が映るほどに磨かれていた。


当日の朝には、事務所の会長をはじめ、社長、役員、本部長クラスまでもが全員出社していた。


全員が一分の隙もないスーツを着込み、エントランスの一角で静かに待機している。


しかし、その空気は商談や投資家を迎える時のそれとは、決定的に違っていた。


彼らは誰一人として、Kに対して他のグループも売り込むことや、ビジネスの話を持ちかけようとは考えていなかった。


Kは、決定的な事実として、FLORIAを「唯一無二のお気に入り」として囲っている。


それは、もはや経済の論理を超えた、個人的な領域の関係性だ。


そこに土足で踏み込むような愚か者は、この事務所にはいない。


いや、いたとしても、それがどういう結末を招くかを全員が理解している。


事前に周知されていた内容は、シンプルだった。


「余計な話を一切持ちかけない。FLORIAとK会長との時間を妨げない。挨拶は最小限に。」


***


事務所のエントランス前。


FLORIAの4人は、すでに外で待機していた。


「……まだ来ないね」

「あと何分だろう」

「飛行機は定刻通りって聞いたよね?」


4人は、極上のメイクと丁寧に選ばれた衣装に身を包み、しかしその仕草は完全に落ち着きを失っていた。


サラは体を前後に揺らし、ミジュは両手を口元で組んだまま動かず、カエデは一見平静を装いながらも繰り返し髪を整えており、ソユンは胸元を押さえたまま小刻みに呼吸を繰り返していた。


30分が経過した。


メイクが崩れないよう立ち続けたまま、4人は待った。


文句一つ言わなかった。


むしろ、そわそわと嬉しそうにさえ見えた。



そして——。


黒光りする巨大なリムジンが、ゆっくりと、しかし圧倒的な存在感を持って、事務所の車寄せに滑り込んできた。


「……来た」


カエデが、小さく呟いた。


4人の背筋が、同時にすっと伸びる。


エントランス横で控えていた事務所幹部一同も、無言のまま深々と頭を下げた。

運転手がドアを開ける。


先に降り立ったのは、アンナだった。


完璧なスーツ、音もない歩み。


彼女は一度周囲を一瞥すると、車の奥に向かって静かに目礼した。



そして——。

Kが、車内から降りてきた。


最高級の生地で仕立てられたロングコート。


黒曜石のような瞳。寸分の隙もない佇まい。


その姿が車外へと現れた瞬間、事務所前の空気が、目に見えないほど薄く、張り詰めた。


Kは、まず深々と頭を下げる事務所幹部たちを見た。


そして次の瞬間——視線を、FLORIAへと向けた。


「「「「Kさん!」」」」


4人の声が、ほぼ同時に漏れた。


最初に動いたのはサラだった。


「来た……!本当に来た!」


「Kさん、お待ちしてました!」


ミジュが続き、


「会いたかったです……!」


カエデが、普段の冷静さをどこかに置き忘れたように、頬を赤らめて口にした。


ソユンは、言葉を発する前に、両手を口元に当てて目を潤ませていた。


それは、推しのアーティストに初めて会ったファンの姿と、何一つ変わらなかった。


むしろ、アイドルを仕事にしている彼女たちが見せるとは思えないほど、無防備な素の反応だった。


Kは、その4人の反応を見て——。


「……ふっ」


口元を、緩めた。


ニヤリと笑う、と言ってもいい。


しかし、その表情は本人的には「余裕のある大人の微笑み」のつもりだった。


しかし、口元の緩みが、頬の僅かな上気が、明らかに隠しきれていなかった。


(……全く隠せておりません)


アンナは、斜め後ろで完璧な無表情を保ちながら、心の中で今日何度目か分からない呆れを噛み締めていた。


***


その時だった。


ミジュの瞳から、不意に、ぽろりと涙がこぼれた。


「ミジュ?」


ソユンが驚いて声をかける。


ミジュの頭の中には、あの夜のことが蘇っていた。


ロイヤル・ソレイユの時計を、うっかりSNSに投稿してしまったあの夜。


絶望の底に沈んでいた自分を、Kがたった一夜で救い出してくれた。


いや、救い出すどころか、彼女のミスを世界中が歓声を上げる「奇跡」へと書き換えてくれた。


あれから、ずっと。

ずっと、会いたかった。

直接お礼を、言いたかった。

そして——。


ミジュは、もう何も考えられなかった。


「Kさん……!」


彼女は、事務所の幹部たちも、マネージャーも、メンバーも、何もかも忘れて、Kに向かって駆け出した。



そして、そのまま——飛びついた。

Kの胸元に、顔を、埋めた。



「Kさん……ありがとうございました……ずっとお礼を言いたかった……」


ミジュの声が、震えている。


「助けてくれて……ありがとうございました……!」



Kは、一瞬、驚いたように目を見開いた。


しかし、次の瞬間には——。


自然な動作で、ゆっくりと、ミジュの腰に腕を回した。


軽く、しかし確かに。


腕の中に、その身体を収めるように、抱き寄せた。


「——ッ」


事務所幹部たちの間に、息を呑む音が広がった。


「……おい」


社長が、小さく呻いた。


チーフマネージャーは、口を半開きにしたまま硬直している。


アイドル事務所の常識で言えば、この時点で、すでにありえない。


しかし、抱き寄せるKの動作があまりにも自然だった。


Kは、ミジュを抱きしめたまま、静かに見下ろしている。


ミジュもまた、涙で潤んだ瞳で、Kを見上げている。


見つめ合う二人。


距離は、あまりにも近い。


「……おい、おい、おい」


社長の顔から、さっと血の気が引いた。


「ちょ、ちょっと、まさか……」


役員の一人が、ほとんど音にならない声で呟いた。


(まさか、このまま……キス、でもするつもりなんじゃ——)


その想像が、幹部全員の頭を駆け抜けた。


公衆の面前で、事務所の入口で、アイドルが、世界の王と。


ありえない。


しかし、ありえない光景を、止める権利が、彼らにはない。


止めれば、Kの機嫌を損ねる。


止めなければ、世紀のスキャンダルが目の前で発生する可能性がある。


どちらも、事務所の存亡に関わる選択肢だった。



幹部たちは、硬直したまま、動けなかった。


美咲もまた、少し離れた場所で、息を止めていた。


その光景は、まるで時間が止まったかのようだった。


「ミジュ、ちょっと……」

「ねえ、ミジュっ……」


他の三人も、さすがに少し慌ててミジュに声をかけた。


しかしミジュは、涙でうるうるの目をKに向けたままだった。


その目を見て、三人はあの日の夜の、衰弱しきったミジュを思い出した。


——それ以上、何も言えなかった。


Kは、しばらくミジュを見下ろしていた。


そして、ゆっくりと、抱き寄せていた腕を緩めると——。


代わりに、右手を持ち上げて、その手をミジュの頭にそっと乗せた。


大きな手が、優しく、ミジュの柔らかな髪を撫でる。


「ミジュ……写真もCMも、可愛かったぞ」


静かな声だった。


しかし、その声に含まれた温度は、普段のKのそれとは比べ物にならないほど、柔らかかった。


「今日もな」

「……Kさん……」


ミジュは、Kの胸元へ、小さく顔を寄せた。


美咲は、少し離れた場所で、この光景を見ながら血の気が引いていた。


(ま、まずい……いくら事務所の敷地内とはいえ、外から見える場所で……)


もし、通りかかった誰かがスマートフォンを取り出したら。


もし、遠くの建物から誰かが見ていたら。


FLORIAのメンバーがKに飛びついて抱きしめられている——そんな画像が一枚でも流出すれば、世界がひっくり返るほどの騒ぎになる。


(声をかけないと……!)


美咲は一歩踏み出そうとして——そして、立ち止まった。


目の前で、Kとミジュが見つめ合っている。


お互いの瞳に、お互いだけが映っているような、そんな時間。


(……入れない)


そこに割って入る勇気を、美咲は持てなかった。


世界の王と、想い人の時間。


常人たちには、到底踏み込めない領域だった。


その時——。


「会長」


静かな、しかし揺るぎない声が響いた。

アンナだった。


彼女は、Kとミジュの間に、何の躊躇いもなく、淡々と、しかし完璧なタイミングで歩み寄った。


彼女こそが、この世で唯一、Kに対して、この瞬間に声をかけることを許されている存在だった。


「皆様、続きは中で話しましょう」


その声に、Kは顔を上げた。


「……ああ、そうだな」


あまりにも自然に、Kは頷いた。


まるで今の行動が、国家的な会合の一環であるかのような、落ち着いた声で。


「行こうか」


Kはそう言って、ミジュの肩にそっと手を添えると、そのまま事務所の中へと歩き出した。


その瞬間——。


「ちょっとミジュ、ずるい!」

「私もー!」

「Kさん!」


他の三人が、我先にとKの横へ駆け寄った。


そして、何の遠慮もなく、Kの手を握り、腕に腕を絡め、すっかり大胆になった少女たちが、まるで長年の恋人のようにKを取り囲んで、事務所の中へと消えていった。


***


残された者たちは、その場に棒立ちになっていた。


美咲も当然その一人だった。


頭痛どころの話ではない。


頭を抱えて、周囲をぐるぐると見回した。


(だ、誰か見てなかった?見てないよね?見てたらどうしよう……!)


冷や汗が、背中を伝う。


そんな美咲の横に、静かに、アンナが歩み寄ってきた。


「大丈夫ですよ」


美咲は、弾かれたように顔を上げた。


アンナは、事務所の外の通りに一度だけ視線を向けたあと、美咲の目を見て、静かに、しかしはっきりと言った。


「付近には監視を置いておきました。それに……会長をネタにするような記事は、この世に出ることはありません」


「……え?」


「会長に恩を売りたい人はいくらでもいます。スキャンダルを掲載する前に、誰かに消されますよ」


淡々と、しかし、絶対的な事実として。


美咲は、その一瞬、言葉を失った。


もし万が一、今の光景を誰かが撮影し、どこかのメディアに持ち込んだとしたら。


そのメディアは、Kの不利益になりうる記事を、本当に世に出すことができるだろうか——。


世界経済の「心臓」を鷲掴みにしている男。


世界の金融を、広告市場を、投資フローを、全て掌握している男。


そんな男の機嫌を損ねる記事を掲載することが、どのメディアにとって、どれほどの代償を伴うか——。


答えは、考えるまでもなかった。


(……ああ)


美咲は、ようやく理解した。


自分たちが今まで「常識」だと思っていた業界のルール、スキャンダル対応、情報管理——。


そういった次元の話が、Kという存在の前では、一切意味をなさない。


この人の周りでは、世界の方が動くのだ。


情報さえも、彼の意向の前に形を変える。


美咲が呆然と立ち尽くしていると、アンナは小さく頷くように会釈をした。


「行きましょう」


その一言に、美咲はようやく我に返り、慌てて後を追った。


事務所の中からは、ミジュの、そしてサラの、少し興奮気味の声が漏れ聞こえてくる。


王と、その王に心を奪われた4人の少女たち。


そして、その周りで、世界の常識が、音もなく書き換えられていく。


諦めと、少しの微笑みを浮かべて、美咲はアンナの後ろを歩いていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ