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世界一の大富豪が私たちの味方です!  作者: Project_FLORIA
【リ・フローラ編】

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19/42

【リ・フローラ編】第1話

***


ロイヤル・ソレイユの騒動から、また少しの時が流れた。



日本の芸能界では、季節が変わるように話題が移り変わる。


しかし、FLORIAにとってこの数週間は、確かな手応えを感じる日々だった。


ロイヤル・ソレイユのCMが日本中に溢れ返ったあの一件以来、彼女たちの名前を知る人が、じわじわと、しかし確実に増えていた。


事務所もその潮目を感じ取っていた。


チーフマネージャーが、これまでとは明らかに違う気合いで会議室のホワイトボードを埋めていく。


「今月はここ、来月はここ、再来月にはこのタイアップの話も……」


スケジュールの密度が、以前とは段違いだった。


「最近忙しいですよねー」

「うん。でも、嬉しい忙しさだよ」


移動の車内で、ミジュとサラが小声でそんな言葉を交わす。


それは本心だった。


仕事が増えることは、アイドルとして純粋に嬉しい。


頑張れることが増えるのは、喜ばしいことだ。


しかし。


4人の心の奥底には、相も変わらず仕事の充実感とは別に、小さくて消えない灯火がともり続けていた。


次は、いつだろう。


次にKさんから、何かが来るのはいつだろう。


口には出さない。


安易に口に出してしまうと、少し雑に扱っているような気持ちになる。


それほどまでに神聖視し始めていた。


けれど、誰もがそれを待っていた。


まるで、次の奇跡を、待ち続けるように。


***


その中でも、ソユンの「待ち方」は少し4人と違っていた。


彼女の場合、ただ待つのではない。Kのことを少しでも知ろうとしていた。


少し時間が空くと、ソユンはスマートフォンを取り出す。


検索欄に打ち込む文字は、いつも同じだ。


「Kさん 最新」

「KFG 会長 インタビュー」

「Kさん ○○(その日の日付)」


芸能人と違い、Kは毎日他愛もない発言がニュースになるような存在ではない。


彼が発する言葉は、世界の経済を動かすものだから、そう頻繁に表には出てこない。


それに、ソユンはあまりインターネットに強くなく、特別な情報収集はできなかった。


それでも、世界的な経済誌が掲載するインタビュー記事や、国際サミットでの発言を取り上げた海外メディアの記事が、たまに日本語や韓国語に翻訳されて、ソユンの元まで流れてくることがある。


そういった記事を見つけた日のソユンは、まるで宝物を掘り当てた探検家のような顔になる。


「見て!Kさん、このインタビューで……」


「ソユン……また調べてたの?」


カエデに呆れたように言われても、ソユンはまったく意に介さない。


「別にいいでしょ!ねえ、見て……ここに書いてあるの、Kさんが『必要なのは、真に輝くものを見極める目を持つことだ』って言ってて……これ、私たちのことじゃないかなって……」


「それは絶対に違うと思う」


「っ……!でも可能性はゼロじゃないから!」


ミジュが「ソユンちゃんの恋は盲目だ~」とゲラゲラ笑う横で、ソユンは真っ赤になりながらも、その記事を大切にスクリーンショットしてアルバムへ保存するのだった。


そのアルバムには、すでに相当な枚数のKの記事や写真が蓄積されていた。


彼女自身は「情報収集」と呼んでいるが、どう見てもそれは、熱心なファン活動そのものだった。



***



一方、地球の反対側。

ニューヨーク、KFG本社ビル最上階。


会長専用フロアは、今日も張り詰めた静寂の中にあった。


このフロアに立ち入ることを許されているのは、Kと、ごく限られた秘書陣のみ。


世界の経済の歯車が、ここから無音で回り続けている。


しかし今日は、いつもと少しだけ違った。


アンナが巨額の買収案件の書類をいくつか抱えて、執務室の中に入ったとき、彼女の耳がその音を捉えた。


聴き慣れない、しかしどこかで聞いたことのある旋律。


(……これは)


彼女は少し眉を動かしてから、話し始める。


「会長、いくつか資料が整いました」


「ああ」


Kは巨大なモニター群に囲まれたデスクで、書類に目を通しながら短く答えた。


その、デスクの片隅にある小型の、しかし世界最高品質であろうスピーカーから、控えめな音量でその音楽は流れていた。


アンナは書類をデスクに置きながら、さりげなく、しかし確実にその音源を確認した。


再生されているのは、FLORIAの楽曲だった。


(……いつから)


アンナは表情一つ変えずに、ただそれだけを静かに認識した。


当然、彼が彼女たちの魅力にすでに浸かっていることは知っている。


プライベートサーバーの隠しフォルダに動画を保存していたことも……把握している。


しかし、執務室で業務中に流すようになったのは、おそらく最近のことだ。


「……では次の案件が整理されましたらまたお持ちします。」


アンナは何も言わなかった。


言う必要はない。


このフロアにKと秘書以外は立ち入れない。


社内への影響は皆無だ。


ただ。


アンナの頭に、ひとつの懸念がよぎった。


(……ポスターの時のように、これを「全社員に聴かせよう」などとおっしゃらなければよいのですが)


その懸念は、杞憂に終わるかもしれない。


しかし、この男に関しては、あらゆる最悪のケースを想定しておく必要がある。


それが最近のアンナの教訓だった。



***



その日の業務が一段落した夕刻。


Kは、珍しくデスクから背もたれに身を預けて、高い天井を見上げていた。


スピーカーからは、引き続きFLORIAの全楽曲が順番に流れている。


いつの間にか、ただ音楽を聴くための時間になっていた。


アンナが次の報告のために入室してきた時も、Kはその体勢のままだった。


「会長」


「ああ」


「フォルクスバンクの件、先方から回答が——」


「アンナ」


Kがアンナの言葉を遮った。


「はい」


「これ」


Kは目線でスピーカーの方を示した。


「どれが好きだ?」



間。



アンナは少しだけ顔をしかめて、一秒ほど適切な回答を考えた後、答えた。


「私はFLORIAの皆様の楽曲について、優劣を判断できるほどの基準を持ち合わせておりません」


「ふん……」


Kは怒ってはいないがつまらなさそうにした。


その答えは嘘ではなかった。


しかし本音でもなかった。


正確には、「この質問に正直に答えるのは会長にとって有益か判断しかねます」という意味だった。


Kは、アンナの回答を聞いた後、少しの間黙っていた。



そして。


「……そうだな」


独り言のように、静かに呟いた。


「やはり曲を深く語るには、本人たちとじゃないとダメか……」


アンナのこめかみに、微細な痛みが走った。


(……今、何とおっしゃいましたか)


「フォルクスバンクだったか。続けろ」


Kはけろりとした顔でそう言い、再び書類に視線を落とした。


Kの発言は、自然に、しかしあまりにも重大な意味を孕んで、執務室の静寂に溶けていった。


アンナは、フォルクスバンクの報告書を手にしたまま、しばらく動けなかった。


(……「本人たちと語る」ために、また何かなさるおつもりですか)


次は何をしたがるのか。


KFGの傘下ブランドが次々とFLORIAに吸い寄せられていく光景が、走馬灯のようにアンナの脳内を駆け抜ける。


それ自体は別に構いはしない。


元々金融帝国のKFGにとって傘下のブランドなど所詮は一事業、そもそもK自身が決めたことに誰も文句など言えやしない。


しかし、ことFLORIAとの関係性においては、この男の持つ圧倒的な力が、初めて女の子を好きになった中学生のような、想像の斜め上の行動になりかねない。


「アンナ」


「……はい」


「なぜ止まっている」


「……失礼いたしました。フォルクスバンクの件ですが——」


アンナは、感情を完璧に殺した声で報告を再開した。


しかし、その頭の片隅では、すでに「次の事態」への備えが、静かに始まっていた。


スピーカーからは、FLORIAの軽やかな歌声が、何も知らない顔で流れ続けている。

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