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世界一の大富豪が私たちの味方です!  作者: Project_FLORIA
【ロイヤル・ソレイユ編】

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【ロイヤル・ソレイユ編】第5話

Kの神託が下された瞬間、アンナの頭の中ではすでに全ての指示系統が完成していた。


彼女はKの執務室を出ると、自席に戻ることもなく廊下に立ったまま、複数の部署へと同時に最上階からの勅令を飛ばし始めた。


『グローバル・マーケティング本部。15分以内に『ロイヤル・ソレイユ』のFLORIA起用に関する公式プレスリリースを作成せよ。クリエイティブの全権限は会長室にある。』


『デザイン部。添付のミジュ様の写真を、公式ビジュアルとしてリデザインせよ。レタッチを施し、30分以内に私の端末へ送ること』


『法務部。FLORIAとのグローバル・アンバサダーの契約書を、30分以内に作成せよ。契約期間は無期限、報酬は白紙。会長のサインは後で私が手配する』


『広報部。全世界の主要メディア500社へ、1時間後にKFGより重要発表がある旨を通知。会長案件と伝え待機を命じろ』


その指示の一つ一つが、異例ずくめのものだった。


特に、全ての確認作業を各部署の責任者ではなく、自身に直接回せという命令。


それは、一秒も時間を無駄にできないという、アンナの意志の表れだった。



一方Kは、執務室からゆったりと出てきて、鬼神のごとき形相で指示を飛ばし続けるアンナの姿を、面白そうに眺めていた。


「忙しそうだな」


そのあまりにも他人事な呟きに、アンナはちらりと氷のような視線を向けただけで、一切反応しない。


Kの周りにいた他の若い秘書たちは、その無言の応酬に生きた心地がしなかった。


一人が、慌ててKの元へと駆け寄る。


「か、会長!何か、お飲み物を!あちらでご用意します!」


「さっきもコーヒー飲んでたんだが……」


必死に王の興味を逸らそうとする、哀れな臣下の姿だった。



***



ニューヨークで帝国の歯車が世界を動かすために回転を始めた頃。


地球の裏側、日本のFLORIAの寮では、時間は鉛のように重く、ゆっくりと流れていた。


時計の針は、深夜0時を回っている。


ミジュのSNSのコメント欄は、増え続けていた。


炎上しているわけではない。


ただ、普段よりコメントが多い。


そしてそのほとんどが、彼女の腕で輝く時計に向けられた、無邪気な賞賛と好奇の言葉だった。


しかし、その一つ一つが、ミジュの心を鋭い針のようにチクチクと刺し続けていた。


彼女はリビングのソファの上で、膝を抱えて完全に衰弱しきっていた。


涙はもう枯れ果て、目は真っ赤に腫れあがり、その瞳は虚ろに宙を彷徨っている。


「……お姉ちゃんたちは、もう、寝てください……」


か細く、ひどく枯れた声でミジュが呟いた。


「私だけ起きて、指示を待ちますから……」


そのあまりにも健気で痛々しい姿に、いつもミジュを可愛がっているカエデ、ソユン、サラの心は引き裂かれそうだった。


しかし、今の自分たちには、この傷ついた妹を慰める言葉は見つからない。



どうすることもできなかった。



***



ニューヨーク。

アンナの指示から30分と少しが経過していた。


アンナの手元に、各部署から血と汗の結晶である公式発表文のドラフトと、大急ぎで加工されたミジュの写真データが届いた。


彼女はそれを携え、再び主君の元へと向かう。


「会長。最終承認をお願いいたします」


アンナがタブレットを見せると、Kは満足げにその画面を覗き込んだ。


しかし数秒後。彼の眉が僅かにひそめられた。


「うーん……この写真のデザイン、少し暗いな」


彼はミジュの写真を指差した。


「もっと明るい方が、ミジュには合いそうだ………いや絶対そうだ」


あまりにも悠長な美学の指摘。


しかも少しだけ照れながら伝えてきた。


(この一刻を争う状況で……!)


「会長、今はスピードが……」そう言いかけた瞬間だった。


アンナは、もう一度その写真のデザインを冷静に見つめ直した。


(……確かに、その方がミジュ様には良いかもしれない)


悔しいが、彼は常に正しいのだ。


「……承知いたしました。超特急で修正させます」


アンナは踵を返し、デザイン部に地獄の修正依頼を叩きつけた。


その背後で、別の秘書が淹れたコーヒーを啜りながら、修正前の写真を満足気に眺めている王の姿をアンナは感じていた。


***


数分後、奇跡的な速さで修正されたデザイン案がアンナの元に届いた。


Kはそれを見ると、「まあ、これならいいんじゃないか」と、ようやく満足げに頷いた。


アンナは感情を殺し、冷徹に告げる。


「では、これより全世界に向けて公開いたします」


その言葉と同時に、彼女の指先から帝国の雷鳴が放たれた。


KFGの公式プレスリリースが、全世界のメディアへと一斉に配信される。


そして、ほぼ同時に『ロイヤル・ソレイユ』の公式SNSアカウントが動き出した。


その最初の投稿は、ミジュのあの「うっかりミス」の投稿を引用する形で投稿された。



♦♦♦


A little bird told us a secret...Welcome to the family, FLORIA.

(小鳥が秘密を教えてくれた…ようこそ、家族へ、FLORIA)


♦♦♦



まるで、全てが計算され尽くした壮大なティザー広告であったかのように。


ミジュのミスは、神の手によって完璧な「匂わせ」へと昇華されたのだ。


日本時間は、深夜1時手前。


しかし、KFGに命じられた各国のメディアは、一斉にこのニュースを速報として報じ始めた。


アンナは、その世界の動きを確認しながら、日本の事務所への事後報告メールを作成し始めた。



その作業中、背後からKが音もなく近づいてきた。


「アンナ」


「はい」


「今回の件は、俺が全て指示して対応したということにしておけ。あと、写真を見て喜んでいたと。一切怒ってなどいないともな」


アンナは、タイピングする指を止めた。


そして、深い深い、心の底からの呆た感情を、完璧な無表情の奥に隠した。


彼女は自分の働きをアピールしたいなど、1ミリも思ってはいない。


ただ、この世界の全てを手にした男が、一回りも小さい女の子たちから褒められたいという、あまりにも情けないほどの淡い期待に眩暈すら覚えた。


「……会長。わざわざそう書かずとも、皆様、会長のおかげだとお分かりになります」


「…いや、一応書いておけ」


アンナはもはや反論する気力も失せ、言われるがままにその子供じみた一文をメールに付け加えた。



***



その頃、日本のFLORIAの事務所社長室。


社長はニューヨークからの返信があまりにも遅いことに最悪の事態を想像し、生きた心地がしていなかった。


そこへ、アンナからのメールが届く。


彼は震える手でそのメールを開いた。


そこに記されていたのは、常識では到底考えられない神の所業。


彼は震える手で急いでネットを確認する。


そこにはメールの内容が、すでに世界の「事実」として完成されていた。


社長は、すぐ近くで待機させていた現場マネージャーの美咲を呼びつけると、タブレットを見せながら興奮気味に、しかし畏怖に満ちた声で告げた。


「……見ろ。これが、KFG会長の力だ……!い、今すぐ、FLORIAの皆に伝えろ。一秒でも早く!」


美咲は、その画面に表示された信じられない光景に一瞬言葉を失った。


しかし、すぐにその意味を理解し、弾かれたように社長室を飛び出していった。


絶望の淵にいる女神たちに、神の福音を届けるために。



***



寮のリビングは、通夜のような沈黙に支配されていた。


ソファの上で、ミジュはもはや人形のように動かない。


その隣で、他の3人もこれ以上かける言葉を見つけられず、ただともに重い時間を共有していた。


(このままじゃ、本当にみんな倒れちゃう……)


カエデは意を決した。


たとえ無理やりにでも、この子たちをベッドに連れて行かなければ。


彼女が重い口を開きかけた、まさにその瞬間だった。


バンッ!!

と、リビングのドアが勢いよく開かれた。


髪を振り乱し、息を切らして飛び込んできたのは、マネージャーの美咲だった。



「ミジュ!!」



そのただならぬ美咲の様子に、ミジュの肩がビクリと大きく震えた。


ついに処罰の宣告が下されるのだと、本能的に悟った。


しかし。


「みんな!今、公式から発表が……!みんながモデルをすることが、公開されました!あの写真は、公式のモデル写真に……!」


美咲が何を言っているのか、誰も理解できなかった。


報告が良いことなのか悪いことなのかすら分からない。


モデルの発表は一ヶ月後のはずだ。


そんなものが今、発表されるわけがない。



「とにかく、ネットを見て……!」



説明を諦めた美咲が、叫ぶように言った。


4人は、おそるおそるそれぞれのスマートフォンを手に取る。



最初に事態を理解したのは、ソユンとカエデだった。


『ロイヤル・ソレイユ』の公式アカウントが、ミジュの投稿を引用し、FLORIAを歓迎するメッセージを投稿している。


そしてその下には、KFGからの公式プレスリリース。


世界中のメディアがそれを一斉に報じている。


全てが、現実だった。


「こ、これって……」


カエデの震える声。


「Kさんが、助けてくれたんだ!」


ソユンが叫んだ。


二人は、まだ呆然としているミジュの元へと駆け寄る。


「ミジュ、見て!」


「Kさんが、ミジュの失敗を全部すごいサプライズに変えてくれたんだよ!」


二人はミジュの身体を優しく揺さぶる。


ミジュはまだ頭が回らなかった。


しかし、姉たちの涙ながらの歓喜の表情を見て、とにかく良い方向に事が進んだことだけは理解した。


そして、画面に映し出された自分の写真。


それは、自分が投稿したただのオフショットではなかった。


プロの手によって完璧に加工され、神々しいまでの輝きを放つ一枚の芸術作品へと生まれ変わっていた。


「ミジュ、かっこいい!」


「見てみなよ!最高にイケてるじゃん!」


サラもその写真を見て、手放しで賞賛する。



そして、美咲は震える声でアンナからのメールの最後の部分を読み上げた。


「……こ、今回の件は、K会長が自ら全てをご指示、ご手配くださったとのことです。そして……ミジュの写真を見て大変お喜びになっており、怒るなどということは一切なかった、と……」


その、最後の一言。

それが、彼女たちの最後の理性の糸を断ち切った。



「「「きゃあああ!」」」



ソユン、カエデ、サラの3人は一斉に歓喜の絶叫を上げた。


そして、まだ呆然としているミジュを中心でぎゅっと、強く抱きしめた。


その温かい姉たちの腕の中で、ミジュの枯れ果てたはずの瞳から、再び涙が溢れ出した。


今度の涙は、恐怖や罪悪感の色ではなかった。


自分を絶望のどん底から救い出してくれた。


それどころか、自分の失敗を世界中が注目する華やかな表舞台へと昇華させてくれた。


あの人に。ミジュは心の全てを奪われた。

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