七話「惹かれ合う者たち」
大和と吹雪の死闘が開幕した頃。
大衆酒場ゲートにて。
「ごちそーさまでした!!」
「「「「「ごちそーさまでした!!」」」」」
可愛らしい子供幽霊たちが両手を合わせていた。
死体回収屋ピクシーの面々である。
リーダーである幽香は満面の笑みでネメアに言った。
「やっぱりネメアの作るミートソーススパゲティは最高だぜ!! めちゃくちゃ美味かった!!」
「あい!! 本当においしかった!!」
「お腹いっぱい!! しあわせ!!」
「もう食べれない!!」
「大満足ですぅ……」
「いつもありがとうなのです!!」
他の子供幽霊たちもキャッキャと喜んでいる。
ネメアはというと、珍しく表情を綻ばせていた。
「何時でもこい。たらふくご馳走してやる」
「ありがとう!!」
「「「「「ありがとう!!」」」」」
子供幽霊たちの元気な姿を見て、他の客人たちも自然と笑顔になっていた。
幽香はお代を払って店を出ようとする。
「!」
すると、ネメアが明後日の方向を向いた。
その表情は何時にも増して険しい。
「どうした? ネメア」
小銭が一杯詰まったカエルのお財布を取り出した幽香は首を傾げる。
すると、背後から何者かに抱きかかえられた。
「駄目じゃよ、幽香。今外に出たら」
「ぬぉ!? ビックリした!! 輪廻お姉ちゃんか!!」
たゆんと、メートル超えの乳房が幽香の頭上で揺れる。
その背には先端が赤毛の九本の狐の尾が広がっていた。
頭の上からは同色の耳がひょっこりと生えている。
輪廻。
デスシティ殺し屋ランキング8位。
EXランクの妖狐の超越者。
大和の妹弟子である。
彼女は片眼鏡の奥にある金色の眼を柔らかく細めていた。
すると、他の子供幽霊たちが嬉しそうに反応する。
「輪廻お姉ちゃんだー!!」
「久しぶりー!!」
「元気にしてたかー!?」
「会いたかったですぅ!」
「抱きつきますです!!」
きゃっきゃと騒ぐ子供幽霊たち。
頭や尻尾に抱きつかれても、輪廻は嬉しそうに笑っていた。
「ふふふっ、お主らは本当に可愛いのぉ」
まるで愛しい我が子に向けるような眼差しを向けている。
輪廻は彼女たちを特別可愛がっていた。
だからこそ──
「今外に出たら駄目じゃよ」
「何でだー?」
幽香の無邪気な問いに輪廻はこたえる。
「これから兄弟子殿が……大和が暴れる。確定じゃ」
「何だと!? それは危ないな!!」
幽香は驚く。
輪廻は明後日の方向を睨むネメアに言った。
「誰かが兄弟子殿をその気にさせた……そう見て間違いないかの? ネメア殿」
「だろうな。この殺気……刀を抜かせたか」
ネメアは唸る。
輪廻は幽香を抱きかかえたまま続けた。
「何年ぶりかの。兄弟子殿が刀を抜いたのは」
「八年ぶりだな。全く……」
ため息を吐く。
ネメアは大和に対してではなく、彼に得物を抜かせた存在に呆れていた。
それは輪廻も同様だった。
「しばらく平和だと思っておったらコレじゃ。兄弟子殿には悪いが、少しは周りのことを考えて欲しいものよな」
「そうはいかないだろうさ」
「……?」
輪廻の疑問に、ネメアはこたえる。
「修羅は惹かれ合う運命にある。時代が変わっても、決して変わらない」
「……」
「いいや、むしろ平和になった今だからこそか……居場所を無くした修羅は此処に流れ着き、そして本物の修羅を見る……」
ネメアは懐からセブンスターを取り出し、口にくわえる。
「怖気づいてただの住民になるならそれでいい。だがそうじゃない輩もいる。今大和と対峙しているのは、おそらくそういう輩だ」
「……わからんの。今になっても」
「ああ、俺にもわからん。一種の気狂いだ」
ネメアは頷き、続ける。
「かつての師匠と大和がそうであったように、修羅と修羅は惹かれ合う」
ネメアの師匠とは、極西最強の邪神バロールである。
彼もまた、輪廻の兄弟子だった。
ネメアは煙草に火を点ける。
「アイツが魔界都市から離れないのは、もしかしたら平和な世界と修羅の世界を分けるためなのかもな」
「!」
「いや、考えすぎか……」
ネメアは頭をかき、紫煙を吐き出す。
「ともかく、今は外に出るな。幽香も、輪廻も、それ以外の奴らも。この店にいる限りは俺が守ってやる」
ネメアの言葉に、酒場にいる全員が安心する。
「……? どうした? 輪廻お姉ちゃん」
ギュッと抱きしめられた幽香は、思わず首を傾げた。
輪廻は、言葉では言い表せない難しい表情をしていた。
◆◆
一方その頃──高層ビルの屋上で、大和と吹雪の死合いを観戦している邪神が二柱居た。
満面の笑みを崩さない銀髪褐色の美女。
童顔に真紅の双眸。ライダースーツのチャックを全開にして、その魅惑的な肢体を惜しげも無く晒している。
這い寄る渾沌、ニャルラトホテプ。
そして、彼女の横に佇んでいる黄色の衣を纏った不気味な存在。
顔はフードで隠れており、発光する二つの緑光が視覚の役割を果たしている。
足元には無脊椎動物──いわゆるタコの足が、無数に蠢いていた。
彼は驚愕交じりに呟く。
「ほゥ、あの男モ血を流スんだネ。しかモ赤い血とキタ。驚きだヨ」
「おいおい、それは大和に対して失礼じゃないかい? ハスター君」
ニャルは唇を尖らせ、彼の名を口にする。
──ハスター。
『黄衣の王』
『名状しがたきもの』
『エメラルド・ラマ』
風属性を司る旧支配者。
人々を狂気に導き、圧倒的な力を以て全てを破壊する風神。そして穏やかなる羊飼いの神。
大図書館の支配者であり、エジプト神話のトトとも結び付けられる知恵の神。
幸運と王家の象徴星フォーマルハウトの領主でもある。
彼はニャルに懐疑的な眼差しを向けた。
「そりゃア、ねェ……僕たちヲ退けタ存在が下等種族、人間の筈はなイと思っテいたんダけド」
「人間の可能性を見くびっちゃ駄目だよハスター君! 知恵者である君ともあろうものが!」
「むゥ……そうだネェ。時にハ物事を柔らカク考エタほうがイイのかもしれナイ。……僕の足ミタイに」
そう言ってニュルニュルと蛸足を動かすハスター。
ニャルはケタケタと笑った。
「そうだよ! 人間は僕たちの予想を常に超えてくるんだ! 楽しまなきゃ!」
「……でも、いいのかい? 大和、苦戦するカモよ?」
ハスターの言葉に、ニャルは微笑む。
童顔には不釣り合いな妖艶な笑みだった。
「いいんだよ。大和はこういう展開の方が好みだからね」
「変わってるネ」
「修羅、ってやつなんだよ。大和も、対峙している存在も」
まるで他人事のことのように言うと、ニャルは大和たちを見下ろす。
丁度、二人が剣を交えたところだった。




