八話「大和VS吹雪 前編」
「……やはり、素晴らしいものだ」
吹雪は斬り下がりながら感嘆の声を漏らす。
大和は両手で大太刀を握りながら、正眼の構えをとった。
刀剣の構え方は、主に三種類ある。
上段、中段、そして下段だ。
大和の型は、まさにハイブリッドと言えた。
大型の獣や妖怪、甲冑を着た武者を叩き斬るための上段。
衣服を着た人間や素早い獲物を斬り結ぶための下段。
そして、その間の中段。
大和は、全ての型をハイレベルで修めていた。
吹雪は思う。
(時代そのものを感じ取ることができる……武者たちが汗水を垂らし、連綿と受け継いできた武の真髄を感じ取ることができる)
流派ではない。
ここまでくると流派ではない。
我流でありながら、あらゆら流派の原点にして頂点だ。
吹雪は純粋に感動していた。
ここまで極められるのか。
ここまで至れるのか。
(ならば、その全てを喰らい尽くすのみ……!)
吹雪は消える。
縮地と呼ばれる歩法の一種だ。
吹雪のそれは滑らかで丁寧だった。
懐に入られた大和は、焦らず下段で対応する。
途切れない連撃は吹雪の頬を切り、純白のコートを削った。
吹雪は一旦距離を置く。
「ふむ」
大和は首筋に熱を感じて撫でる。
赤い血が滴っていた。
吹雪は悪い笑みを浮かべる。
「わかりやすい。教科書通りの剣だ」
「そりゃどーも」
大和は軽く返しながら傷口を塞ぐ。
吹雪は僅かに眉を顰めた。
首筋の動脈を斬った。
本来なら致命傷の筈だ。
それを、まるで無かったかのようにする出鱈目な回復力。
吹雪は思わず苦笑する。
人間と戦っている気がしなかった。
回復力もそうだが、肉体の硬度も違う。
鋼鉄のようなものだ。
肉を斬る感触ではなかった。
生物としての強さが違う。
(技術勝負に持っていかなければ、既に終わっているか?)
自嘲を交えながら、吹雪は剣を構え直す。
勝敗はわからない。
勝負は、まだ始まったばかりなのだから。
◆◆
迸る殺気と剣気。
大和の殺気は生存本能に直接「死」を訴えかける漆黒の波動。
対して吹雪の剣気は、万象切断を成せる腕前の表れだった。
両者、睨み合う。
そして──消えた。
目にも止まらぬ疾走。
その秘密は武の極みに達した証である神速の歩法にある。
しかし、吹雪もまた同等の領域に身を置く者。
純白の闘気を纏い駆ければ、真紅の闘気を纏う大和に追いついてみせた。
交わる剣閃。
思考を加速させることで一秒を那由他まで引き伸ばし、互いの視野に無数の斬撃予測線を描き出す。
それらが造り上げる檻の中で、無我の境地が反射的に剣を振るわせる。
大和の剛剣が唸りを上げ、吹雪の柔剣がソレを包み込み、断ち切る。
合わせた刃の数は優に百を超え、千を超えた。
「!!」
大和の太刀筋が急激に変化する。
その軌道は吹雪でも予測不能……規則性の無い湾曲を描く防御不可の斬撃だった。
大和は埒外の筋力と関節強度で万象の法則に逆らい、放った斬撃の軌道を途中で変えているのだ。
【崩し太刀】
重なり合う筈の刃がすれ違う。
焔の如き乱れ刃が吹雪の首筋に食い込む。
しかし、吹雪は刃の進行方向に逆らわず側転。斬撃の威力を流し、軽功なる業で大和の得物の上に乗った。
即座に放たれる神速の銀閃。大和の眼前に白刃が迫る。
得物──大太刀に乗られている以上、迎撃は行えない。
筈だが、大和は脇差を投擲することで迎撃した。
強力なスナップを効かせて放たれた神速の刃を吹雪は難なく弾き、空へ跳ぶ。
宙に舞った脇差が戻るまでに、二人は剣戟の応酬を再度交えていた。
吹雪は先ほど大和が見せた軌道変化の太刀を独自に改良し、自分のモノにしていた。
面白いほど不規則に歪む斬撃を見せられ、大和の顔が喜悦で歪む。
その頬が、浴衣が、斬撃を避けきれずに裂ける。
長い長い遊泳を終えて落ちてきた脇差。
それを大和が拾い上げると共に、二名は鍔迫り合いに突入した。
金属が潰れる音が爆風と共にやってくる。
周囲の妖剣士たちは唖然としていた。
「……ッッ」
「凄まじい……ッ」
「これが、武の頂に座す方々の戦いなのか……!!」
彼らは今のやり取りを一割も把握できていない。
次元が違い過ぎるのだ。
それは百合も一緒だった。
二人の死合いに魅入っていた。
一見地味な鍔迫り合いも、高等技術の応酬だ。
得物を押して、引いて、巻き返そうとして、体位を変えようとして──
それらの選択肢を互いに潰し合って、拮抗が保たれている。
百合は震えながら呟いた。
「凄い……っ」
ありふれた言葉だが、それ以上の言葉を百合は紡げなかった。
拮抗が崩れる。
崩したのは大和だった。地面が砕けるほど強力な震脚を打ち鳴らし、大太刀の腹で寸勁を放つ。
地面から莫大なエネルギーを吸収し放たれたこの一撃は、惑星すら粉砕してみせるだろう。
しかし吹雪は吹き飛んだだけで、五体満足だった。
手に持つ得物の頭から上がる白煙……あそこで衝突エネルギーを吸収し、無効化したのだ。
合気──中国武術界隈では化勁と呼ばれている。
相手の力を利用し、吸収する高等技術だ。
この技術を極めた者はあらゆる物理攻撃を吸収し、受け流す。
それどころか、力のベクトルすらも操作してしまう。
大和もよく用いる技だ。
吹雪もコレを得意としていた。
吹雪は先の寸勁の爆発力を刀身に溜め込んでいた。
惑星を砕ける力を内包した得物を一度鞘に納め、抜刀の構えを取る。
大和は口の端を歪めると、蜻蛉の構えを取った。
そして大太刀に莫大な闘気を込め始める。
あまりの密度に爆風が巻き起こり、空気中の水分が分散する。
可視化した真紅の闘気は天に昇らんばかりの巨大な剣と成った。
二名は互いに技名を紡ぐ。
「迎日神円流堂場礼法・奥義──」
「我流・必殺──」
【山颪】
【雷光剣】
片や、十二の斬撃を袈裟懸けで放つ柔の極みから成る「剛」の絶剣。
片や、高密度の闘気を圧縮、解放して前方にあるもの総てを焼却する「滅」の絶剣。
白銀と真紅の闘気がぶつかり合い、せめぎ合い、混じり合う。
単純な威力なら大和の方が上。しかし十二の斬撃が折り重なり、拮抗を保つ。
うねりを上げ、天高くに打ち上がる紅白の闘気。
雷鳴と共に裂ける曇天。
威力は全くの互角だった。
しかし、唐突に吹雪の穏やかな声が響き渡る。
それは死の言霊だった。
【秘剣・二重覇吐】
大和の胸に逆袈裟の刀傷が奔る。
大和は驚愕の表情をしたまま胸から血を噴き出した。
得物を振り抜いた吹雪は不気味に嗤っていた。
◆◆
「ああ……っ」
百合の目の前で大和が血を噴き出す。
百合は両手を重ねて祈ることしかできないでいた。
「……?」
百合は疑問を覚える。
何故、自分は祈っているのか?
何故、こんなにも昂っているのか?
血が熱い。
丹田から無限に熱が湧いてくる。
吐く息が白く染まり、乳房の先端がいやらしく尖る。
ハッと気付いて股を触れば、微かに濡れていた。
興奮している?
何に対して?
「痛み……クククッ、ハハハッ! 痛みだ!」
大和は口を大きくあけて嗤う。
その身から溢れ出る闘気はより一層濃さを増していた。
彼は斬られた胸を掻きむしりながら叫ぶ。
「そうだよ! コレだよ! 痛みが! 強敵との殺し合いで感じる痛みと未知が! 俺の枯れた魂を潤すんだ!」
浮かべる笑みは狂気的でありながら、まるで子供の様であり……百合は思わず見惚れてしまった。
(ああ、そうか……)
ストンと、心の中で何かがはまった。
自分も一緒なんだ。
生死の狭間で己を見出す類の人間なんだ。
そういう人間にとって、この男は甘露のように魅力的なんだ。
男も女も関係ない。
修羅は、惹かれ合う運命にある。
百合は初めて人を眩しいと思った。
愛おしいと思った。
百合は完全に心奪われてしまった。
◆◆
大和は大太刀と脇差で二刀流の構えを取ると、一気に吹雪との距離を縮める。
吹雪は焦らず対応しようとしたが、一瞬動きが止まった。
大太刀を受け止めた筈だが、脇差だった。
何時の間にか持ち替えられていた。
単純でいて効果的な戦法。左右の得物の入れ替え。
吹雪は次にくる大太刀は受け止められないと早々に判断し、後ろに下がる。
しかし胸を逆袈裟に斬り裂かれた。
驚愕する吹雪の目に映ったのは、大太刀を握る大和の手だった。
二本指の先端で大太刀を握っている。
(人間業ではない……!)
大太刀を二本の指、それも先端で振るうなど、馬鹿げた握力だ。
常人にはできないし、そもそも思い付かない。
大和は脇差を収めると、大太刀をヌンチャクの様に縦横無尽に振り回しはじめた。
ここで改めて吹雪は思い出した。
彼は剣士ではない。武術家だ。
武芸百般を修めた兵法家だ。
剣士の常識は通用しない。
大和はまるで槍の様に大太刀を持つと、鋭い連続突きを放つ。
それを合気で逸らしながら、吹雪は反撃の糸口を探ることにした。
直後、吹雪の眼前に大太刀の切っ先が迫る。
寸勁に似たモーションの片手平突きだ。
吹雪は辛うじて避ける。
頬が裂け、血が弾けるが、無視して大和の次の動きを注視する。
きた。流れる様な脇差での刺突。
隙を生じさせぬ二段構え。
吹雪はあえて大袈裟に脇差をかちあげる。
「あらよっと」
大和は大きく足を開いて踵落としの体勢に入ると、足の指先で脇差を掴んで振り落ろした。
吹雪は瞠目しながらも、余裕をもって回避する。
大和は空いている足の指先で大太刀を掴むと、蹴りで多数の斬撃を繰り出す。
そのままブレイクダンスの様に大太刀と脇差を振り回すと、最後に膝裏で大太刀をキャッチして膝蹴りを放った。
吹雪は上体を反らして躱す。
大和はすかさず腋に挟んだ脇差で刺突を放つ。
予測不能。変幻自在の剣戟の嵐……
しかし吹雪はそのことごとくを回避してみせる。
最後に距離を置くと、たまらず笑みをこぼした。
「おっと」
吹雪は口に手を当てて笑みを隠す。
今の笑みは狂気的だったと自覚していた。
大和は大太刀をサッカーボールの様にリフティングしていた。
打ち上げて納刀すると、指先で回していた脇差も納刀する。
彼は子供の様に笑いながら言った。
「どうした、吹雪。笑っていいんだぜ? 楽しいだろう?」
楽しくて楽しくてしょうがない。
そう言わんばかりの大和の笑みを見て、吹雪も笑みを浮かべた。
「……ああ、そうだな。そうだとも。もう隠す必要はない。世界最強の武術家……拙者も、昂ってきたでござる!!」
そう言う吹雪の顔は、まるで子供の様だった。
終わりは近い。
修羅の舞は短く、儚いものだ。




