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デスシティ 〜魔界都市備忘録〜  作者: パイナップルの妖精
第七章「魔忍伝」
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八話「大和VS吹雪 前編」



「……やはり、素晴らしいものだ」


 吹雪は斬り下がりながら感嘆の声を漏らす。

 大和は両手で大太刀を握りながら、正眼の構えをとった。


 刀剣の構え方は、主に三種類ある。

 上段、中段、そして下段だ。


 大和の型は、まさにハイブリッドと言えた。


 大型の獣や妖怪、甲冑を着た武者を叩き斬るための上段。

 衣服を着た人間や素早い獲物を斬り結ぶための下段。

 そして、その間の中段。


 大和は、全ての型をハイレベルで修めていた。


 吹雪は思う。


(時代そのものを感じ取ることができる……武者たちが汗水を垂らし、連綿と受け継いできた武の真髄を感じ取ることができる)


 流派ではない。

 ここまでくると流派ではない。

 我流でありながら、あらゆら流派の原点にして頂点だ。


 吹雪は純粋に感動していた。


 ここまで極められるのか。

 ここまで至れるのか。


(ならば、その全てを喰らい尽くすのみ……!)


 吹雪は消える。

 縮地(しゅくち)と呼ばれる歩法の一種だ。

 吹雪のそれは滑らかで丁寧だった。


 懐に入られた大和は、焦らず下段で対応する。

 途切れない連撃は吹雪の頬を切り、純白のコートを削った。

 吹雪は一旦距離を置く。


「ふむ」


 大和は首筋に熱を感じて撫でる。

 赤い血が滴っていた。

 吹雪は悪い笑みを浮かべる。


「わかりやすい。教科書通りの剣だ」

「そりゃどーも」


 大和は軽く返しながら傷口を塞ぐ。

 吹雪は僅かに眉を顰めた。


 首筋の動脈を斬った。

 本来なら致命傷の筈だ。


 それを、まるで無かったかのようにする出鱈目な回復力。


 吹雪は思わず苦笑する。

 人間と戦っている気がしなかった。


 回復力もそうだが、肉体の硬度も違う。

 鋼鉄のようなものだ。

 肉を斬る感触ではなかった。


 生物としての強さが違う。


(技術勝負に持っていかなければ、既に終わっているか?)


 自嘲を交えながら、吹雪は剣を構え直す。

 勝敗はわからない。

 勝負は、まだ始まったばかりなのだから。



 ◆◆



 迸る殺気と剣気。

 大和の殺気は生存本能に直接「死」を訴えかける漆黒の波動。

 対して吹雪の剣気は、万象切断を成せる腕前の表れだった。


 両者、睨み合う。

 そして──消えた。


 目にも止まらぬ疾走。

 その秘密は武の極みに達した証である神速の歩法にある。

 しかし、吹雪もまた同等の領域に身を置く者。

 純白の闘気を纏い駆ければ、真紅の闘気を纏う大和に追いついてみせた。


 交わる剣閃。

 思考を加速させることで一秒を那由他(なゆた)まで引き伸ばし、互いの視野に無数の斬撃予測線を描き出す。

 それらが造り上げる檻の中で、無我の境地が反射的に剣を振るわせる。

 大和の剛剣が唸りを上げ、吹雪の柔剣がソレを包み込み、断ち切る。

 合わせた刃の数は優に百を超え、千を超えた。


「!!」


 大和の太刀筋が急激に変化する。

 その軌道は吹雪でも予測不能……規則性の無い湾曲を描く防御不可の斬撃だった。


 大和は埒外の筋力と関節強度で万象の法則に逆らい、放った斬撃の軌道を途中で変えているのだ。


【崩し太刀】


 重なり合う筈の刃がすれ違う。

 焔の如き乱れ刃が吹雪の首筋に食い込む。


 しかし、吹雪は刃の進行方向に逆らわず側転。斬撃の威力を流し、軽功なる業で大和の得物の上に乗った。

 即座に放たれる神速の銀閃。大和の眼前に白刃が迫る。


 得物──大太刀に乗られている以上、迎撃は行えない。

 筈だが、大和は脇差を投擲することで迎撃した。


 強力なスナップを効かせて放たれた神速の刃を吹雪は難なく弾き、空へ跳ぶ。

 宙に舞った脇差が戻るまでに、二人は剣戟の応酬を再度交えていた。


 吹雪は先ほど大和が見せた軌道変化の太刀を独自に改良し、自分のモノにしていた。

 面白いほど不規則に歪む斬撃を見せられ、大和の顔が喜悦で歪む。

 その頬が、浴衣が、斬撃を避けきれずに裂ける。


 長い長い遊泳を終えて落ちてきた脇差。

 それを大和が拾い上げると共に、二名は鍔迫り合いに突入した。

 金属が潰れる音が爆風と共にやってくる。


 周囲の妖剣士たちは唖然としていた。


「……ッッ」

「凄まじい……ッ」

「これが、武の頂に座す方々の戦いなのか……!!」


 彼らは今のやり取りを一割も把握できていない。

 次元が違い過ぎるのだ。


 それは百合も一緒だった。

 二人の死合いに魅入っていた。


 一見地味な鍔迫り合いも、高等技術の応酬だ。

 得物を押して、引いて、巻き返そうとして、体位を変えようとして──

 それらの選択肢を互いに潰し合って、拮抗が保たれている。


 百合は震えながら呟いた。


「凄い……っ」


 ありふれた言葉だが、それ以上の言葉を百合は紡げなかった。


 拮抗が崩れる。

 崩したのは大和だった。地面が砕けるほど強力な震脚を打ち鳴らし、大太刀の腹で寸勁(すんけい)を放つ。


 地面から莫大なエネルギーを吸収し放たれたこの一撃は、惑星すら粉砕してみせるだろう。

 しかし吹雪は吹き飛んだだけで、五体満足だった。

 手に持つ得物の頭から上がる白煙……あそこで衝突エネルギーを吸収し、無効化したのだ。


 合気──中国武術界隈では化勁(かけい)と呼ばれている。

 相手の力を利用し、吸収する高等技術だ。

 この技術を極めた者はあらゆる物理攻撃を吸収し、受け流す。

 それどころか、力のベクトルすらも操作してしまう。


 大和もよく用いる技だ。

 吹雪もコレを得意としていた。


 吹雪は先の寸勁の爆発力を刀身に溜め込んでいた。

 惑星を砕ける力を内包した得物を一度鞘に納め、抜刀の構えを取る。


 大和は口の端を歪めると、蜻蛉の構えを取った。

 そして大太刀に莫大な闘気を込め始める。

 あまりの密度に爆風が巻き起こり、空気中の水分が分散する。

 可視化した真紅の闘気は天に昇らんばかりの巨大な剣と成った。


 二名は互いに技名を紡ぐ。



迎日神円流堂場礼法むこうしんえんりゅうどうじょうれいほう・奥義──」

「我流・必殺──」



山颪(やまおろし)


雷光剣(らいこうけん)


 片や、十二の斬撃を袈裟懸けで放つ柔の極みから成る「剛」の絶剣。

 片や、高密度の闘気を圧縮、解放して前方にあるもの総てを焼却する「滅」の絶剣。


 白銀と真紅の闘気がぶつかり合い、せめぎ合い、混じり合う。

 単純な威力なら大和の方が上。しかし十二の斬撃が折り重なり、拮抗を保つ。


 うねりを上げ、天高くに打ち上がる紅白の闘気。

 雷鳴と共に裂ける曇天。

 威力は全くの互角だった。


 しかし、唐突に吹雪の穏やかな声が響き渡る。

 それは死の言霊だった。


【秘剣・二重覇吐(ふたえはばき)


 大和の胸に逆袈裟の刀傷が奔る。

 大和は驚愕の表情をしたまま胸から血を噴き出した。


 得物を振り抜いた吹雪は不気味に嗤っていた。



 ◆◆



「ああ……っ」


 百合の目の前で大和が血を噴き出す。

 百合は両手を重ねて祈ることしかできないでいた。


「……?」


 百合は疑問を覚える。


 何故、自分は祈っているのか? 

 何故、こんなにも昂っているのか? 


 血が熱い。

 丹田(たんでん)から無限に熱が湧いてくる。


 吐く息が白く染まり、乳房の先端がいやらしく尖る。

 ハッと気付いて股を触れば、微かに濡れていた。


 興奮している? 

 何に対して? 


「痛み……クククッ、ハハハッ! 痛みだ!」


 大和は口を大きくあけて嗤う。

 その身から溢れ出る闘気はより一層濃さを増していた。

 彼は斬られた胸を掻きむしりながら叫ぶ。


「そうだよ! コレだよ! 痛みが! 強敵との殺し合いで感じる痛みと未知が! 俺の枯れた魂を潤すんだ!」


 浮かべる笑みは狂気的でありながら、まるで子供の様であり……百合は思わず見惚れてしまった。


(ああ、そうか……)


 ストンと、心の中で何かがはまった。


 自分も一緒なんだ。

 生死の狭間で己を見出す類の人間なんだ。

 そういう人間にとって、この男は甘露のように魅力的なんだ。


 男も女も関係ない。

 修羅は、惹かれ合う運命(さだめ)にある。


 百合は初めて人を眩しいと思った。

 愛おしいと思った。


 百合は完全に心奪われてしまった。



 ◆◆



 大和は大太刀と脇差で二刀流の構えを取ると、一気に吹雪との距離を縮める。

 吹雪は焦らず対応しようとしたが、一瞬動きが止まった。

 大太刀を受け止めた筈だが、脇差だった。

 何時の間にか持ち替えられていた。


 単純でいて効果的な戦法。左右の得物の入れ替え。

 吹雪は次にくる大太刀は受け止められないと早々に判断し、後ろに下がる。

 しかし胸を逆袈裟に斬り裂かれた。


 驚愕する吹雪の目に映ったのは、大太刀を握る大和の手だった。

 二本指の先端で大太刀を握っている。


(人間業ではない……!)


 大太刀を二本の指、それも先端で振るうなど、馬鹿げた握力だ。

 常人にはできないし、そもそも思い付かない。


 大和は脇差を収めると、大太刀をヌンチャクの様に縦横無尽に振り回しはじめた。


 ここで改めて吹雪は思い出した。

 彼は剣士ではない。武術家だ。

 武芸百般を修めた兵法家だ。

 剣士の常識は通用しない。


 大和はまるで槍の様に大太刀を持つと、鋭い連続突きを放つ。

 それを合気で逸らしながら、吹雪は反撃の糸口を探ることにした。


 直後、吹雪の眼前に大太刀の切っ先が迫る。


 寸勁(ワンインチパンチ)に似たモーションの片手平突きだ。

 吹雪は辛うじて避ける。

 頬が裂け、血が弾けるが、無視して大和の次の動きを注視する。


 きた。流れる様な脇差での刺突。

 隙を生じさせぬ二段構え。

 吹雪はあえて大袈裟に脇差をかちあげる。


「あらよっと」


 大和は大きく足を開いて踵落としの体勢に入ると、足の指先で脇差を掴んで振り落ろした。

 吹雪は瞠目しながらも、余裕をもって回避する。


 大和は空いている足の指先で大太刀を掴むと、蹴りで多数の斬撃を繰り出す。

 そのままブレイクダンスの様に大太刀と脇差を振り回すと、最後に膝裏で大太刀をキャッチして膝蹴りを放った。


 吹雪は上体を反らして躱す。

 大和はすかさず(わき)に挟んだ脇差で刺突を放つ。


 予測不能。変幻自在の剣戟の嵐……


 しかし吹雪はそのことごとくを回避してみせる。

 最後に距離を置くと、たまらず笑みをこぼした。


「おっと」


 吹雪は口に手を当てて笑みを隠す。

 今の笑みは狂気的だったと自覚していた。


 大和は大太刀をサッカーボールの様にリフティングしていた。

 打ち上げて納刀すると、指先で回していた脇差も納刀する。


 彼は子供の様に笑いながら言った。


「どうした、吹雪。笑っていいんだぜ? 楽しいだろう?」


 楽しくて楽しくてしょうがない。

 そう言わんばかりの大和の笑みを見て、吹雪も笑みを浮かべた。


「……ああ、そうだな。そうだとも。もう隠す必要はない。世界最強の武術家……拙者も、昂ってきたでござる!!」


 そう言う吹雪の顔は、まるで子供の様だった。


 終わりは近い。

 修羅の舞は短く、儚いものだ。




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