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魔界都市備忘録  作者: パイナップルの妖精
第七章「魔忍伝」
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六話「吹雪款月」



 性の熱にうなされながら、百合は目を覚ました。

 自分を抱きかかえる逞しいナニカ……

 それが腕であり、その主を理解した瞬間、百合は全身の力を抜いた。

 ほぅと息をつき、視線を上げる。

 頼もしい益荒男の顔があった。


「目、覚ましたか」

「……誰だか知らぬが、礼を言う。ありがとう」

「礼なら牡丹(ぼたん)に言え」

「牡丹……」


 百合は呆然と呟く。

 次に大和の胸板に顔を埋めた。


「……牡丹の匂いがする。そういう事か」

「察しがいいな」


 大和は目を丸めた。

 百合は皮肉な笑みを浮かべる。


「アレならそういう方法を取る。わかるんだよ」

「ククッ。そういう関係、嫌いじゃないぜ」


 大和は笑う。

 百合も笑った。


「名前を聞いていなかったな、恩人。名は?」

「大和だ」

「では大和。私も、牡丹と同じ様に抱くのか?」


 そう言って、大和を見上げる。

 大和は眉根を顰めた。


「素直に抱かれる女には見えねぇな」

「……フフッ、そうか」


 百合は大和に身を預ける。

 完全に信頼したのだ。


「ありがとう。私も、抱かれる男くらい選びたい」

「それでいい」


 大和は頷き、歩きはじめる。

 刹那である。

 背後から殺気を感じ取ったのは──


「お?」


 大和は背後に左手を突き出し、そして間抜けな声をあげた。


 理由は二つ。

 一つ目は初撃を見切れなかったこと。

 二つ目は最後の一撃で二の腕の内側を深く斬られたことだ。


「……ふむ」


 大和は血が噴き出る二の腕を見つめる。

 綺麗に急所(動脈)を斬られている。

 並の腕前ではない。


 そも、大和の肉体は世界最高峰の強度を誇っている。

 超新星爆発の直撃を受けても掠り傷一つ負わないほどだ。


 それを、斬った。


 大和は感心する。

 百合は血が噴き出る大和の腕を見て目を丸めた。


「大和!? その傷は!?」

「問題ねぇ。掠り傷だ」


 大和の言う通り、傷は瞬く間に塞がる。

 大和は振り返ると、その灰色の三白眼を細めた。


「血を流したのは何年ぶりだ? 不意打ちとはいえ、やるじゃねぇか。吹雪」


 大和に傷を負わせた存在は、微笑みながら得物を振り払う。

 その得物は鋒双刃(きっさきもろは)造りの日本刀だった。

 刃紋は不気味な蛙子丁子(かわずこちょうじ)


 純白のダブルスーツの上から同色のロングコートを羽織った絶世の美男──


 吹雪款月(ふぶきかんげつ)


 人外の剣客集団「斑鳩(いかるが)」を纏め上げる頭目であり、世界最強の剣士たち『天下五剣』の一角を担う剣豪だ。


 彼の微笑に対して、大和は笑顔で応じた。



 ◆◆



 大和たちを取り囲んだ妖剣士たち。

 吹雪の部下だ。

 百合は身体を強張らせるが、大和は気にせず聞く。


「まさかお前が関わってくるとはな。……ああ、さっきのはお前の部下か?」

「如何にも。しかしあの者は愛を謳い朽ちた。拙者に仇討ちなどと言う権利は無いでござる」

「なら、何故俺に刃を?」

「愚問──世界最強の武術家と死合えるこの機会、見逃すにはあまりにも惜しい」

「……そうかぁ。そういう展開になるかぁ」


 大和は何故か、嬉しそうに笑っていた。


 百合は違和感を覚える。

 この状況で、嬉しそうに笑う意味がわからない。


 だが同時に、一種の焦がれを覚えた。


 百合は困惑する。

 困惑したまま、大和に下ろされた。


「離れろ。周りの奴らと同じ距離を保て」

「だが大和……! それでは私が!」

「足手まといになる、ってか?」

「……!」


 百合は頷く。

 大和は笑った。


「気にすんな。相手はそれが狙いだ」

「……それは、どういう」


 百合の疑問を解消する前に、大和は向き直る。

 そして吹雪に告げた。


「場所も、状況も、実にお前好みだな。ええ? 吹雪よ」

「如何にも。拙者好みの展開にさせて貰った。……護る対象が近くにいるこの状況で、貴殿は本気を出せない」

「まぁ、そうだな」

「純粋な技量勝負でごさる」


 吹雪は深い笑みを浮かべると、剣を構える。


「大和殿。剣と剣での死合(しあい)を所望する。よもや、卑怯とは言うまい?」


 吹雪の誘い方は、実に巧妙だった。

 大和の隠された激情を刺激する、まるで甘美な果実の様であった。


 大和は腰に帯びた大太刀を抜き放つと、嗤う。


「卑怯? 馬鹿が。殺し合いに卑怯も糞もあるかよ。……やろうぜ、吹雪」


 その笑みは暗く、冷たかった。

 横から見ていた百合は、不意にときめいてしまった。


 修羅たちが相対する。

 世界最強の武術家と世界最強の剣客の死闘が、ここに開幕した。



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