六話「吹雪款月」
性の熱にうなされながら、百合は目を覚ました。
自分を抱きかかえる逞しいナニカ……
それが腕であり、その主を理解した瞬間、百合は全身の力を抜いた。
ほぅと息をつき、視線を上げる。
頼もしい益荒男の顔があった。
「目、覚ましたか」
「……誰だか知らぬが、礼を言う。ありがとう」
「礼なら牡丹に言え」
「牡丹……」
百合は呆然と呟く。
次に大和の胸板に顔を埋めた。
「……牡丹の匂いがする。そういう事か」
「察しがいいな」
大和は目を丸めた。
百合は皮肉な笑みを浮かべる。
「アレならそういう方法を取る。わかるんだよ」
「ククッ。そういう関係、嫌いじゃないぜ」
大和は笑う。
百合も笑った。
「名前を聞いていなかったな、恩人。名は?」
「大和だ」
「では大和。私も、牡丹と同じ様に抱くのか?」
そう言って、大和を見上げる。
大和は眉根を顰めた。
「素直に抱かれる女には見えねぇな」
「……フフッ、そうか」
百合は大和に身を預ける。
完全に信頼したのだ。
「ありがとう。私も、抱かれる男くらい選びたい」
「それでいい」
大和は頷き、歩きはじめる。
刹那である。
背後から殺気を感じ取ったのは──
「お?」
大和は背後に左手を突き出し、そして間抜けな声をあげた。
理由は二つ。
一つ目は初撃を見切れなかったこと。
二つ目は最後の一撃で二の腕の内側を深く斬られたことだ。
「……ふむ」
大和は血が噴き出る二の腕を見つめる。
綺麗に急所を斬られている。
並の腕前ではない。
そも、大和の肉体は世界最高峰の強度を誇っている。
超新星爆発の直撃を受けても掠り傷一つ負わないほどだ。
それを、斬った。
大和は感心する。
百合は血が噴き出る大和の腕を見て目を丸めた。
「大和!? その傷は!?」
「問題ねぇ。掠り傷だ」
大和の言う通り、傷は瞬く間に塞がる。
大和は振り返ると、その灰色の三白眼を細めた。
「血を流したのは何年ぶりだ? 不意打ちとはいえ、やるじゃねぇか。吹雪」
大和に傷を負わせた存在は、微笑みながら得物を振り払う。
その得物は鋒双刃造りの日本刀だった。
刃紋は不気味な蛙子丁子。
純白のダブルスーツの上から同色のロングコートを羽織った絶世の美男──
吹雪款月。
人外の剣客集団「斑鳩」を纏め上げる頭目であり、世界最強の剣士たち『天下五剣』の一角を担う剣豪だ。
彼の微笑に対して、大和は笑顔で応じた。
◆◆
大和たちを取り囲んだ妖剣士たち。
吹雪の部下だ。
百合は身体を強張らせるが、大和は気にせず聞く。
「まさかお前が関わってくるとはな。……ああ、さっきのはお前の部下か?」
「如何にも。しかしあの者は愛を謳い朽ちた。拙者に仇討ちなどと言う権利は無いでござる」
「なら、何故俺に刃を?」
「愚問──世界最強の武術家と死合えるこの機会、見逃すにはあまりにも惜しい」
「……そうかぁ。そういう展開になるかぁ」
大和は何故か、嬉しそうに笑っていた。
百合は違和感を覚える。
この状況で、嬉しそうに笑う意味がわからない。
だが同時に、一種の焦がれを覚えた。
百合は困惑する。
困惑したまま、大和に下ろされた。
「離れろ。周りの奴らと同じ距離を保て」
「だが大和……! それでは私が!」
「足手まといになる、ってか?」
「……!」
百合は頷く。
大和は笑った。
「気にすんな。相手はそれが狙いだ」
「……それは、どういう」
百合の疑問を解消する前に、大和は向き直る。
そして吹雪に告げた。
「場所も、状況も、実にお前好みだな。ええ? 吹雪よ」
「如何にも。拙者好みの展開にさせて貰った。……護る対象が近くにいるこの状況で、貴殿は本気を出せない」
「まぁ、そうだな」
「純粋な技量勝負でごさる」
吹雪は深い笑みを浮かべると、剣を構える。
「大和殿。剣と剣での死合を所望する。よもや、卑怯とは言うまい?」
吹雪の誘い方は、実に巧妙だった。
大和の隠された激情を刺激する、まるで甘美な果実の様であった。
大和は腰に帯びた大太刀を抜き放つと、嗤う。
「卑怯? 馬鹿が。殺し合いに卑怯も糞もあるかよ。……やろうぜ、吹雪」
その笑みは暗く、冷たかった。
横から見ていた百合は、不意にときめいてしまった。
修羅たちが相対する。
世界最強の武術家と世界最強の剣客の死闘が、ここに開幕した。




