一話「妨害屋」
犯罪者の楽園、悪徳の都、現世の魔界。
その名も魔界都市。
中央区の大通りを平然と歩く1人の少女がいた。
住民たちは奇異の目を向けるが、次には肩を竦めて通り過ぎる。
何だ、この娘も「住民」かと。
「お腹が空きました……」
少女は黒い兎耳が付いたフードを上げる。
可憐な美少女だ。年齢は十代前半ほど。
濃い色合いの金髪がなびく。灰色の双眸が眼鏡の奥で輝いた。
少女はゲートの前で止まる。
世界最強の傭兵が経営する大衆酒場だ。
少女はここの常連だった。
中に入ると大いに賑わっている。
豪快に酒を飲んでいる傭兵たち。妖怪や獣人、亜人など。
少女は遊んでいる妖精たちにお願いしてその上を滑空する。
そうしてカウンター席まで辿りついた。
妖精たちにお礼を言うと、ぴょんと席に飛び乗る。
そして手をあげた。
「ネメアさん、お腹が空きました。何時ものお願いします」
「ん……黒兎か。何時ものでいいんだな?」
「はい」
新聞から視線を外した金髪の偉丈夫、ネメアは立ち上がる。
厨房に入っていく彼を見届けながら、少女──黒兎はソワソワと肩を揺らしていた。
ほどなくして、ネメアが料理を持ってやって来る。
「ほれ、天ぷらうどん大盛りに野菜ジュース」
特大のえび天が二尾、豪快に乗った温かいうどんだ。
飲み物は果汁入りの栄養満点野菜ジュース。
黒兎は灰色の瞳を輝かせると、箸を持ち、頭を下げる。
「いただきます」
行儀よく、しかし瞬く間に平らげると、野菜ジュースを飲み干す。
最後にパチンと両手を合わせた。
「ごちそう様でした」
「おそまつ様でした」
ネメアは受け取りながら笑う。
「お代はアイツに付けておく」
「本当にいいのですか?」
「ああ、お前は気にするな」
「……ありがとうございます」
微笑む黒兎。
ネメアは口元に野菜ジュースが付いているのに気付き、ハンカチで拭いてやる。
黒兎は警戒せずに受け止めた。
「……ありがとうございます」
「気にするな」
微笑むネメア。
黒兎はおもむろに彼の手を見つめた。
「……ネメアさん。何時もの、お願いしてもいいですか?」
「ん? ……ああ」
ネメアは黒兎の頭を優しく撫でる。
黒兎は気持ち良さそうに目を細めた。
「やっぱり気持ちいいです。ネメアさんの手は魔法の手です」
「そうか」
ふと、黒兎の前に三毛猫が現れた。
二足歩行の浴衣を着た猫又だ。
彼は必死に頭を下げる。
「お嬢ぉぉぉ!! 助けてくだせぇぇぇ!! お嬢しか頼れる御方がいねぇぇぇ!!」
「……落ち着いてください。ミケさん」
一波乱あるようだ。
◆◆
ミケは情報屋である。
多種多様な情報を正確に、且つ最速でお客様に届けることを信条としていた。
「……なるほど、魔界都市を脱出したい客人がいる手前、最短ルートと用心棒を紹介したものの、追手の殺し屋が尋常では無いと」
「そうです!! 追手があの、あの大和の旦那なんです!! まさかこんな小さい仕事に入り込んでくるなんて!! 完全に予想外で!!」
ミケはだみ声を上げながら頭を抱える。
ネメアはため息を吐いた。
「アイツは筋さえ通っていればどんな仕事でも受ける。今回は諦めたらどうだ?」
「そうはいかないんです! あっしも商売人だ! ミスした手前、そのままとはいかねぇ!」
ミケは黒兎に深く頭を下げる。
「お願いしやすお嬢! お嬢の力を貸してくだせぇ! 2分でいい! 大和の旦那を足止めして欲しいんです!」
ミケのお願いに、ネメアが顔を顰めた。
「ミケ。お前、大和とこの子の関係を知って言っているのか?」
「勿論でさぁ!」
「お前──」
怒気があふれ出る。
ミケは跳び上がった。
酒場にいた客人たちも静まり返る。
傭兵王の逆鱗に触れてしまい、怯えるミケ。
そんな彼を庇う様に黒兎は抱きかかえた。
「怒らないでください、ネメアさん」
「しかし……」
「私は妨害屋。殺し屋や傭兵を邪魔するのが仕事です。それに、困っているミケさんを放っておけません」
「お嬢ぉぉッ……!!」
泣きつくミケをよしよしと撫でる黒兎。
ネメアの表情は依然険しかった。
立ち上がり踵を返す黒兎に、彼は言う。
「危なかったら連絡しろ。すぐに行く」
「大丈夫ですよネメアさん。私、強いですから。それに、あの人のことはよく知ってます」
実の父親ですからね──
そう言って酒場を出ていく。
デスシティ特有の職業──妨害屋。
中でも随一の実力者である彼女は、世界最強の殺し屋の娘だった。




