十二話「焔の如く」
大和が紫煙をふかしていると、斬魔とえりあがやって来た。
斬魔は大和に怒鳴り声をあげる。
「少しは加減しろ!! 死ぬかと思ったわ!!」
「ハッ! ボロボロじゃねぇか! 大丈夫かよ!」
「うるせぇ!!」
えりあはため息を吐く。
そして大和に聞いた。
「終わったの?」
「ああ、アレだろう?」
大和は消し炭になりかけている天使教の幹部を指す。
えりあは冷たい視線を送った。
「まだ死んでないわね……よかった。色々と聞きたいことがあるから」
「おー、こわ」
大和は肩を竦めると、斬魔の前までやって来る。
全身を確認した。
「なんだよ……」
「ジッとしてろ」
人差し指で斬魔の胸を突く。
「いってぇぇぇ!! 何すんだよ!!」
「動けるか?」
「……!?」
あばらを含め、数ヵ所は骨折していた筈だが──最早痛みすらない。
「経穴を突いて気を整えた。応急処置だから後でちゃんと医者に診てもらえよ」
「仙人かお前は!!」
「武術は医術に通じるんだよーん」
大和は落書きみたいな顔でヘラヘラ笑う。
唐突に、えりあが二丁拳銃を取り出した。
大和と斬魔は何事かと振り返る。
天使教の幹部が意識を取り戻していた。
霊子型ナノマシンの回復力が仇となったのだろう。
人型の消し炭が怒りの咆哮を上げる。
「おのれェっ、おのれおのれおのれェェェェ!!!! よくもッ!!!! この私を!!!! 地に這わせてくれたなァ!!!! 万死に値するぞ殺し屋ァァッ!!!!」
のたうち回る。
四肢が焼き溶け、立ち上がることもできないのだ。
「私は天使教の幹部だぞ!!!! 新人類の導き手となる崇高な存在なのだぞ!!!! それを貴様ァァァァッ!!!!」
「ハァ……」
大和は侮蔑と哀れみの視線を向ける。
こうも典型的だと笑うことすらできない。
そんな幹部の身に突如として異変が起きた。
右肩の肉が膨張し、弾ける。
次に腹が裂けた。溢れ出た内臓には魚のヒレや虫の足がワシャワシャと生えている。
幹部は絶望した。
この症状を、彼はよく知っていた。
「そ、そんな……ッッ、よりによってこの私がッ!! 何故だァァァァッッ!!!!」
霊子型ナノマシンの暴走──天使病。
膨張し、口も塞がれ、ただのバケモノに成り果てていく幹部に、大和たちは吐き捨てた。
「傲慢だろ」
「傲慢だな」
「傲慢ね」
七つの大罪の一つ、傲慢。
歪んだプライドが発症の引き金となったのだ。
ロンドンに残っている霊子型ナノマシンが一点に収束する。
とんでもない怪物が生まれようとしていた。
◆◆
穢れた太陽が空に浮かぶ。
触手をフレアの如く伸縮させ、目玉を黒点の如く明滅させている。
羽を生やし、角を生やし、腕を生やし、脚を生やした、全長500メートルを超える肉塊。
それが、ロンドンの上空に浮遊していた。
「でけぇ……」
斬魔は思わず呟く。
えりあも冷や汗をかいていた。
「最下級だが純天使クラスか?」
大和は顎を擦ると、二人に聞く。
「どうする? お前らには厳しい相手だ。俺が倒してやろうか?」
斬魔とえりあは顔を見合わせた。
次には笑う。
「冗談はよせよ」
「わたしたちは天使殺戮士」
「天使病の患者は必ず殺す」
「それが、わたしたちの唯一絶対の使命だから」
両脇を通り過ぎる二人。
大和は笑った。
期待通りだったのだろう。
二人の背を叩く。
「ならサポートしてやるよ」
「どうするの?」
「アレは天使の羽衣を重ねて展開してる。お前らにアレを突破するのは難しいだろう」
二人は巨大患者を注視する。
神聖文字の障壁が幾重にも展開されていた。
ジークが纏っていたものと同じだが、密度も枚数も段違いである。
「俺がアレをぶち抜く」
「できるのか?」
「任せとけ」
「OK」
「わかったわ」
二人は頷き、大和の両サイドに移動する。
大和は異空間から得物を取り出した。
己の身長以上ある強弓である。
大和の得物は全て世界一の鍛冶師、百目鬼村正が手掛けた一品だ。
この弓もそう。
五人張りの強弓である。
しかもただの五人張りでは無い。
怪力自慢の巨人族による五人張りだ。
矢をつがえ、優々と弦を引く。
世界樹の木で製造された本体が圧力で軋みを上げる。
巨大患者が反応した。
100本を超える触手を大和に飛ばす。
しかし、斬魔とえりあが蹴散らした。
抜刀術で斬り伏せ、銃撃で爆散させる。
大和は吼えた。
「いくぞ!! 準備しろ!!」
二人は頷き、構える。
大和は矢を放った。
全力で手加減しても星を消し飛ばし、銀河を貫いてしまう必滅の一矢。
かつて「万象穿つ」と魔王から絶賛された、「武神」の二つ名の所以。
《神穿ちの矢》
何人たりともこの一撃を防ぐことはできない。
避けることもできない。
放たれた時点で、既に対象は穿たれている。
幾重にも展開されたエンジェルベールも意味を成さない。
身体の半分を消し飛ばされた巨大患者。その中心部に、幹部だった男で形成された核があった。
天使殺戮士たちが躍り出る。
えりあの「祝福儀礼済み劣化ウラン弾」が躍動する肉を抑え、回復を許さない。
隠せない核、その前に現れた漆黒の美青年。
愛刀「羽根落とし」を鞘から放つ。
銀光一閃。
万魔を断つ斬撃は、そのまま核を両断する──筈だった。
「!!」
苦し紛れの一枚のエンジェルベール。
神聖文字が刃を阻む。
「クソったれ……!!」
己では決して断ち切れない聖域の顕現だ。
いくら腕に力を込めても刃が進まない。
焦燥する斬魔に、何者かが囁きかける。
『負けるな。お前はオレたちの希望──天使殺戮士だろう』
「!!」
『俺の魂は偽りの神聖を断ち切る。信じろ──』
斬魔は笑う。
今は亡き友の声が確かに聞こえた。
「……ああ、信じるぜ!! ジークっ!!」
斬魔の愛刀「羽根落とし」の乱れ刃が揺れる。
焔を纏った刃はエンジェルベールを断ち切った。
断末魔の悲鳴が響き渡る。
肉が崩れ、骨が溶けていく。
偽りの太陽が沈んでゆく。
曇天が晴れ、陽光が顔を覗かせた。
遠くから一部始終を見ていた大和は嬉しそうに笑っていた。




