九話「斬魔VSジーク」
斬魔の一閃が煌めく。
ジークは両翼を羽ばたかせ、ロンドンの空を飛翔していた。
超高速戦闘。
空から立体的に攻めてくるジークに斬魔は追い立てられている。
ジークは両翼を力強く薙ぎ、その力を用いて抜刀した。
斬魔はロングコートを翻しつつ躱すが、追撃の紅蓮の焔が迫る。
続けて紫電一閃。狙いは斬魔の足元だ。
「うおっ!?」
足場と共に体勢が崩れた瞬間、目の前に現れたジークが渾身の抜刀を放つ。
地に足付かない斬魔は避けることもできず、鞘でガードする。
「チィ……ッ」
元々、ジークは斬魔と同等の抜刀術士。
その腕が天使病に感染しても落ちていない。
それどころか、天使病の力が加わって更に上がっている。
斬魔は跳躍し、抜刀。
ジークの首を最短で跳ばそうとする。
が、白刃が止まる。
青い火花と燐光が散った。
神聖文字で描かれた障壁が刃を弾いている。
「チィ……!!」
斬魔は舌打ちしつつ、鞘との二刀流で乱撃を繰り出した。
暗黒天に剣戟の花火が散る。
一瞬で数百の剣戟を交えるが、競り勝ったジークが翼で叩き落とす。
辺り一帯に轟音が響き渡る。
瓦礫の上に落下した斬魔は、思わず弱音を吐いた。
「キツいぜ……」
斬魔は大和の様な規格外の超人ではない。
限界というものがある。
彼は空中で浮遊しているジークを見て、複雑な表情をした。
「……馬鹿野郎が」
ペッと血を吐き出し、立ち上がる。
そしてジークに切っ先を向けた。
「……斬ってやるよ、絶対にな」
返ってくる答えはない。
斬魔は長刀を振るい、再度跳躍した。
◆◆
ジークは正統な武術を修めた武芸者だった。
武術の名は「鹿島神流・裏の型、『迦具土』」
日本で最も歴史のある武術、鹿島神流。
中でも極一部の者にしか継承されない裏の型。
迦具土は古事記に登場する焔の神。
鹿島神宮が崇拝する建御雷の親である。
迦具土の型は抜刀術でありながら方術で雷火を操る。
霊的存在を意識した、極めて実戦的な武術だ。
ジークは天才では無いが秀才だった。
誰よりも勉強し、誰よりも鍛錬し───そうして強くなった。
同期である斬魔とは競い合い互いを高め合うライバルだった。
ロンドンの象徴とも言える時計塔、ビックベンの羅針盤に斬魔は打ち付けられる。
黒鞘でガードしたものの、ビッグベンに亀裂を奔らせるほどの衝撃だ。
「く、そ……ッ!!」
斬魔は唇に血を滲ませながらも塔の側面に立つ。
純白の羽を舞い散らし、ジークが赤熱化した刃を振り下ろした。
斬魔は渾身の打ち上げで応じる。
空気が爆発する。
生まれた余波は分厚い曇天をも切り裂いた。
ビッグベンに更なる亀裂が奔る。
斬魔は足場を確保するために地上を目指した。
そうはさせないとジークは翼を畳み急降下する。
斬魔は飛来する瓦礫に飛び乗り、巧みに追撃を躱す。
痺れを切らしたジークが抜刀の構えをとる。
とんでもない圧がかかった。
「ヤベッ!!」
斬魔は瓦礫に飛び移り、一度ビックベンから離れる。
瞬間、爆光が放たれた。
熱線とも言える斬撃がロンドンを両断する。
地面を焼き切り、地平線まで斬線を届かせる。
ロンドンの外にまで被害が及ぶ、規格外の一撃だ。
斬魔はいくつかの瓦礫を蹴って飛ばす。
しかし神聖文字で描かれた障壁に阻まれた。
天使の羽衣。
神聖文字で編まれたこの結界は、天使にのみ展開することが許された聖域の顕現。
絶対防御の一種であり、かつて天使が畏れられた最たる所以だ。
神代の時代、これを正面から破った男がいたといわれているが、真偽は定かではない。
ジークから渾身の蹴りを貰い、地面に叩き落される。
あまりの衝撃に地面を削りながら飛び、瓦礫に衝突した。
「グァ、ッ……!!」
咄嗟に鉄鞘でガードしたものの、内臓をグチャグチャにされた。
肋骨も数本へし折れる。
「視界が霞んできやがった……っ」
美しい顔が歪み、蒼白色になる。
朧げな視界の中で、何とか頭上を見上げる。
かつてのライバルが、自分を悲しそうに見下ろしていた。
(天使殺戮士の選別、いよいよ明日かぁ。やっぱり相棒は可愛い女の子がいいなぁ♪ こう金髪で、ボンキュッボンのボインちゃんでよぉ)
(そんな事より制服を着崩すな。何時も言っているだろう。身嗜みは整えろ。オマエは天使殺戮士に選ばれたのだから)
「……ハッ」
半死半生で、友と過ごした日々が脳裏に過った。
その時、空中に佇むジークが雄叫びを上げる。
胸元の逆十字の刀傷を掻き毟った。
まるで訴えかける様に……
早く殺してくれ。
オレを開放してくれ。
斬魔はハッと目を見開いた。
「ッッ」
斬魔は鉄鞘を地面に突き付け、立ち上がる。
何度もよろけながらも重心を定める。
荒く息を吐きながら、抜刀の構えを取った。
上空に佇んでいるジークも応じる様に身を屈め、抜刀の構えを取る。
次の一撃で決まる。
先に動いたのはジークだった。
立っているのがやっとな斬魔に容赦なく襲いかかる。
神刀「迦具土」が電磁波を纏う。
鞘と刀身の間で磁気反発が起こり、光速の抜剣を生む。
雷光一閃。
生前のジークの必殺技「雷切」が、更なる威力で放たれた。
一方、斬魔は脱力していた。
全身の筋肉を熟睡時と同等レベルに弛緩させている。
そこから繰り出される、一切無駄のない動き。
人間が光速に対応できる筈がなく、故に予め動く。
抜刀の姿勢をそのままに屈み、雷切を避ける。
刃が背中を通り過ぎた瞬間、回転して弾き出した。
万分の一の正確さ。
ジークの刃は弧を描き、胸の刀傷に深々と突き刺さる。
斬魔、起死回生の一手。
空前絶後のカウンター。
『オオオオオオオッ!!!!』
ジークは雄叫びを上げながら胸を抑える。
身の内から焔で焼かれ、霊子型ナノマシンが崩れていく。
天使病の再生力も発揮できていない。
「天使病になっても、お節介野郎みてぇだな……ッ」
ジークが胸の傷を掻き毟ったからこそ思いついた。
胸元にだけはエンジェルベールが展開されていなかったのだ。
斬魔は枯れた声で叫ぶ。
「堕とすぜッ、羽根落とし……!!」
斬魔の得物の銘。
銀光一閃。
ジークの肩から腰にかけて袈裟斬りの線が奔る。
時が止まった。
大時鐘が打ち鳴らされる。
先にビックベンがズレた。
重厚な音を響かせ二つになる。
次にジークが鮮血を迸らせて地に落ちた。
かつてのライバル同士の決着が、ここについた。
◆◆
斬魔は鉄鞘を杖代わりに歩み寄る。
袈裟斬りで両断された天使の胴体は再生の兆しを見せない。
瓦礫の上で横たわるジークは、実に穏やかな表情をしていた。
その碧眼に灯る光は、かつての友のものだ。
「今、楽にしてやっからな……ッ」
ライバルだから、親友だから、早く楽にしてやりたい。
斬魔は片膝を付き、ジークの首筋に刃をあてる。
すると、ジークが震えた手で斬魔の長刀を握った。
ジークの胸を貫いていた神刀「迦具土」が炎に包まれ消える。
同時に斬魔の得物、羽落としの波紋が流麗な乱れ刃に変化した。
その波紋は、ジークの正義を貫いた激しい生き様を表しているかのようだった。
ジークは最後に斬魔の襟に手を向ける。
そして、乱れた襟元を整えてやった。
『……何時も……言っているだろう。身嗜みは……整えろ。……オマエは……天使……殺戮士……なのだから…………』
それを最期に、ジークは羽に変わっていった。
全身が純白の羽になり、風に乗って行く。
斬魔は唇を噛み締めた。
その頬に一筋の涙が伝う。
「馬鹿野郎……ッ」




