八話「再会」
輪廻は白手袋に包まれた指先で疑似天使病の患者の肉片を観察する。
片眼鏡から幾重にも魔法陣を展開し、今回の天使病の原理を高速で解明していく。
「なるほど……呪術と黒魔術を用いておるのか。完全にはわからんが、術式さえわかれば何とかなるじゃろう」
肉片を置いて術式を編む。
そして呪文を唱えた。
「解呪」
その言葉に、ロンドンにいたほぼ全ての天使病患者が反応した。
飛翔する異形天使が動きをとめ、地上で暴れていた触手がピンと伸びる。
次には自壊した。
数十万もの天使病患者が悲鳴を上げることなく滅びてゆく。
輪廻は疑似天使病を構築する呪術と黒魔術の一部を解除したのだ。
輪廻の師は大和と同じく、死の戦女神であり極西最強の邪神バロール。
彼女の元で原初のルーンを学んだ輪廻は魔術のエキスパートだ。
知識、腕前共に黄金祭壇の魔導師たちと遜色ない。
「何人か解呪を逃れた奴がおるな。元々天使病になる素質があったのか、それとも……」
考えるのも程々に、大和と天使殺戮士たちに視線を向ける。
そして柔和な笑みを浮かべた。
「まぁ、大丈夫じゃろう。兄弟子殿がおるのじゃからな」
◆◆
ロンドンにいる殆どの天使病患者が肉塊に成り果てる。
崩壊して得体の知れない液体と化していく。
大和は自慢気に笑った。
「ほんと、いい女だよお前は」
斬魔とえりあは何事かと首を傾げていた。
「何したんだよ?」
「知り合いに助けてもらった。ソイツが天使病の患者たちを自滅させたのさ」
「全員か?」
「いいや、強い気配が残ってる。まだ戦いは終わってねぇ」
大和の言葉に二人は改めて気を引き締める。
「元凶を直接叩きに行くぞ」
「おう」
「わかった」
大和の背に続く。
廃都と化したロンドンを進んでいると、大和が立ち止まった。
「なんか来るな」
続けて言う。
「結構な使い手だ。注意しな」
それは武術家の直感なのだろう。
二人は大和が見据える方向に視線を向ける。
熱風を裂き、三名の眼前で翼を広げた異形の天使。
おそらく天使病の患者なのだろう。
その身は純白の翼で覆われていた。
まるで穢れた身を隠す様に、その身の殆どを覆っている。
斬魔とえりあは険しい表情になった。
「何だ、あの患者は……」
「初めて見るタイプね」
既に得物を構えている。
天使病の患者は総じて醜い容姿をしている。
それが当然であり、故に美しい筈はなかった。
しかし、眼前の患者は美しかった。
まるで本物の天使の様だった。
患者は双翼を広げる。
純白の羽が舞い落ち、胸元が露わになる。
その胸には逆十字の深い刀傷が刻まれていた。
そして手元に現れた見事な拵えの大太刀。
黄金と黒金で塗装された黒鞘──
「そんな、キミは……ッ」
頭部から無数に生えた羽根が展開し、端正な顔が顕になる。
口元は外殻の様なマスクに覆われているが、その容貌──見間違える筈がない。
驚愕しているえりあとは対照的に、斬魔は苦笑いをしていた。
それは、目の前の現実を受け止められない時にでるものだった。
「何やってんだよ……ジークっ」
腐れ縁でありライバルだった男に向かい、斬魔は震えた声で言った。
◆◆
「何だ、知り合いか?」
大和は二人に聞く。
返答はない。
そんな余裕がなかった。
斬魔は一歩前に出る。
漆黒のロングコートを靡かせ、二人に言った。
「わりぃ、先に行っててくれ。コイツは俺がやる」
「「……」」
大和とえりあは視線を合わせる。
「なら任せるぜ」
「絶対に追いついてきなさい」
「ああ」
斬魔は振り返らずに片手を上げる。
例の患者──ジークは動かない。
ただ静かに、その碧眼で斬魔を見つめていた。
斬魔は抜刀の構えを取る。
「待ってろ……すぐに楽にしてやる」
◆◆
「彼はジーク。同じプロテスタントのエージェントで、斬魔の親友よ」
「そうか」
大和はなんとも言えない顔をする。
えりあは続けた。
「斬魔とは真逆の性格でね。よく喧嘩してた。傍から見れば世話焼き女房みたいで、微笑ましかった」
「……」
「天使殺戮士になれる資格があったのに、自分の正義と相容れないからと辞退した。……とても高貴な人」
えりあは目を伏せる。
思うことが多いのだろう。
大和は歩きながら言った。
「なら、尚更倒さねぇとな」
「……」
「そうだろう?」
「……そうね」
えりあは目を閉じる。
心の中でジークに祈りを捧げた。
どうか安らかな死を……
瓦礫が広がる道を歩いていると、敵対者が現れる。
溢れんばかりの殺意と狂気を向けてきた。
「アハハ♪ きたきた♪ しかも情報通り、大和様がいるじゃ~ん♪ いや~ん興奮しちゃう~♪」
金色のメッシュが入った黒髪。
缶バッジまみれの革ジャンにローライズのホットパンツ。
両手に携えた禍々しい二丁拳銃。
大和は露骨に嫌そうな顔をした。
「サーシュ……厄介なのが出てきたな」
「知り合い?」
「タチの悪いストーカーだ」
「そう」
「デスシティでA級の殺し屋だ。実力は申し分ねぇ」
えりあが一歩前に出る。
「わたしがやるわ」
「お前じゃキツい相手だぞ」
「大丈夫、わたしは死なない」
えりあは大和の目を見る。
大和はわかったと頷いた。
「任せるぜ」
「ええ。キミと斬魔をサポートするのがわたしの役目だから」
えりあは左腕の紅い腕章を引き上げる。
天使殺戮士の補佐の証。
えりあの矜持がそこにはあった。
離れていく大和に、サーシュは悩まし気な視線を送る。
「あ~ん、大和様行っちゃった……でもまっ、嬲り甲斐のありそうな子が残ってくれたから、よしとしましょ♪」
ただでさえ際どい胸元をはだけさせるサーシュ。
えりあは無表情で愛銃、「DanseMacabre」を構えた。
◆◆
大英博物館の前あたりで──
漆黒の法衣を着た男が大和に立ち塞がる。
天使教の幹部だ。
「天使殺戮士が来ると思っていたが……貴様が来るとはな。世界最強の殺し屋──大和」
「テメェが元凶か?」
「その通り」
大和はグルグルと肩を回す
「わかった。ま、残り物同士仲良くやろうぜ」
「私が残り物だと? 傲慢な男だ」
「ほざいてろよ」
大和の頬に剛拳が迫る。
まるで瞬間移動したかのような速さだった。
轟音。大和は100メートル近い距離を飛ばされる。
幹部は右拳を掲げた。
その額には病的なまでに青筋が立っている。
上半身の筋肉は異常なほど肥大化していた。
肉体に霊子型ナノマシンを直接注入して驚異的な力を得ているのだ。
ナノマシンの暴走を歪んだ信仰心で抑えている。
幹部は嗤った。
「あまり油断しないほうがいいぞ。今の私は御使いの加護を授かっているのだ」
土煙から出てきた大和は白煙の上がる頬を撫でる。
そして遠くにいる幹部に笑いかけた。
「少しはやりそうだな」
魔都ロンドンで、それぞれの戦いが始まろうとしていた。




