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〜Past Glory〜  作者: パイナップルの妖精
外伝「天使伝」
33/58

六話「災禍の知らせ」


 大和は煙草を下駄の裏で踏みながら言う。


「流石に助けに行くか」

「待て、兄弟子殿」

「なんだ」

「やりよるぞ。天使殺戮士の奴ら」


 輪廻の言葉を聞いて、大和は目を見開く


「マジか」

「ふふふっ」


 クスクスと笑う輪廻。

 彼女は転移用の魔法陣を作り中に入ると、大和に手を振った。


「ではな、兄弟子殿。今度酒でも飲もう。二人きりでな」

「サンキューな、いい酒を奢らせてくれ」

「朝までコースじゃからな」


 輪廻はウィンクをしながら消えていった。



 ◆◆



 暁の演奏場から脱出した斬魔とえりあは、次元の狭間から飛び出る形で現実世界へと戻って来た。


 そんな二人を出迎えたのは大和だ。


「やるじゃねぇか、お前ら」


 えりあは唇を尖らせる。


「……助けに来てくれてもよかったんじゃない?」

「流石に行くつもりだったぜ。ただ」

「ただ?」

「拐われる度に助けないといけないか?」

「……」

「ある程度の実力がないと困るぜ。俺一人でよくなる」

「何も言えないわね」


 自分たちの実力不足を押し付けるのはよくない。

 納得するしかなかった。


 大和はもう片方の美男に視線を落とす。

 顔面を凹ませて痙攣していた。


「前が見えねェ」


 折角の顔が台無しである。


「大丈夫か? それ」

「ええ、少しお灸を据えただけよ」

「なるほど」


 大和は苦笑する。

 ついでにえりあの表情や服の汚れを見て提案した。


「休憩するか? 数時間程度ならいいぜ」

「大丈夫よ、このまま任務を続けましょう」

「なら行こう」


 えりあは頷き、大和の背に付いて行く。

 未だ痙攣中の斬魔を引き摺りながら。



 ◆◆



 しばらく歩いているとえりあのスマホが鳴る。


「……!」


 大和と斬魔は何事かと首を傾げた。


「こちらえりあ」

『単刀直入に告げる。緊急事態だ。すぐに現場に向かってほしい』

「何事?」


 告げられた内容は、予想を大きく上回るものだった。



『イギリスの首都、ロンドンが件の疑似天使病の患者で溢れかえっている。現在、ロンドンは地獄の鍋の底の様な有り様だ』



 それは、災禍の始まりだった。

 人類史上稀に見る生物災害(バイオハザード)が、表世界で引き起こされていた。



 ◆◆



 イギリスの首都、ロンドン。

 欧州最大の面積を誇るこの都市は明るく平和で、活気に満ちていた。


 しかし今は反転し、地獄と化している。

 断末魔の悲鳴が響き渡り、それを掻き消すようにバケモノ共の咆哮が轟く。


 倒壊した建物から燻る黒煙は、やがて災禍の焔に変わった。

 肉と臓物を油にして吹き上がる炎の、なんと汚らわしいことか……


 世界全土が恐慌状態に陥るのは最早時間の問題だろう。


 異形のバケモノが生きる者全てを蹂躙している。

 それらに共通しているのは、純白の羽を生やしているところだ。


 災禍の只中で、懸命に戦っている集団があった。

 制服型の法衣に身を包んだ若者たち。

 プロテスタントに所属しているエージェントたちだ。


 戦況は極めて劣勢。

 幾千幾万と増殖し、波涛の如く押し寄せてくる天使病患者に成す術なく飲まれかけている。


「くぅ……ッ」


 一人の女性隊員が肩を負傷した。

 患者たちが触手の様な肉の鞭を伸ばす。

 その先端は矛のように鋭い。


「避けろ!」


 他の隊員が叫ぶが、傷が疼いて動きが止まる。

 生まれた数秒は致命的。

 少女は避けられないと悟り、目をつむる。


「……ッ」


 遅れてやってきた焔の熱。

 少女は何故か安心してしまう。


 恐る恐る目を開けると、男の背中が映った。

 頼もしい男の背だ。


 少女は歓喜の余り叫ぶ。


「ジーク隊長っ!」


 ジーク──そう呼ばれた男は少女に振り返った。

 年齢は二十代ほど。

 綺麗に整えられた銀髪。リムレスタイプの眼鏡。

 美しい碧眼は鋭いが温かさを秘めている。


「大丈夫ですか?」

「はい!」


 少女は大きく頷く。

 ジークは頷き返すと、彼女たちに背を向けた。


「この場は私が受け持ちます。皆さん撤退を」

「隊長!?」

「何を仰るんですか!! 一緒に!!」


 ジークは再度告げる。


「隊長命令です。撤退しなさい。……君たちは明日のプロテスタントを担う光、失うワケにはいきません」

「それを言うなら隊長だって! 隊長がいなくなったら!」

「そうです!!」


「くどい!!」


「!!」

「逃げなさい……これは命令です」


 振り返らずとも伝わる、必死の決意──

 隊員の一人が、思い切り唇を噛みしめた。


「逃げるぞ」


 他の隊員たちも頷く。

 しかし先ほどの少女は、涙ながらに首を横に振った。


「いやです……ジーク隊長を置いて行けないっ」

「我が儘を言うな!! 行くぞ!! ジーク隊長の決意を無駄にするのか!?」

「ッ」


 迷う少女。

 その手を強引に引き、隊員たちは撤退を始めた。

 少女は大粒の涙をこぼしてジークに手を伸ばす。


「隊長ォっ!!」


 その声に宿る感情を、ジークは察していた。

 しかし振り返らない。


 隊員たちがこの場を離れたことを確認すると、通り過ぎようとする患者を抜刀術で斬り伏せる。


「ここから先へはいかせません」


 ジークは納刀すると同時に身を屈める。

 眼前に群がるのは天使病患者は優に1000を超えていた。


 本来なら数匹でも十分な戦力を投入しなければならない。

 が、今回は違う。


 緊急事態。絶対絶命。

 しかし引けない。

 護らなければならない部下がいる。 守らなければならない矜持がある。


 プロテスタントの牧師、ジークは構えた。

 天使病の患者が、波濤の如く彼に押し寄せた。



 ◆◆




 ジークは羅刹と成った。

 愛刀である「神剣(しんけん)迦具土(かぐつち)」の刃が血糊で赤黒く染まる。


 神速の足捌きで地獄を駆け、天使病の患者を斬り伏せていく。

 抜刀すれば刀身が紅蓮の炎を帯び、剣閃は紫電を伴った。


 討伐数は100を超え、300を超え、500を超えた。

 肉体の限界などとうに過ぎている。

 それでもジークは、計1000体以上もの患者を斬り捨てた。


 しかし、それが限界。

 ジークは片膝を付く。


 漆黒の制服は返り血で染まり、脇腹は食い破られている。

 眼鏡にはヒビが入り、右目の光は失われていた。

 鞘を杖代わりにして何とか堪えている状態だ。


 眼前には万を超える天使病の患者が蠢いていた。

 巨大都市ロンドンの住民の7割以上が天使病に感染した。

 千を斬ったところで、その勢いが衰えることはない。


「あらあらあら~♪ 凄いわね~♪ 一人で天使病の患者をこんなに斬っちゃうなんて♪ 表世界の住民にしておくのは勿体無いわ~♪」


 陽気ながら不気味な声。

 視線を上げると、廃墟の上に異様な女が佇んでいた。


 年齢は二十代ほどか。

 乱雑に伸ばされた黒髪。前髪に金のメッシュ。

 服装は裾の短い上着にローライズのホットパンツ。

 顔立ちは良いものの、不気味な笑みがよく似合う。

 金色の瞳は狂気と殺意で濁り淀んでいた。


「プロテスタントの代表的牧師、「雷光」のジーク殿ではないか……」


 その背後から現れる男性。

 年齢は四十代ほど。

 品良く撫でつけられた金髪と厳かな顔立ち。

 漆黒の法衣を盛り上げる鍛え込まれた肉体が目立つ。


 十字架を食らう双頭の蛇のネックレスを見て、ジークは歯を食いしばった。


「天使教……やはり貴様らか!」


 天使教。

 天使病を自分たちの信仰のために利用する邪悪な教団。

 天使殺戮士とは正反対の存在。

 両者は長年に渡り争いを繰り広げていた。


 幹部はジークを見下ろし嘲笑う。


「何をしても無駄だ。ロンドンは大いなる祝福を受けた。やがて世界中に広がるだろう。世界は一度滅び、そして生まれ変わるのだ」

「世迷い言を……ッ」


 ジークは震える足に喝を入れる。

 そして抜刀の構えをとった。


「貴様らの好きにはさせん……ここで斬り捨てる」


 殺意と、それ以上の決意のこもった眼差しを向けられ、幹部は眉根を顰める。


「……サーシュ」

「はいは~い♪」

「殺してしまいなさい。できうる限り残虐な方法で」

「フフフ♪ りょ~か~い♪」


 サーシュはジークの前に舞い降りると、金眼を卑らしく細めた。


「どう殺そうかな~♪ どう痛めつけようかな~♪ クフフッ♪ その端正な顔がどう歪むのか、とても楽しみよ♪」


 軽快なステップを踏む。 


 眼前で魔女が嗤い、周囲で無数の患者が蠢く。

 最早、万に一つも勝ち目は無い。


(それがどうした……この消えかけの命が明日を生きる者たちの糧になるのなら……ッッ)


 燃やし尽くしてしまえ。

 ジークは金色の柄巻を強く握りしめた。


 脳裏にある男を思い浮かべる。

 軽薄だが、誰よりも信頼している、あの天使殺戮士を──


「後は頼んだぞ、斬魔」


 ジークは大きく跳躍した。

 魔都ロンドンに、極大の雷火が迸った。





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