三話「急襲」
真紅の満月が二人の頭上で不気味に輝いていた。
デスシティに月は現れない。
空は瘴気で覆われている。
「油断してたか?」
「少し」
「俺もだ。クッソ」
斬魔は吐き捨てる。
先程とはいる世界が違う。
デスシティとは全く別の世界に攫われた。
暁に照らし出される西洋風の建物。
足元には数多の白骨が散らばっている。
「美味そうな獲物だ」
「あの青い女は俺がいただく」
「ならあの可愛い坊やは私のものよ」
「ほざくな。二人とも俺のもよだ……」
闇の中で殺気が膨れ上がる。
「ハッ、魔界都市とはよく言ったもんだ」
斬魔は減らず口を叩きながらえりあに聞く。
「なぁ、これはアイツの……大和の仕業だと思うか?」
「わからないわ。ただ……」
「ただ?」
「彼ならわたしたちを直接殺すでしょう」
「確かに」
的確な意見だ。
えりあは濃紺色のロングコートを靡かせる。
そして銀色に淡く輝く自動拳銃を二丁取り出した。
世界最大級の拳銃、デザートイーグルより尚大きい。
全長35センチ、重量12キロ、装弾数8発。
対天使病拳銃「DanseMacabre」。
専用弾は「祝福儀礼済み13mm劣化ウラン弾」。
化け物を殺すために造られた、バケモノのような銃だ。
銃身を彩る薔薇のレリーフは、持ち主がどういう女であるかを暗に物語っている。
斬魔は黒金の長物で肩をトントンと叩いた。
「殺すなよ。患者以外を殺すのは、俺たちにとってタブーだ」
「半殺しなら大丈夫よ」
冷たい返事に、斬魔は苦笑いを浮かべる。
「オーイお前等、逃げるなら今の内だぞー!」
忠告は、無意味だった。
魔界都市の住民たちが躍り出る。
二人を凌辱し尽くさんと迫る。
えりあは表情を崩さず、斬魔は溜息を吐いた。
「忠告はしたぜ。後で泣きべそかいても知らねぇからな」
二人は得物を構えた。
◆◆
斬魔は周囲を見渡す。
敵対者はざっと四十名ほどだ。
人間以外にもオーク、リザードマン、キメラ、獣人など──
重戦車の様なバトルスーツ「VS」も稼働している。
斬魔は余裕の笑みを浮かべていた。
ふと半身を逸らす。
その眼前を巨大な両刃斧が通り過ぎた。
背後から奇襲をしかけてきた男は、見事な気配遮断からは想像もできない巨躯を誇っていた。
風圧で巻き上がった骨が音を立てて溶けていく。
斧に猛毒を中心とした状態異常の魔術を重ねがけしているのだろう。
斬魔は手に持った黒金の長棒で斧の柄をパシンと叩く。
軽い動作だったが、それだけで男はパチンコ玉の様に飛んでいった。
唖然とする住民たちを傍目に斬魔は動き始める。
群がる者たちの肩を足場にし跳躍を重ねる。
まるで壇ノ浦で源義経が披露した八艘跳びだ。
包囲網から脱出した斬魔は、次に遠方に目を光らせる。
魔改造を施された銃器──ハンドガンやアサルトライフルが一斉に火をふいた。
魔術刻印の施された弾丸は放たれた時点で亜光速に達する。
斬魔は魔弾の絨毯を地面スレスレまで上体を反らす事で回避した。
そのままバク転、着地する。
「わぉ」
斬魔は思わず声を漏らす。
一瞬の隙の間に数名の殺し屋に距離を詰められていたからだ。
凶刃が迫り来る。
しかし──
斬魔は高速で殺し屋たちの足を踏み潰した。
立て続けに殺し屋たちの足を踏みつける。
その威力は靴ごと地面にめり込ませる程であり、粉砕骨折は免れない。
殺し屋たちは断末魔の悲鳴を上げて倒れ込んだ。
両足を抱えて転げ回っている。
「死なねぇ程度に手加減してやるから、歯ぁ食いしばれよ!」
そう言って、自分の身長ほどある鉄棒を薙ぎ払う。
背後から迫っていた殺し屋の顎を打ち上げ、手の中で鉄棒を旋回させる。
黒い旋風が吹けばまとめて四、五人が吹き飛んだ。
「ciao♪」
その動き、自由奔放。
その強さ、一騎当千。
百戦錬磨の魔界都市の住民が成す術もない。
ある程度住民たちを一掃した斬魔は鉄棒をクルクル回す。
最後に、慌てている妖物の顔に振り下ろした。
「さて……」
斬魔は振り返る。
彼は重戦車の如きバトルスーツ、VSを見上げた。
「スゲェな。お次はロボットか……」
超重量を支える足の関節部が軋む。
鉄錆とオイルの臭いを撒き散らし、VSはメインウェポンである長剣型のビームサーベルを振り被った。
簡易魔術で小規模の電磁フィールドを確保。それを利用して高密度エネルギーを収束。
結果、超高熱を伴う光の刀剣が完成する。
斬魔はVSの股をスライディングで通り抜ける。
直後に振り下ろされたビームサーベルは大地をバターの如く両断する。
しかし、もう終わっている。
関節部を的確に叩き潰されたVSは、それ以上動くことができなかった。
目にも止まらぬ高速の殴打……
崩れ落ちるVS。
斬魔は住民たちに流し目を向ける。
住民たちは思わず後ずさった。
◆◆
えりあの背後から怪しい男が近寄る。
彼はえりあの、青いロングコートの上からでもわかる肢体を堪能しようとしていた。
抱きつこうとしたその瞬間──男の顔面に鉄塊がめり込む。
巨大拳銃のスライドだ。
見向きもせずに銃を振り上げ、男の顔面を叩き潰したのだ。
「~~~~ッッ!!!!」
えりあの専用拳銃「DanseMacabre」の重量は12キロ。
銃身は鋼鉄よりも硬い特殊合金製。
こんなものを叩きつけられれば顔の骨など容易く砕けてしまう。
生半可な鈍器より凶悪な代物だ。
警戒する他の住民たち。
えりあは二丁拳銃を向ける。
そして両手を上げた。
次の瞬間、えりあが消える。
大砲の如き発砲音と共に距離がゼロになった。
瞬間移動。
その秘密は巨大拳銃の反動にある。
えりあは二丁拳銃を振り下ろし背後に発砲。秘蔵の火薬によって生み出される強力な反動で自身を弾き飛ばしたのだ。
住民たちの中で反応できたのは僅か数名。
対応できた者は皆無。
えりあは跳躍の勢いを全て膝に乗せ、一名の鳩尾を潰す。
骨肉が潰れる嫌な音が響き渡る。
反撃を試みる住民だが、えりあは的確に追撃する。
銃火の舞。
側面を撃てば流れる様に肘鉄に繋がり、二丁同時に放てば高速回転、遠心力のたっぷり乗った回し蹴りが放たれる。
半死人が次々と積み上がる。
二丁拳銃による近接戦闘、バレットアーツの真髄がここにあった。
近距離では駄目──
早々に察した待機組は重火器を構える。
多種多様な銃器を向けられても眉一つ動かさない。
えりあは住民たちとの距離を測ると、前方を薙ぎ払う様に発砲した。
放たれた弾丸は左右六発の計十二発だが、発射音はほぼ一回。
銃弾が曲線を描く。
まるで、発砲される前の薙ぎ払いの影響を受けたように。
曲射──銃の常識を覆す埒外の技術だ。
劣化ウラン弾は住民たちの持っていた銃器を薙ぎ払った。
指や手首を吹っ飛ばされた住民たちは悲鳴を上げて倒れ込む。
えりあは左右共に一発ずつ残った弾倉を惜しみなく排出し、新たな弾倉を銃把に叩き込む。
死傷者0。重傷者はいるが、天使殺戮士の規則上何ら問題は無い。
プロテスタントが誇る魔人たち──その実力は本物だった。
「……彼らのこと、どう思う? 毒蜘蛛」
「そうねぇ。表世界なら強い部類に入るんじゃないかしら。表世界なら、だけど……」
格の違う者たちが、二人を見定めていた。




