二話「天使殺戮士」
ウェスタンドアを押して大衆酒場ゲートへと入る斬魔。
彼はふと、上司の言葉を思い出した。
「今回の任務、同伴者には細心の注意を払いたまえ」
斬魔は不敵に笑いながらから店内を見渡す。
すぐに見つけられた。
音を立てて横の席に座る。
周囲の客は勿論、ネメアも驚いていた。
斬魔は同伴者に話しかける。
「よう、アンタが大和か?」
「そうだ」
「俺は斬魔、よろしくな」
「ああ」
互いに最低限の挨拶を済ませる。
大和は空いているグラスにラムを注ぐと、斬魔の前に置いた。
「飲むか?」
「マジで? いただきぃ♪」
嬉しそうにグラスを呷る。
大和はニヤりと笑った。
「面白いやつだ、気に入った」
「どーも」
互いに笑いながら立ち上がる。
大和はテーブルに勘定を置いた。
「いってくる」
「……おお、行ってこい」
未だ驚いているネメアに対して、斬魔は手をふった。
「今度はプライベートで飲みに来るから、そん時はよろしくな。獅子みたいなおっちゃん♪」
そう言って大和と共に店を出ていく。
シンと静まりかえる店内。
まるで嵐が過ぎ去ったかのような余韻の中、ネメアは呟いた。
「はたして傑物なのか、それともただの馬鹿なのか……」
ネメアは煙草に火をつけると、紫煙を吐き出す。
次には面白そうに笑った。
◆◆
人気のない路地裏を歩いていく二人。
「裏区に行くぞ」
「裏区?」
「お前らの目的はわかってる。表世界で流行りだした「善人への感染」の解明、及び解決だろ?」
「よくご存知で」
「手紙に書いてあった」
「なるほど」
斬魔はなんとなく聞いてみる。
「もしかして、相方の存在もわかってる感じか?」
「棺桶の中の奴だろ? 寝てるならさっさと起こせ」
「オーケー」
斬魔は背負っている黒鉄製の棺桶をノールックでゴンゴン叩く。
「もしもし! もしもーし! 起きてますかー!」
「…………」
ゴン、と音を立てて棺桶が開く。
純白の百合の花びらが舞い散り、中からとんでもない美女が現れた。
「キミは……もう少しマトモな起こし方はできないの?」
声まで美しい。
だが凍えるほど冷たい。
「うるせぇ。こちとらクソおめぇ棺桶背負ってやってんだ。感謝しろ」
「……ハァ」
ため息を吐く美女。
年齢は二十歳ほどか。
肌は舞い散る花びらより尚白い。
瞳は水晶玉の様であり、唇の色素が極端に薄かった。
まるで死人のような──
手入れの行き届いた漆黒のロングヘアーが靡く。
服装は濃紺色のロングコートに漆黒のブーツ。
首には水色のスカーフを巻いている。
耳元で逆十字のイヤリングが淡く輝いた。
「はじめまして、Mr.大和。わたしの名前はえりあ。天使殺戮士よ。この男の補佐を務めているわ」
その左腕には真紅の腕章がはめられている。
二人で一組。
天使殺戮士は昔からツーマンセルで構成されていた。
「大和だ。その感じだと、レオンから色々聞いてるな?」
「ええ」
大和は肩を竦めると、えりあに聞く。
「改めて、任務の内容を聞かせてくれ」
「了解したわ」
えりあは説明をはじめる。
「今、表世界で天使病の変異種が現れてるの。その変異種は七つの大罪を犯していない人たちにも感染する……これの解明と、元凶を叩くのが今回のミッション」
「その言い草だと、変異種は人為的なものってことだよな?」
「そうね。間違いないわ」
天使病は本来、七つの大罪に溺れた者を罰する天罰的なものだ。
それが善良な一般市民にも感染するとなると、一大事である。
「OK。やっぱり裏区だな」
「……何故か聞いても?」
「そういうのに詳しい奴らがいる。話を聞いたほうが早い」
「……助かるわ」
「いいってことよ」
一方、斬魔はというと……
「難しい話はパスで。俺ぁ戦う専門だからなー」
落書きみたいな面でヘラヘラと笑っていた。
えりあは思わず額をおさえた。
◆◆
裏区は中央区と対を成す場所だ。
デスシティの濃密な膿をかき集めた、文字通りの膿溜まり。
厳重なバリケードと有刺鉄線を超えてようやくたどり着くことができる。
入口には、既に特有の空気が滲み出ていた。
毒々しいランプを灯した怪しい屋台がいたるところに並んでいる。
経営しているのは薬剤師という名の麻薬売人たち。
薬品の内容は肉体強化薬、獣化変身薬、精神覚醒剤、媚薬、精力剤、果てはマンドラゴラやアルラウネ等の魔術植物、各種毒薬。
他にも密輸&魔改造が施された銃器、違法電圧のスタンガン、人工皮膚や再生指を含んだ応急キット、即効性の催眠スプレーなど──曰く付きには事欠かない。
行き交う者たちは厚化粧の情婦や刀剣や重火器を携えたヤクザ、暗がりで愚かな獲物を狙う半グレチーム、幻覚剤と変身薬の多重接種で半獣と化した麻薬中毒者、捩くれた杖を持つ魔道士、凶悪な妖物など……
中央区よりも危険なものたちだ。
たむろするホームレスが安酒をあおり、むせ返るほどの体臭を撒き散らしている。
麻薬の煙が漂い、硝煙と獣臭が蒸れるほど濃く、廃ビルの壁面に染み込んだ尿と便臭が凄まじい臭いを発している。
女の喘ぎ声と断末魔の悲鳴が同時に聞こえてきた。
ここは地獄の鍋の底だ。
「ひでぇな。スラム街が天国に見える」
斬魔は呟く。
彼は大和に聞いた。
「こんなところにいるのかよ。天使病に詳しい奴らが」
「そうだ。マッドサイエンティストの隠れ家には丁度いいだろう?」
「確かに」
斬魔は苦笑する。
「ところで、アンタはあの頑固野郎……レオンと知り合いなんだろう?」
「ああ、お前らより付き合いは長いと思うぜ」
大和は頷く。
レオン──天使殺戮士のリーダーであり指揮官だ。
「へぇー、どんくらい?」
「百年以上」
「アイツ、そんな長生きだったのかよ」
「知らなかったのか?」
「知らねぇよ。興味ねぇし」
両手を広げる。
本当に興味ないのだろう。
「ってことは、アンタも相当長生きだな」
「まぁな」
「三十代くらいにしか見えねぇのに、人は見た目によらねぇもんだ」
ケラケラと笑う。
隣にいたえりあは頭を押さえた。
「ごめんなさい、本当に……」
「いいんだよ。これくらいが丁度いい」
大和はえりあに聞く。
「ところで、今回の天使病患者のサンプルなり資料なりを持ってるか? あると話が早いんだが」
「感染者の一部なら」
えりあは懐から小瓶を取り出す。
中にはグロテスクな怪物が収められていた。
手の平ほどのサイズで、蟲のような複眼を持ち、身体中から純白の翼を生やしている。
大和は振り返ってソレをじっくりと見た。
「それが……」
「今回の特異な天使病の患者、その一部よ」
「なるほど」
大和は観察し、顎をさする。
(普通の天使病じゃねぇな。えらく複雑な術式を組み込んでやがる。西洋の黒魔術に東洋の呪術。あとは……)
自分の持ってる知識である程度整理する。
「何かわかったの?」
「まぁ、少しな」
「聞いても?」
「聞くなら専門家に聞いたほうがいいぜ。俺はほぼ素人だ」
「……わかったわ」
えりあは頷く。
大和はふと、頭を押さえた。
何かに呆れているようだ。
「お前らに一つ忠告だ」
「?」
「この都市で油断するな。拐われるぞ」
斬魔とえりあは既に拐われていた。
大和は頭に手を当てると、二人を攫った者たちの意図を考え始めた。




