一話「天使」
天使。
この単語を聞いて、何を想像するだろうか?
無垢なる存在。
神の御使い。
汚れを知らぬ者たち。
天界の住民。
昨今、様々な姿で描かれる神秘の代名詞。
彼女たちの真実を知る者は少ない。
天使は、「神」が創造した最古のアンドロイドである。
超常の権能で製造された高次元霊体。
世界の秩序を護り、時に「天罰」という名の災害を齎す戦略兵器。
それが、天使という存在だ。
しかし、彼女たちは神話の時代に絶滅している。
当時の英雄たちによって殆ど破壊されたからだ。
だが彼女たちの……否、唯一神の呪詛は、原罪として残り続けていた。
◆◆
「天使病?」
大衆酒場ゲートのカウンターで、褐色肌の美丈夫が首を傾げる。
「そうだ」
反対側にいる金髪の偉丈夫が頷く。
美丈夫、大和はグラスにラム酒を注ぎながら言った。
「久々に聞いたぜ。ここ最近聞かなかったんだがな」
「人類史が進んでいる証だろう。いい意味でも、悪い意味でも」
「そうだな」
偉丈夫、ネメアの言葉に大和は相槌をうつ。
天使病。
七つの大罪を犯した者を呪い、醜悪な怪物に変えてしまう不治の病。
裏の世界では黒死病と並ぶとまで言われているバイオハザードだ。
「ならアイツらが動き出すんじゃないか?」
「天使殺戮士か?」
「そう」
天使殺戮士。
キリスト教の一派、プロテスタントの最高戦力。
天使病の患者を狩る、死の外科医たちだ。
「天使病ならアイツらがどうにかするだろ」
「意味もなく話すと思うか? 依頼だよ」
「マジで?」
「マジだ」
大和はあからさま嫌そうな顔をする。
「他を当たってくれ」
「諦めろ」
「ヤダ」
そっぽを向く大和に、ネメアはため息を吐く。
まるで王族に宛てられるような豪勢な手紙を出した。
「読め」
「ヤダ」
「読むんだ」
「……あーあー、まったくよー」
諦めた大和は手紙を取って内容を確認する。
しばらくすると、ふむふむと顎を擦った。
「なるほどねぇ、それで俺に依頼したってワケか」
「天使殺戮士の現トップはレオンだ。アイツが意味もなくお前を頼るとは思えない」
「面倒な事になってるみてぇだな。……これはしゃーねぇか」
ネメアに手紙を返すと、ラムを口に含む。
そして言った。
「しばらくこの店にいる」
「どうした」
「あっちがエージェントを送ってくるらしい」
「……天使殺戮士か?」
「YES」
もうすぐ魔人たちがやってくる。
◆◆
世界の果てに存在する魔界都市は犯罪者の楽園だ。
あらゆる犯罪を肯定し、あらゆる悪徳を容認する。
人外の隠れ家という一面を持つこの都には様々な種族がいる。
エルフ、ダークエルフ、ゴブリン、オーク、ドワーフ、ドラゴン。
他にも悪魔、妖怪、魔獣、吸血鬼、アマゾネスなど──
どんな存在も受け入れる。
だから自然も人間以外の者たちがやってくる。
ここは闇の楽園。
神魔霊獣の極楽浄土だ。
中央区、花の大通りではヤクザたちが銃撃戦を繰り広げていた。
エルフが自慢の強弓でアンドロイドを撃ち抜き、アンドロイドが仕返しにレーザーライフルを放つ。
その様子を、薄く笑いながら眺めている一人の青年がいた。
黒鉄の長棒で肩をとんとんと叩いている。
その背に抱えているのは身長を優に超える巨大な棺桶だった。
人を収めるにはあまりにも大き過ぎる。
ふと、オークの集団が巨大な棺桶にぶつかった。
余所見をしていたのだろう。
一人のオークが尻餅を付いた。
周りの者たちは驚愕する。
オークは屈強な種族だ。
身長2メートル、体重300キロを平均とする彼らに尻餅を付かせるなどただごとではない。
「……こんのッ」
オークたちの額に青筋が立つ。
彼らは自分たちに恥をかかせた存在を許さない。
しかし、一瞬で怒気を失った。
振り返った青年があまりにも美しかったからだ。
まるで新雪のような白い肌。
鼻梁は高すぎず低すぎず、絶妙なラインを描いている。
長めのまつ毛はえもいわれぬ色気を放っていた。
鋭利な双眸。長身痩躯の肉体。
赤茶色の髪はある程度の長さで整えられており、耳元のピアスが若々しさを象徴している。
服装は黒色のレザーコートに皮のパンツ。
絶世の美青年にオークたちは放心していた。
ただただ見惚れていた。
「わりぃ、余所見してた。大丈夫か?」
「あ、ああ……こっちこそすまねぇ」
青年は屈託のない笑みを返す。
「よかった。じゃ、俺はもういくから」
手を振り、その場を後にする。
少しすると中央区でも有名な大衆酒場にたどり着いた。
青年は細い顎をさする。
「ここか」
彼の名は斬魔。
唯一神教の一派、プロテスタントが誇る最高戦力。
対天使病のプロフェッショナル。人智を逸脱した魔人たち。
天使殺戮士である。
新たな物語がはじまる。




