三話「始原の英雄たち」
八つの時代、幾多の文明を遡ること数億年。
神話の時代と呼ばれる時代があった。
この時代は神魔霊獣が当たり前のように存在していた。
そして、人類はあまりにも無力だった。
神々の加護無しでは下級の魔物にすら勝てない。
現代のような科学力も無く、積み重ねてきた歴史もない。
非力で無害な、哀れな生き物。
それが、当時の人類のポジションだった。
神話の時代は神々が主役であり、人類は引き立て役。
しかし、そうであったのは最初期の話だ。
二名の大英雄の登場により、神魔霊獣は人間に対して一目置くようになった。
そして二人の背に続くように、各地で傑出した者たちが現れるようになった。
神々と英雄が活躍する「神話の時代」の幕開けである。
◆◆
当時、世界は東西南北、そして中央で区分されていた。
各神話の最高神が自らの領土を主張し、睨み合いを続けている状態だ。
西側一帯はギリシャ神話──オリュンポスの神々が統治していた。
神都オリュンポス。
オリュンポス十二神が住まう西側で最も神聖な場所。
神々とそれに連なる者しか住むことを許されていない聖域である。
純白と黄金の建造物が立ち並ぶ。
神々の領土たるこの場所に、ある貴族の姫君が訪れてきていた。
銀髪が眩い姫君と黒髪が目を引く従者である。
彼女たちは神都の中央、神々が住まう大神殿へと向かっていた。
神都を訪れた者は例外なく神々に挨拶にいくのが習わしとなっている。
神々の領土に足を運んだのであれば礼を尽くすのは当然だ。
馬車に揺られながら、姫君は窓の外を頻繁に覗いていた。
対面に座っている従者は首をかしげる。
「いかがなさいましたか? 姫様」
「いえ……かの有名な英雄お二人を一度でいいから拝見したいなと」
「なるほど」
最近西側で……否、世界中で有名になっている二人の英雄がいる。
彼らはそれぞれ「西の英雄」「東の英雄」と呼ばれていた。
片や、神々の寵愛を一身に受ける戦士にまで成り上がった元・奴隷剣士。
片や、遥か東の地で数々の偉業を成し遂げた異国の皇子。
正義と礼儀を重んじる真性の勇者と、自由と闘争を愛する生来の英傑。
出生経歴性格、全てが真逆の二人。
彼らは「始まりの英雄」と呼ばれ、人類のみならず神魔霊獣からも一目置かれていた。
「お二人とも私と同じ歳──16歳だといいます。信じられません」
「そうですね。彼らは神々に祝福されているのでしょう」
当時の人間らしい納得の仕方をする。
そうこうしているうちに大神殿へと到着した。
姫君は残念そうにする。
「結局会えませんでした……仕方ありませんね」
神々への礼を損なわないために心を入れ替える。
その横を二人の青年が通り過ぎた。
あまりの存在感に唖然とする。
一人は金髪を短く切った青年。
肩から純白のローブを羽織っている。
両手に金色の手甲をはめ、背中には巨大な戦斧を担いでいた。
髪と同じ色の瞳はまるで太陽のような輝きをともしており、見た者を勇気づける。
もう一人は黒髪を後ろに纏め上げた褐色肌の青年。
派手に着物を着崩している姿はまるで傾奇者。
鋭いギザ歯と灰色の三白眼は肉食動物を彷彿とさせる。
しかし冷たい色の瞳には、深い叡智が垣間見えた。
二人とも身長は190センチを超えている。
生来の恵体だ。よく鍛え込まれている。
両雄の内、褐色肌の青年が視線に気付いて笑顔を向ける。
二人とも忘我の彼方を彷徨った。
金髪の青年が彼を諌める。
「やめろ。あの身なり、高貴な身分の方だぞ」
「なんともねぇよ。それに、身分だけでいえば俺より高い奴なんて滅多にいねぇ」
「……」
「ま、もう家出してるんだけどな」
「ハァ」
呆れて溜息を吐く金髪の青年と、ケラケラ笑う褐色肌の青年。
彼らこそ始原の英雄。
後に世界を救う者たちである。
◆◆
大神殿、その最奥。
神威溢れる玉座に神都を統べる最高神が座っていた。
ゼウス。
ギリシャ神話の主神。オリュンポス十二神の筆頭であり、雷光を司る天空神である。
容姿的年齢は二十代後半ほど。
異性のみならず同性をも魅了してしまう完璧な顔立ち。
長い金髪はアキレス腱まで伸び、鋭い双眸は純金を溶かし込んだような深い輝いを放っている。
肉体は古代ギリシャの彫像の如く。まさしく人体の黄金比。
服装は古代ギリシャの正装であるキトン。下には黄金色の甲冑を纏っている。
彼は玉座にもたれかかり、優雅に微笑んでいた。
傍らには彼に似た絶世の美女が佇んでいる。
柔らかそうな金髪を腰まで流し、極上の女体をキトンで包み隠していた。
ヘラ。
ゼウスの姉でありオリュンポス十二神の№2。
神々の女王、貞淑と母性を司る処女神である。
現代に伝わるギリシャ神話とは違い、彼女はゼウスの妻ではない。
弟であるゼウスの節操のない愛情を諫める、本当に姉のような存在だ。
また大の男嫌いであり、その潔癖ぶりは他勢力まで知れ渡っている。
「四大処女神の筆頭」と揶揄されることもあるくらいだ。
しかし、そんな彼女が溺愛する男児がいる。
それこそ──
「ああ……っ」
神殿に入ってきた金髪の青年に、ヘラは熱い視線を向ける。
彼こそ自慢の坊や。
自身の名を含めた真名を与え、同時に絶大な加護を授けた。
愛してやまない、自慢の坊や。
「ヘラクレス……っ」
『ヘラの栄光』の名を持つ青年は、ゼウスとヘラの前で片膝を付く。
義に厚く、礼儀正しく、己に厳しく、慈悲深い。神々への忠節も忘れない。
彼はまさに、ヘラの「理想の男性像」だった。
愛する男児の登場に、ヘラは興奮を隠しきれないでいる。
そんな彼女を見て、褐色肌の青年は呆れていた。
ヘラは一変して、汚物でも見るかのような視線を彼に向ける。
「おい、そこの汚らわしい猿。頭が高いぞ、膝を付け。殺されたいのか?」
「は? うるせぇよババァ」
「ア゛?」
「アン?」
互いにガンを飛ばす。
この二名。決して相容れない、まさに犬猿の仲だった。
◆◆
神々への不敬は本来なら極刑ものだ。
それが直接的なものであれば言うまでもない。
しかし彼──ヤマトタケルは例外だった。
オリュンポス十二神は彼に返しきれない恩がある。
数ヶ月前、宿敵であるタイタン族との決戦『ギガントマキア』にてヘラクレスと共に一騎当千の活躍をした彼は、いわば護国の英雄。
軽い感覚で罰を与えられない。
しかも彼は食客だ。
その才能と在り方に惚れ込んだゼウスが破格の待遇で招いている客人である。
「東側の女王、天照殿もさぞ苦労したであろうなぁ。礼儀の礼の字も知らぬ猿が暴れまわっておったのだから。あー汚らわしい汚らわしい」
「処女拗らせたババァは見てて痛々しいぜ。礼儀を払えって? なら神様らしいところを見せてもらいたいもんだ。ヘスティア姉ちゃんやヘファイストスの爺ちゃんみたいによ。あ、無理か。ポンコツだから」
「消し飛ばされたいのか小僧!!」
「こっちの台詞だアホ女神!!」
互いに怒声を上げる。
それだけで大神殿が揺れた。
ゼウスとヘラクレスがすかさず仲裁に入る。
「姉上、何時もの貞淑さはどうした? らしくないぞ」
「落ち着けヤマト、お前が牙を向けるべき相手は別にいる」
「「……フンッ」」
ゼウスとヘラクレスは溜息を吐く。
二名が喧嘩した際の被害は尋常では無い。
既に七つの山脈と五つの都市が滅びている。
放っておけばロクなことにならないのだ。
ゼウスは呆れつつ、神託を授ける。
「ヘラクレス、そしてヤマトタケル。同盟であるダーナ神族がフォモール族と最終決戦に入った。しかし直死の魔眼を有する極西最強の邪神、バロールは神々の力だけでは打ち倒せない。彼奴の魔眼は究極にして至高、死を司る権能の頂点だ。──貴公らの力が必要とされている。明朝、極西に赴きダーナ神族に勝利をもたらせ」
「御意」
「任せときな」
ヘラクレスは拳を合わせると、深く礼をする。
「必ずや達成してみせましょう。偉大なるゼウス様とヘラ様の要望とあらば」
ゼウスは頷くと、ヘラの様子を伺う。
これ以上騒がなければよいのだが……
「好き!」
ヘラは瞳をハートマークに変えて胸を押さえていた。
「しゅき!」
「……ヘラクレス、ヤマトタケル。後は頼んだぞ」
ゼウスは顔を手で覆いながら英雄たちを見送った。




