二話「世界の真実」
明はハーブティーを口に含む。
ほのかに甘く、五臓六腑に染み渡る。
薬用効果でもあるのだろうか?
「スゲー美味しいです。このハーブティー、薬用効果とかあるんですか?」
「南区特有の薬草をブレンドしているんだよ。ちょっとした回復薬だね」
「なるほど……」
明は「美味しい」と呟きながら飲み干す。
少しすると、オルフェウスがお菓子を持ってやってきた。
明の対面に座った彼女は、頬杖をついて彼を見つめる。
居心地が悪くなった明は気になっていることを聞いた。
「驚きましたよ。オルフェウスさんって女性だったんですね」
「そうだよ。ああ、そうか……君は考古学者だったね」
「うす」
「なら、表世界の歴史は一旦忘れたほうがいい」
「……どういう意味です?」
「そのままの意味だよ」
オルフェウスは言う。
「本当は違うんだ。神話なんかは特にね」
「……よくわかりませんね」
「いいや、君は違和感を覚えている筈だ」
「……」
明は苦虫を噛み潰したような顔になる。
オルフェウスはハーブティーを口に含んだ。
「その違和感は正しいよ。なにせ、表世界に伝わっている伝承のほとんどが改竄されたものだからね」
「……なんですって?」
「正確には、『この世界と似て非なる別世界』の情報かな」
オルフェウスの言葉に明は動揺を隠せない。
「君たちにとっては残酷な話だけどね。表世界の歴史は我々が辿った歴史に最も近い、しかし全く異なる世界線のものなんだ」
「……ありえないっ」
明は声を荒げる。
それほどの内容だった。
そんな筈ない。そんなこと、あってはならない。
だって、もしそれが本当なら、自分たちの努力はどうなってしまうのか──
人生をかけて発見した文明は、心血を注いで解明した歴史は、全く異なる世界のものだったと……
そんなことを言われて納得できる筈がない。
「鶏が先か、卵が先か」
「!」
「答えが卵の世界を見つけてしまったんだ。神々や英雄は人間の畏敬や信仰から産み出された……そんな世界線を」
オルフェウスは悲しそうな顔をする。
明に申し訳ないと思っているのだ。
彼にとってあまりに残酷な真実だから。
「知りたくないと言うのであれば、これ以上話さない。ここで話したことは無かったことにしよう。君は僕と会えずに帰っていった、そういうシナリオにする」
「……」
オルフェウスは「でも」と、明の手を取る。
「僕は知って欲しい、世界の真実を。君には知ってほしいんだ」
そういうオルフェウスの顔は、今にも泣きそうになっていた。
明は確信する。
やはり、過去に何かがあった。
そしてどうしようもない結末を迎えた。
でなければ歴史を改変する必要なんてない。
わざわざ異なる世界線まで引っ張ってきて──
そうせざるを得ない結末があったのだ。
明は一転して冷静になる。
情報過多でオーバーヒート寸前だった脳は、ここにきて神がかり的な冴えを見せた。
やるべきことはわかった。
それは奇しくも、ここに来た目的だった。
明は立ち上がると頰をパシン! と叩く。
意識をハッキリさせると、改めて席に座った。
「オルフェウスさん。俺は知りたいです、世界の真実を」
じゃないと、未来を喜劇に変えられない。
そう言って、明は驚いているオルフェウスの手をとる。
「信じてください。俺は、貴女たちを裏切らないから」
その言葉に、オルフェウスは……泣いてしまった。
「うん……っ、君を信じるよ、次世代の英雄。僕たちは、ずっと君を待っていたんだ」
オルフェウスは涙を流しながら明の手を握り返す。
遂に現れたのだ。この時代を代表する英雄が。
◆◆
オルフェウスは明の手を離すと、笑いながら涙を拭う。
「いやぁ、参ったね。嬉し泣きをするのなんて何十年……いいや、何百年ぶりだろう」
そう言って明を見つめる。
「でも、いいのかな? 会ったばかりの女の言葉を鵜呑みにするなんて。自分で言うのもアレだけど、僕は相当胡散臭い女だと思うよ」
オルフェウスの言葉に、明は笑顔で答える。
「大丈夫っすよ。俺、人を見る目はあるんで」
まるで太陽のような笑みだった。
「胡散臭いとか関係ない。その人が心から放った言葉は、誰かの心を震わせる。貴女の言葉は、俺の魂にまで響き渡った。貴女になら、騙されてもいいと思った」
明は「でも!」と付け足す。
「本当に騙してるなら容赦しませんからね? 俺は男女平等主義者なんで、覚悟しといてくださいよ」
ペロッと舌を出す。
そんな明を見て、オルフェウスは目を輝かせた。
明の頬を両手で包みこむ。
目と鼻の先まで顔を近付けると、花が咲いたように笑った。
「……やっぱり似てるなぁ、君」
「顔! 顔が近い! 誰にですか!?」
「僕の好きな人」
「なるほど! 好きな人がいるんですね! なら距離感を大切にしましょうね!」
明はオルフェウスの手を優しく引き剥がすと、熱くなった顔を手であおぐ。
クスクスと笑っている彼女に対して唇を尖らせた。
「あまりそういうことをしないほうがいいですよ。勘違いする輩が出てくる」
「初心な子だなぁ。そういうところは似てないね」
明は気になって聞いてみる。
「その、好きな人っていうのは……」
「あ、知りたい? 知りたいのかい? しょーがないなぁ♪ じゃあ彼との出会いからゆっくりと語って」
「あっ、結構です」
鋭い返しに、オルフェウスは思わず笑ってしまった。
「あはは! そういうところはそっくりだよ! あー、なんとなくわかったよ。何であの人間嫌いのエリザベスが君を見逃したのか」
「エリザベス?」
「黄金祭壇の頂点、『災厄の魔女』だよ」
「あー……」
明は思い出す。
金髪灼眼のとんでもなくおっかない女を。
あれは絶対に戦ってはいけない存在だった。
見た瞬間にわかった。
勝ち負けを競う相手ではないと。
立っているステージが違う。
明は唸る。
「後で聞かないとな……なんで歴史を改変なんてしたのか」
「おや、気づいていたんだね。彼女が歴史を改変したんだと」
「まぁ、できるのも、やるのも、彼女たちしかいないでしょう」
明の推測は当たっていた。
しかしオルフェウスは首を横に振るう。
「やめておいたほうがいい。彼女は、いいや彼女たちは、話の通じる相手じゃないよ」
「考古学者を代表して顔面にドロップキックとかダメですかね?」
「存在ごと消されるよ?」
「マジかぁ、そんなにかぁ」
「そんなに、だよ」
オルフェウスは苦笑する。
「ドロップキックはさておき、まだ話し合える段階じゃないね。気長にいくべきだ」
「……一つだけ、聞いてもいいですか?」
「僕の答えられる範囲なら」
明は一拍置いて聞く。
「彼女たちは、人類を嫌っているんですか?」
「そうだよ」
「何故ですか?」
「全てを知っているから」
「っ」
明は息を呑む。
単純明快。故に絶望的だった。
「だけど、どんなに嫌いで憎んでいても、根絶やしにしていい理由にはならない」
「!」
「僕が答えられるのはここまで……あとは本人たちに聞くといい」
オルフェウスは立ち上がる。
近くにある大木を背に座ると、何もないところから竪琴を取り出した。
「さて、吟遊詩人の役目を果たすとしようか」
「……」
「おいで。聞かせてあげよう。僕の一番好きな英雄譚を」
明はオルフェウスの元に座り、頭を下げた。
オルフェウスは微笑むと、竪琴を奏で語りはじめる。
それは始まりの唄。
二人の英雄が理不尽に挑み、人類の可能性を見出させる。
そんな、希望に満ちた英雄譚。




