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デスシティ 〜魔界都市備忘録〜  作者: パイナップル
第一章「黒鬼伝」
3/62

二話「三羽烏」




 時刻は昼過ぎ。

 大和は自室の窓から顔を出し、特大のあくびをかいた。

 空を見上げると、太陽が西に傾きつつある。


 窓から香水の匂いと女特有の甘ったるい体臭が抜けていく。

 大和の背後には多くの美女が眠っていた。

 種族はバラバラだが、皆格別に美しい。

 彼女たちは快感による疲労で眠りについていた。


 大和は懐から煙草(ラッキーストライク)を取り出し口にくわえる。


 中央区でも裏路地の治安は最悪だ。

 当たり前のように銃声と爆撃音、そして女の悲鳴が聞こえてくる。


 丁度、真下にある道路で女連れの男がヤクザに半殺しにされていた。

 連れの女は泣き叫びながら助けを求めている。

 しかし、誰も助けようとしない。


 面倒事に巻き込まれたくない。

 金にもならない。

 だから助けない。


 この都市の住民はどこまでも利己的だった。

 自分のためにしか動かない。


 欲情したヤクザたちが女を捕まえ、人気のないところに連れていこうとする。


「……チッ」


 大和は舌打ちすると、足元に転がる空瓶を外に放り投げる。

 それは吸い込まれるようにヤクザの後頭部に直撃した。


「アア゛!?」

「誰だ今投げたヤツぁ!!」

「殺されたいんかゴラァ!!」


 ヤクザたちは顔を真っ赤にして振り返る。

 しかし、大和を見て瞬く間に顔を青色に変えた。


 シッシと、煩わしそうに手を振るう大和。

 その灰色の三白眼に宿っているのは絶対零度の殺意だ。


 ヤクザたちは情けない悲鳴を上げて逃走する。

 襲われていた女は現状を把握できずに呆然としていた。


 大和は外に出る準備をはじめる。

 着物を着て、帯を締め、真紅のマントを羽織り、腰に得物を差す。

 そうして外に出ると、女は倒れている男に縋り付いて泣いていた。

 大和は彼女の前に数枚の名刺を投げ捨てる。


「闇バス、闇タクシーの運転手の名刺だ。連絡すればすぐに運転手が来るだろう。そしたら中央区の総合病院に連れて行ってもらえ。俺の名刺を見せれば融通が利く筈だ」


 それを聞いた女は、ありがとうございます、ありがとうございますと何度も頭を下げる。

 しかし、大和は明らかな怒気を向けた。


「二度とこの場所に近寄るんじゃねぇぞ。連れにもそう伝えておけ」


 そう言って去っていく。

 女はそれでも、大和の背に頭を下げ続けた。


 大和は苛立ちのまま煙草に火をつける。

 そしてめいっぱい吸い込んで、紫煙を吐き出した。



 ◆◆



 本日の天候は曇天。良好な部類だ。

 デスシティに快晴という概念はない。

 晴れていても曇り空。

 理由は度重なる科学実験で生じた有毒ガスと妖魔たちが醸し出す瘴気のせいだ。

 雨も降るし雪も降る。だが決して晴れることはない。


 のんびりと歩いている大和。

 不意に甘い香りを嗅ぎとった。

 ほんのり酸味の効いた柑橘類の香り……

 この辺りでは珍しい匂いだ。

 大和は何故か心当たりがあった。


 唐突に後ろに振り返る。

 しかし誰もいない。

 大和は意味深に肩を竦めた。


 暴力団の拠点は西区にある。

 大和の住処から近いので、そう時間はかからない。


 西区の様相は、一言で表せばスラム街だ。

 廃墟のような建物がいくつも点在し、壁にはカラースプレーの落書きが走っている。

 剥き出しの電気ケーブルが束になって散乱しており、痩せ細った死体がいたるところに転がっている。

 住民たちは皆みすぼらしく、常に殺気立っている。


 ここの住民は力が弱い者や目立ちたくない者たちだ。

 故に大和の姿を確認すると姿を消す。


 暫くして、大和は暴力団の拠点付近にたどり着いた。

 距離はおおよそ100メートル。二階建ての事務所を遠目で確認した大和は「さて」と腰に手を当てる。


 ふと、近くに乗用車を見つけた。

 表世界にもよくあるタイプで、重量は二トン近い。

 中には誰も乗っていない。


「ラッキー」


 大和は乗用車に近づくと、片手で軽々持ち上げた。

 規格外の怪力だ。


「競技種目、車投げ。デスシティ代表・大和選手。いっきまーす」


 茶目っ気の利いたセリフとともに、暴力団の事務所へ車をぶん投げた。



 ◆◆



三羽烏(さんばがらす)?」


 乗用車がぶん投げられる数分前。

 暴力団の事務所にて。


 葉巻を嗜んでいた組長は首を傾げた。

 髪が薄く恰幅の良い、四十代ほどの男である。

 凝ったスーツを膨らますでっぷりした体は、同性にすら嫌悪感を抱かせる。 


 彼の前には純白のスーツを着た大男が立っていた。

 年齢は三十代ほど。少し長めの黒髪をワックスでオールバックにしており、カジュアルなサングラスをかけている。

 顔立ちは端正ながらも傷だらけで、威圧感がある。

 身長は二メートルを超えており、鍛えこまれた肉体はスーツの上からでもよくわかる。

 その拳は度重なる鍛錬と実戦で変貌してしまったのだろう──岩石のように硬化していた。


 彼はデスシティでも腕利きと名高い用心棒だ。

 現在、組長の護衛を務めている。


 彼は人懐っこい笑みを浮かべながら言った。


「旦那も聞いたことはあるでしょう? デスシティの三羽烏」

「ああ、凄腕の殺し屋たちだろう?」

「超犯罪都市で、凄腕の殺し屋たちです。──この意味、今の旦那なら理解できるでしょう?」


 用心棒は話し方こそ軽いが、目が笑っていなかった。

 組長は生唾を飲み込む。


 デスシティに拠点を置いて約一ヵ月。

 彼は少なからずこの都市の恐ろしさを味わっていた。


 用心棒は丁寧に説明しはじめる。


「世界中から集まった悪党共があらゆる悪行に勤しんでいる──それがここ、デスシティです。しかし、ここの本質はソコじゃない。ここは、人類が手に負えなくなったバケモノや技術の溜まり場なんですよ。魔界都市って呼ばれることもあるが、そっちのほうが核心をついてる」


 嗤う用心棒。

 その笑みは、魔界のバケモノの如く不気味だった。


「デスシティ全体で見れば、西区はまだ治安がいいほうです。旦那は頭が回るから、この都市の「ヤバイ奴ら」に関わろうとしない。だから、俺も安心してるんですよ」


 ですがね。

 そう言って、用心棒はサングラスの奥にある眼を細めた。


「三羽烏はその「ヤバイ奴ら」です。旦那にはじゅーぶん注意してもらいたい」

「……君でも」

「?」

「君でも、勝てないのか? 三羽烏には」

「……ハッ」


 用心棒は笑った。

 乾いた笑みだった。


「勝てませんよ。そもそも戦うって選択肢が間違ってる」

「ッ」


 用心棒は殺人空手の達人であり、その気になれば表世界の兵隊くらい余裕で壊滅させられる実力の持ち主だ。

 そんな彼でも勝てない──組長は顔を真っ青にした。


「……関わりたくないな。絶対に」

「あ~……コレは残念な報告なんですがね?」


 用心棒はまるで他人事のように言う。


「今、動いてるらしいんですよ。三羽烏の一人が」

「……何だと?」

「三羽烏の一人が動いています。それも、一番ヤバイ奴が」


 組長は目に見えて怯えはじめる。

 付きすぎた脂肪がブルブルと震えていた。


「儂を……儂を狙っているのか?」

「確証はありません。ですが、用心しておくべきでしょう」

「……ッ」


 組長は臆病者だった。

 しかし、そのおかげで今まで生き残ってこられた。


 臆病は一つの才能だ。


 用心棒は気を遣い、三羽鳥の説明をはじめる。


「動いているのは大和ってヤツです。これがまた、台風みたいな野郎でね。曰く、意思を持つ災害。……超常の存在が跋扈してるこの魔界都市でも、最強クラスの男です」


 用心棒は強調するように人さし指を立てる。

 組長は用心棒の話を真面目に聞いていた。


 理由は、彼を含めたこの都市の武術家たちがバケモノだからだ。

 発砲されたライフル弾を素手でキャッチするのなんて当たり前。

 装甲車を片手で引っくり返し、軽いジャンプでマンションを飛び越えてみせる。


 単体で軍に比肩しうる存在──それが、デスシティの武術家だ。


「俺が十人いても掠り傷一つ負わせられない。それくらいレベルが違います」

「……一応、外に組員を配置しておくか」

「やめておいたほうがいいですよ。変に目を付けられたらたまったもんじゃない」

「……わかった。取りあえず、情報収集に徹するとしよう」

「信頼できる情報屋を何件か紹介します」

「助かる」


 次の瞬間だった。

 事務所に乗用車が投げ込まれたのは。



 ◆◆



 事務所に乗用車が直撃した。

 間を置かず構成員が出てくる。

 その数、15名。


 彼らは一見するとただの人間だが、肉体にサイボーグ手術を施した強化人間だ。

 簡単な施術しかされていないが、それでも驚異的な筋力とタフネスを獲得している。

 武装は魔改造を施したPDW(個人防衛火器)、最新式のグレネードランチャー、特殊繊維仕様のスーツ、魔除けのアミュレットなど……

 その気になれば表世界の軍事基地くらい壊滅できそうな装備だ。


 ──斬ッ


 いつの間にか、大和は15名の中間に佇んでいた。

 その指にはドロリと鮮血がこびりついている。


 瞬間、構成員たちはバラバラになった。

 サイコロ状になって辺りに飛び散る。

 断面から滲み出る血はまだ温かい。


 極限まで鍛え込んだ指先は岩を砕き、鉄をも引き裂く。


【砕岩指・斬鉄指】


 大和は徹底的な部位鍛錬によって全身を凶器に変えていた。

 この程度の者たちにわざわざ武器を用いる必要はない。


「さて……」


 大和は手に付いた血を払い、事務所を見上げる。

 二階建ての事務所には面白いように乗用車がめり込んでいた。


「今から殺しに行ってやるから、覚悟しとけよ」


 そう呟くと事務所へ入っていく。

 少しすれば構成員の断末魔の悲鳴が聞こえてきた。


「……」


 その様子を、離れた場所から見ている第三者がいた。

 柑橘系の香りがほのかに漂う。

 フードを深く被った何者かは、大和に憎悪のこもった眼差しを向けていた。




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