一話「魔界都市たる所以」
デスシティの中央区。
多種多様なネオンサイトが輝き、濁った夜空を彩っている。
「……」
男はハンチング帽を被り直した。
暗器術を修めた歴戦の殺し屋である。
彼は依頼を受けて魔界都市にやってきていた。
内容は、世界最強の殺し屋「大和」の暗殺。
大和──殺し屋を営んでいれば嫌でも耳にする。
曰く最強。 曰く無敵。
その力は神話に登場する英雄そのもの。
人間でありながら人外と渡り合う、正真正銘の化け物である。
男は以前から興味を持っていた。
はたして本当に、人間が神秘の存在に勝てるのか?
男は修行時代、本物の仙人に会ったことがある。
その時の絶望を、今でもよく覚えている。
(怪しいな)
所詮は人間。所詮は殺し屋。
自分と同じ類の者が本物の神秘に勝てるとは到底思えない。
往々にして、殺し屋とは尾ひれが付きやすいものだ。
(化けの皮を剥がすいい機会だな)
男はやる気だった。
しかし顔色が悪い。
今いる場所が、世界最悪の犯罪都市だからだろう。
魔界都市デスシティ。
ありとあらゆる悪が集まる場所。
人と、人ならざる者が同居する異界。
所々で勃発する銃撃戦。
民間人が当たり前のように武装し、ただの喧嘩が殺し合いに発展する。
「ハァ」
男は大きな溜息を吐いた。
暴力、麻薬、淫行、人身売買──
ありとあらゆる悪行が、この都市では日常化している。
この都市にいると、気分が悪くなる。
そう呟くと、男は大衆酒場ゲートの前に立った。
ここに標的が頻繁に現れるという情報を得たからだ。
「──ネェ」
ツンツンと、肩を突かれる。
咄嗟に懐に手をのばした。
「……ッッ」
振り返り絶句する。
三メートルを優に超えるバケモノが間近にいたからだ。
「オマエ、オモテセカイカラ、キタノ? スゴク、イイニオイ、スル」
落ち武者のような髪型、異様に膨れた太鼓腹。
まるで餓鬼のようなバケモノは、醜悪な面を喜悦で歪ませた。
「オイシソウ、イタダキマス」
男は暗器を振るうが、届く前に首が食い千切られた。
残った肉体は大きな口の中に放り込まれる。
怖気が走る咀嚼音が辺りに響き渡る。
飲み込むと、バケモノは皺だらけの手をパチンと合わせた。
「ゴチソウサマ、デシタ」
中央区の名物の一つ、「人食い三太夫」
表世界の人間を好んで食らうバケモノである。
中央区はデスシティでも比較的安全だが、危険なところには変わらない。
ここは、表世界の住民が生きていけるような場所ではないのだ。
◆◆
デスシティの北区はギャンブラーの楽園だ。
様々なカジノが自慢の看板を掲げている。
世界中のゲームが楽しめるこの場所は、デスシティの住民からも愛されている。
カジノ以外の商いも賑わっていた。
中でも人気なのが、奴隷市場だ。
奴隷はどの時代でも一定の需要がある。
ここはデスシティの闇の深さを垣間見れる場所だった。
カジノから褐色肌の美丈夫が出てくる。
店の前で客引きをしていたバニーガールたちは一様に見惚れていた。
大和はその場を離れながら肩をグルグルと回す。
「たまにはスロットを回すのもアリだな」
目をつぶって回せば暇潰しになる。
そう言って大きな欠伸をかく。
ふと、スマホが鳴った。
知り合いだったので応じる。
『やぁ、久しぶりだね大和君』
「久々だなぁ、努ちゃん」
大和は親しみを込めてその名を呼ぶ。
スマホの向こうにいるのは大黒谷努。
日本の首相──内閣府の代表その人だ。
彼は野太い声で笑う。
『君くらいだよ。僕をちゃん付けで呼んでくれるのは』
「嫌か?」
『嫌じゃないよ。フレンドリーに接してくれるのは、ね』
画面の奥で微笑む大男。
容姿的年齢は四十代ほどか。少し丸いが彫りの深い顔立ち。太い眉、短い鼻。腹は出ているが腹筋は彫刻のように割れている。
全体的に筋肉質で、特に胸と腕のボリュームが凄まじい。
まるで歴戦の相撲取りだ。
「で、何の用だ? 別に世間話でもいいが」
『仕事に関わる話だよ』
「ほぅ、依頼か?」
『正確に言えば依頼じゃないんだ。少々面倒なことになってね』
大和はなるほど、と片目を閉じる。
「気にするな。俺とお前の仲だぜ」
『申し訳ない』
謝罪を入れると、話をはじめる。
『官僚の人間が不審な動きをしている。どうやら、君の命を狙っているようでね』
「ありゃま」
『こちらの不手際だ。こちらでどうにかする。ただ、一応連絡をと思ってね』
「わざわざすまねぇな」
『君は良きビジネスパートナーだ。当然だよ』
大和は笑う。
「心配するな。こっちに来た場合はこっちでどうにかする」
『いいのかい?』
「ああ、任せときな」
『……ありがとう、助かるよ。でも、できる限りのことはするからね』
「おう。じゃあ、またな努ちゃん」
『うん、またね』
通話を終える。
大和は顎をさすると、一人呟いた。
「女と遊んで待ってるか」
刺客を差し向けられるのなんて慣れている。
大和はそれまで自由に過ごすことにした。




