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〜Past Glory〜  作者: パイナップルの妖精
第三章「武人伝」
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二話「鎌鼬と毒蜘蛛と」



 デスシティの中央区。とある宿屋の一室で。

 薄暗い部屋の中、一人の男がソファーに座っていた。

 かっちりとしたスーツを着た日本人である。


 代理人である彼は、大和の暗殺をデスシティの殺し屋に依頼しに来ていた。


「……」


 向かい側に座っている美しいサムライ。

 肩まで伸びた黒髪、女性と勘違いしてしまうほど端正な顔立ち。

 細身ながらも鍛え抜かれた肉体は清涼感のある紺色の浴衣に包まれている。

 傍らには大小二本の打刀が置かれていた。


 重たい空気が漂う中、代理人はなんとか口を開く。


「無礼を承知でお伺いします。貴方が疾風(はやて)様で間違いありませんか?」

「はい、間違いありません」


 丁寧な返答に、代理人は少しだけ安心する。


「では率直に──貴方に殺してほしい男がいるのです」

「かまいませんよ、誰でしょう?」

「大和、という男です」

「ほう」


 疾風は驚愕したのだろう、目を丸める。


「冗談の類でしょうか?」

「本気です」

「ふむ」


 疾風は顎をさすった後、代理人と視線を合わせる。

 無言の圧力に思わず生唾を飲み込んだ。


「……わかりました。受けましょう」

「本当ですか!」


 代理人の反応を見て、疾風は思わず苦笑する。


「他の殺し屋には断られたようですね」

「お恥ずかしながら……」

「まぁ、そうでしょう」


 当たり前だと頷きながら、疾風は聞く。


「彼らに口止め料は払いましたか?」

「勿論です」

「安心しました。貴方はこの都市のことをよくわかっている。腕の良い用心棒を雇っていますし」


 代理人の背後には、純白のスーツとサングラスが似合う伊達男が佇んでいた。


 右之助である。

 彼は終始苦笑いを浮かべていた。


「それでは、報酬についてお話します」

「よろしくお願いします」


 その後、諸々の手続きを終えた代理人は部屋を出て行った。


 右之助は最後に疾風に首を横に振った。

 それがどういう意味なのか──わかっていた。


 それでも止まらない。

 疾風はしみじみと呟く。


「遂に来ましたか、この時が……」


 彼は傍らに置いてある愛刀に触れる。


「強者と戦い、打ち勝つのは武人の誉れ。数多の屍を越えた先にこそ、真の強さがある……」


 浮かべる笑みには武人特有の狂気が滲んでいた。

 彼のような男を修羅と呼ぶのだろう。


「……そう、大和に挑むのね」


 寝室の扉が開く。

 美しすぎる女がいた。


 容姿的年齢は二十代半ばほど。紫色を帯びた黒髪は腰まで流れ、奈落の底の如き瞳は少ない光を吸い込んで輝いている。

 異様に白い肌は死人を彷彿とさせ、右目の泣きぼくろが妖しい色気を醸し出していた。

 服装は純白のドレス。究極の黄金比を誇る肢体がよく映える。


 彼女は疾風に聞いた。


「死ぬわよ。それでもいくの?」

「はい。勿論です」

「そう……結構気に入ってたのに、残念だわ」


 美女は疾風の前を通り過ぎる。


「ばいばい」

「……」


 疾風は何も言わない。

 美女は既にいなくなっていた。



 ◆◆



 薄暗い路地裏を歩いていく美女。

 着信音が鳴ったのでスマホを確認する。


「あら、努じゃない」

『久しぶりだね、アラクネ』


 アラクネ……そう呼ばれた美女は嬉しそうに笑った。


「久しぶりねぇ、どうしたの? 私の身体が恋しくなっちゃった?」

『否定はしないけど、今回は急用でね。今、大丈夫かな?』

「大丈夫よ。どうしたの?」


 スマホの向こう側にいる男──大黒谷努は聞く。


『君は大和君の暗殺に関わっているかい?』

「ふふっ、どうしたの? いきなりねぇ」


 アラクネはわざとらしく笑う。


『今回の一件、君の立ち位置が気になってね』

「大丈夫よ。私は関わってない」

『本当に?』

「本当よ」

『……よかった、安心したよ』


 努は柔らかい口調に戻る。


『すまないね。時間を取らせてしまって』

「いいのよ。でも、今度は仕事以外で連絡してね?」

『ハッハッハ、わかった。そうするよ』


 互いに気分よく通話を終える。

 アラクネはスマホをしまい歩き始めた。


 背後から無数の妖物が迫っていた。

 人肉を好む種である。極上の女体にヨダレを滴らせていた。


「下手くそ」


 妖物たちが二つに分かれる。

 縦、あるいは横に両断された。


 アラクネは路地裏から中央区の大通りに出る。

 そのまま雑踏に紛れて消えていった。


 アラクネ。通称「毒蜘蛛」

 鋼糸術の達人であり、数億種類もの毒をその身に宿す暗殺の女王。


 世界最強の殺し屋、「黒鬼」の大和。

 世界最強の傭兵、「金獅子」のネメア。

 世界最強の暗殺者、「毒蜘蛛」のアラクネ。


 デスシティの住民たちは畏怖と敬意を込めて、彼らを「三羽烏(さんばがらす)」と呼ぶ。



 ◆◆



 大衆酒場ゲートで。

 大和は何時ものカウンター席ではなくテーブル席に座っていた。


「大和ぉ、はやくホテルいかない?」


 金髪碧眼のエルフが体温の高い身体を押しつける。

 生地の薄いシャツから豊満な乳房がこぼれそうになっていた。

 ウェーブがかった金髪は生来のもので、陶磁器のような白い肌は薄桃色に染まっている。


「むぅ……本当は私が大和と楽しむはずだったんだ。離れろ」


 反対側では銀髪灼眼のダークエルフが頬を膨らませていた。

 長いポニーテイルを揺らして、エルフに負けず劣らずの肢体を大和に押し付けている。


「喧嘩すんなよ、後で可愛がってやる」


 溢れる色香にエルフたち尖った耳を先っぽまで真っ赤にする。

 次には飼い猫のように甘えはじめた。


 その様子をカウンター席から面白そうに眺めている男がいる。

 右之助だ。


「なぁネメア、大和って昔からモテるのか?」


 店主──ネメアは新聞から視線を外さずに答える。


「そうだな、昔からモテるな」

「やっぱそうかぁ」

「お前もモテるだろう?」

「お前が言うかよ。俺から見ても男前なお前が」


 右之助は純粋に褒めたつもりだったが、ネメアは肩を竦める。


「この街の女にモテてもな」

「なるほど、この都市の女にはか」


 右之助は顎をさする。


「てっきりゲイだと思っていたが、違ったか」

「ぶっ飛ばすぞ」

「すんません」


 素直に頭を下げる右之助に、ネメアはやれやれとため息をはく。

 彼は大和たちを一瞥すると、右之助に聞いた。


「大和が同業者(殺し屋)に狙われているらしい。心当たりはあるか?」

「いやぁ、全然」


 右之助はすっとぼける。

 曲がりなりにもプロだ。容易に情報は流さない。


「そうか……東区で幻の焼酎を手に入れたんだがな」

「う゛ぇ……ちょ、タンマ。話し合おう」

「やっぱり何か知っているな?」


 ネメアは意地悪に笑う。


「お前なら知っていると思ったぞ」

「褒めてるつもりか?」


 右之助はくぐもった声で言う。

 それでも幻の焼酎が恋しいのだろう。提案した。


「ほんの少しの情報しか流せねぇ。こっちも商売だからな」

「かまわんよ」

「あと、その焼酎は俺のだからな! 誰にも渡すなよ!」

「わかってる」


 右之助は周りに誰もいないことを確認すると、小声で喋りはじめた。


「何を知りたい?」

「動いているのは面倒な奴か? そうならしばらく大和(アイツ)を出禁にする」

「なるほど」


 右之助はさっぱりと答える。


「出禁にしたほうがいいな」

「ありがとう、助かった」

「先に話つけたほうがいいぜ」

「ああ」


 ネメアは大和のいるテーブル席に向かおうとする。

 しかし、少し遅かった。

 件の殺し屋は、既に店の中に入ってきていた。


 紺色の浴衣が揺れる。

 細身ながらも鍛え抜かれた肉体。


 鎌鼬(かまいたち)疾風(はやて)

 新進気鋭の殺し屋である。


 彼は大和がいるテーブル席の前で止まる。

 周囲の客人が何事だとざわめいた。


 大和はエルフたちを引かせると、灰色の三白眼を細める。


「噂の殺し屋、まさかテメェだったとはな……剣技を叩き込んだ恩を忘れたか? 疾風」

「忘れてなどいません。しかし、殺し屋として依頼を受けました。お命、頂戴します。師匠」


 両者、睨み合う。

 膨れ上がる殺気は酒場にいた客人たちを怖気づかせた。



 師弟同士の殺し合いが、始まろうとしていた。




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