六話「民間人の底力」
死織は何もない空間に手を突っ込む。
異空間収納魔術だ。魔改造が施されたサブマシンガンを二丁取り出す。
拡張マガジンに収まっているのは「対化物用12×25mm徹甲弾」。
妖物の硬い甲殻を貫くために開発された殺傷力の高い弾薬だ。
源次郎も異空間から銃器を取り出す。
魔改造済みのオートマグを二丁。
二人は四方八方に弾薬をバラ撒く。
今まさに喰いかかろうとしていた猟犬たちをハチの巣にした。
発砲音に次ぐ発砲音。
轟く銃声と共に火花が舞い散る。
地面に落ちる大量の薬莢が硬質な音を奏でる。
両者とも銃の腕は超一流。
一発も外すことなく猟犬たちを射殺していく。
二人の顔には暗い笑みがはり付いていた。
魔界都市の住民ならではの冷たい笑みだ。
弾切れを確認した死織はすかさず異空間から予備の弾倉を取り出す。
「源次郎さんのは退魔弾ですか?」
「おう、予備に買ってるんだ。備えあれば憂いなしってやつだな」
「今度買っておきます」
「ハッハッハ! そうしとけ!」
二人は間近に迫ってきた猟犬を撃ち抜く。
今のところは圧倒している。
そう、今のところは──
弾は有限だ。何時か尽きてしまう。
「なんつー数だ。減るどころか増えてるぜ」
「ゴッキーみたいですよね」
「そりゃ失礼だぜ。アイツらは殺虫剤撒いたら死んでくれるんだからよぉ」
「確かに」
笑う死織に、源次郎は提案する。
「逃げるか」
「ティンダロスの猟犬から逃げる、ですか……得策ではありませんね」
「大衆酒場ゲートならどうよ?」
「ネメアさんのところですか?」
源次郎は頷く。
「あの人は大和の旦那と「同格」だ。頑固なお人だが、客人として駆け込めば守ってくれるだろう」
「良案ですね。しかし大衆酒場までおおよそ2キロ──移動手段はどうします?」
「徒歩は……流石につれぇよなぁ」
猟犬たちの包囲を突破できる「足」がない。
何か良い乗り物でもあればよいのだが──
そんなことを考えていると、空中から可愛らしい悲鳴が聞こえてきた。
高層ビルの合間を子供幽霊たちが飛び回っている。
死体回収屋「ピクシー」の面々だ。
「おお!! 源次郎!! 死織っち!!」
荷車を引いていたリーダー、幽香は二人に提案した。
「今からネメアのところに逃げ込むんだ!! それまで護衛を頼めないか!? その代わり、荷車に乗せていってやるからさ!!」
二人にとって、まさに天界から垂れてきた蜘蛛の糸。
「「ナイスタイミング!!」
◆◆
二人は驚異的な跳躍力で荷車に飛び乗る。
車体が大きく揺れ、幽香は思わず悲鳴を上げた。
「ちょ!? 重っ!? 源次郎お前重い!! ダイエットしろ!!」
「べらんめぃ! 筋肉と脂肪は男の源よ!」
「こんのガチムチめぇ〜!! 後でおでん奢れよチクショー!!」
「おうさ! 生き残れたらたらふく食わせてやる!」
「私にも頼みますよ! 源次郎さん!」
源次郎は背負っていた対物ライフルを、死織は魔改造済みのアサルトライフルを、それぞれ構える。
ピクシーの荷車はデスシティ製の特別仕様だ。
時速50キロを超えるこの荷車に乗っていれば、数分でゲートに辿りつけるだろう。
問題は猟犬たちを振りきれるかどうか──
死織と源次郎の役目は、ゲートに到着するまで猟犬たちを食い止めることだった。
猟犬たちの何匹かは空を駆け、もう何匹かは高層ビルの側面を走っている。
「しつこいですね! いい加減諦めてくださいよ!」
「おい餓鬼共、耳ぃ塞いでな!!」
死織と源次郎は分厚い弾幕で猟犬たちを抑え込む。
しかし止められはしない。ダメージを無視して追いかけてくる。
その執念深さは、なるほど猟犬と呼ばれるワケだ。
「幽香さん! もっとスピード上げられませんか!?」
「このままじゃ追い付かれるぜ!!」
「これでも全速力だっての!!」
幽香たちは走り屋ではない。
お世辞にも速いとは言えない。
しかし、彼女たちもデスシティの住民だ。
幽香は部下たちに指示を出す。
「野郎どもー!! 足止めだー!! 頑張れー!!」
「「「「「「あい!!」」」」」」
子分たちは両サイドに聳え立つ高層ビルに強力な念力を放つ。
「えーい!」
「とーう!」
「おりゃー!」
「せやー!」
可愛らしいかけ声だが、高層ビルを薙ぎ倒す念力は本物。
猟犬たちは高層ビルの下敷きになった。
巻き上がる土煙、その中から幽香たちが飛び出てくる。
「サンキュー餓鬼ども! マジで助かったぜ!」
「ナイスフォローです! ありがたい!」
子供幽霊たちは笑顔でサムズアップする。
しかし、完全に撒けたワケではない。
死織と源次郎は足止めに徹する。
弾薬を装填する一瞬の隙をフォローし合う。
幽香は大声で叫んだ。
「見えてきたぞー!!」
応答はない。
できないのだ。
すぐそこまで猟犬たちが迫ってきていた。
少しでも気を抜けば追い付かれる。
極限状態だ。
それを確認した幽香は渾身の力で荷車を引っ張る。
スピードを上げた荷車は無事ゲートにたどり着いた。
「よく逃げてきた」
金髪の偉丈夫とすれ違う。
白シャツを盛り上げる巌の如き肉体。
滲み出る金色のオーラ。
大衆酒場ゲートの店主、ネメア。
幽香は振り返りながら告げる。
「あとは任せた!!」
「ああ、任せておけ」
猟犬たちは立ち止まると、全身を震わせて威嚇する。
勢いのまま、一匹がネメアに襲いかかった。
瞬間である。
その一匹が消えたのは──
ドシャっと、嫌な音が響いた。
遥か遠くからだ。
高層ビルの側面に叩きつけられていた。
青い体液を撒き散らしてぺしゃんこになっている。
ネメアは何をしたのか?
ぶん殴ったのだ。
規格外の腕力で──ただぶん殴った。
「アイツらは今、俺の客人だ。手を出すならそれなりの対応をさせて貰うぞ」
白煙を上げる右拳を掲げるネメア。
猟犬たちは垣間見た。
彼我の実力差を──
デスシティの三羽烏の一角にして、世界最強の傭兵。
「金獅子」「西洋の雷神」「伝説の傭兵」。
数多くの二つ名で恐れられる、大和と対になる存在。
彼は神話の時代、別の名前で呼ばれていた。
その名は──ヘラクレス。
ギリシャ神話を代表する大英雄だ。
「失せろ、今すぐに」
殺気が迸る。
あまりの密度にありもしない光景が具現化した。
黄金の鬣を靡かせる百獣の王が唸り声を上げている。
猟犬たちは情けない声を上げて逃走した。
「……ふぅ」
ネメアは息を吐くと、懐からセブンスターを取り出す。
火をつけて、遠くにいる友に語りかけた。
「早く終わらせろ、大和。お前なら一瞬だろう」




