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〜Past Glory〜  作者: パイナップルの妖精
第二章「猟犬伝」
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五話「デスシティの民間人」



 突如起きた大地震により、デスシティの交通機関は大打撃を受けていた。

 中央区の大通りは特に凄まじく、大渋滞を起こしている。


「はい、はい……なるほど」


 漆黒色のバス、通称「闇バス」の運転席で。

 運転手が本部と連絡を取りあっていた。

 黒の制服と帽子がよく似合う東洋系の美女。


 死織(しおり)

 闇バス、闇タクシーの運転手だ。


 彼女は通話を終えると、運転席にもたれかかる。


「Aランクの邪神ですか……まぁ、大和が戦っているので大丈夫でしょう。注意すべきは周辺の被害ですね」


 死織はダルそうに後方にふり返る。

 乗客たちが恐慌状態に陥っていた。

 彼らは表世界の住民。大金を積んでまでこの都市を観光したいという物好きたちだ。


 彼らを落ち着かせるために、死織は席を立つ。


「申し訳ありません。現在、魔界都市特有の災害が発生しております。暫くの間停車いたしますが──」


 それ以上の言葉を死織は紡げなかった。

 矢継ぎ早に繰り出される不満の嵐。


 本当に大丈夫なのか? 逃げなくていいのか? 身の安全は保障できるのか? 


 絶えずまくしたててくる乗客たちに、死織はたまらず顔をうつむける。


(これだから表世界の住民は……慌てて覆るような状況なら苦労しませんよ)


 心中で吐露したあと、無理やり営業スマイルを作る。


「落ち着いてください。まず、当バスはお客様の安全を第一に設計されています。特殊合金製の外装に特殊加工済みの強化ガラス。更に強固な魔術障壁を幾重にも展開しています。外よりも、バスの中のほうが遥かに安全です。外に出れば、身の安全は一切保障できません。この都市は凶悪な犯罪者と妖物の巣窟──私一人でお客様を守ることは不可能です」


 乗客たちは口をつぐむ。

 安心させる言葉よりも恐怖をあおる言葉──死織は人間の心理をよく理解していた。


「私としては、騒動が収まるまで車内で待機していただきたいのです」


 その言葉が効いて、乗客たちはしぶしぶ席へと戻っていく。

 死織は深く頭を下げると、運転席に戻った。

 ただでさえ凝ってしまう肩をグルグルと回す。


(ひとまず大丈夫でしょう……今は、本部からの連絡を待つしかありませんね)


 面倒臭いとハンドルに頬杖をつく。

 その視界に巨大な瓦礫が映り込んだ。

 対向車線の大型トラックを軽々と押し潰していく。


 前方から規格外の暴風が迫ってきていた。

 先程の瓦礫は遥か遠くにあった建造物の残骸だ。


「ヤバっ」


 死織は反射的に自動ドアを蹴破って外に飛び出る。


 受け身を取って振り返ると、阿呆な面をした乗客たちがバスごと暴風の中に消えていった。

 死織は咄嗟に地面のくぼみを掴む。


 吸い込まれそうになるのをなんとか耐えていると、暴風は嵐のように過ぎ去っていった。


 素早くその場を離れる。

 まるで示し合わせたかのように乗用車が落下してきた。


 死織は並外れた身体能力で躱していく。

 全ての瓦礫が落下したことを確認し、ホッと胸を撫で下ろした。


「まさか闇バスが吹き飛ばされるとは……洒落になりませんね」


 手袋に付いた汚れをパンパンと払うと、帽子を被りなおす。


「さて、お客様はお星様になってしまいましたし、どうしましょか……」


 悩んでいると、名状しがたい悪臭が鼻を突き抜ける。

 辺りを見渡すと、いたるところから青みがかった煙が噴き出ていた。


 煙はすぐに形を成して冒涜的なバケモノに姿を変える。

 四足歩行の痩躯は瞬く間に死織をとり囲んだ。


「なるほど……ティンダロスの猟犬ですか。では、Aランクの邪神はティンダロスの──」


 考えるのもほどほどに臨戦態勢を取る。

 異次元から日本刀タイプの高周波ブレードを取り出し、構えた。


「私をただの一般人だと思わないでくださいよ。デスシティの一般人ですからね」



 ◆◆



 鋼鉄をバターのように切断できる高周波ブレードは、頑丈な猟犬をいともたやすく斬り裂いた。

 しかし殺すことはできない。

 精々時間を稼げる程度。


 猟犬は不老不死だ。単純な物理攻撃では殺せない。


 しかし舐めてはいけない。

 死織は魔界都市の住民だ。


 彼女は自身の肉体に最新式のサイボーグ手術を施していた。

 体内に特殊なナノマシンを循環させ、全身を隅々まで強化している。


 死織は傍らにあった大型トラックを片手でひっくり返した。

 三匹ほど下敷きになったが、煙になってスルリと抜け出してくる。


 彼らを倒すには特別な力が必要だ。

 邪神殺しの恩恵かマジックアイテム、または強力な聖属性攻撃か。それらが無ければダメージを与えることすらできない。


「台所に出てくる黒いアレが可愛く見えますよ……」


 悪態をつきながら、小さな宝石を取り出す。


「高価な代物ですが……背に腹は代えられませんね」


 名残惜しそうにしながらも宝石を握り潰す。

 間髪を容れず襲いかかってきた猟犬を斬り伏せた。

 それでもお構いなしに噛み付こうとした猟犬だが、突如として悲鳴を上げてのたうち回る。


「退魔の波動……効果があって何よりです」


 宝石を対価に発動できる強力な破邪の力。

 あらゆる魔族に対して特攻を得られる代物だが、邪神に対しても効果があるようだ。


 これにより、死織は猟犬と戦える力を得た。


(長くは持ちません。効果時間が切れる前に打開策を見つけないと……)


 強力な力故に効果時間が短い。

 死織は必死に考える。


 すると、一匹の猟犬が木っ端微塵に砕け散った。

 続いて響き渡ったのはまるで落雷のような砲音。


 死織は猟犬を仕留めた主を確認する。


 筋肉の宮といえる鍛え抜かれた肉体。

 荒々しく逆立った白髪に仁王像のような厳つい顔立ち。

 片手には魔改造を施した対物ライフルを、もう片方にはメートル超えの人斬り包丁を携えている。


 彼を見た死織は安堵の笑みを浮かべると、背中を預けた。


「助かりましたよ、源次郎(げんじろう)さん」

「礼はいいぜ。俺も一人じゃ厳しかったんだ。ここは手を組もうや──死織さん」


 源次郎。

 大和がよく通うおでん屋「源ちゃん」の店主だった。


 住民たちの反撃がはじまる。



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