四話「天災襲来」
大和が戦い始めた頃──青宮霊園に一人の男がいた。
純白のスーツとサングラスが似合う伊達男。
右之助である。
彼はジャンクフードの入った紙袋を携え、付近のベンチに腰かけた。
「派手にやってんなー」
視線の先でティンダロスの猟犬が宙を舞う。
「猟犬共には少し同情するぜ。相手が悪すぎる」
「やぁやぁ! 右之助くんじゃあないか!」
右之助は目を丸める。
声をかけられるまでその存在に気付けなかったからだ。
褐色肌の美少女。
ダークシルバーの長髪を揺らす彼女を見て、右之助は頬を引き攣らせる。
「えーと、アンタ名前が多いから、なんて呼べばいい?」
「ニャルさんでいいよ!」
「じゃあニャルさん。隣、座るかい?」
「いいの?」
「いいぜ」
「では遠慮なく」
右之助は肩を竦めながらジャンクフードを取り出す。
デスシティ特性のハンバーガーだ。
肉が異形のバケモノであり、奇声を上げて触手をうねらせている。
常人なら食欲が失せるソレを、右之助は美味しそうに頬張りはじめた。
「凄いものを食べてるね」
「モグモグごっくん……ああ、これか? 最近流行りのジャンクフードなんだよ」
「口の中で暴れない?」
「それがいいのさ」
「ふ~ん?」
右之助は暴れるタコ肉を歯ですり潰す。
ニャルは何故かつまらなそうに唇を尖らせていた。
「まったく、この都市の住民にはSAN値という概念が無いみたいだね。僕やティンダロスの猟犬を見ても発狂しないし」
「まぁ、程度によると思うぜ」
右之助は未開封のものをニャルに差し出す。
「1個食べるか?」
「え!? いいの!?」
「勿論」
「いやー! ちょっと気になってたんだよね! ありがと♪」
子供のようにはしゃぐニャルに、右之助は愛想笑いを浮かべる。
彼はニャルの正体を知っていた。
冒涜的で背徳的な、邪神の素顔を──
当のニャルはというと、美味しそうにハンバーガーを頬張っていた。
「うみゃーい!! これうみゃいねー!! 全然いけるよー!!」
◆◆
ティンダロスの猟犬を蹴散らしていた大和は、唐突に両手を広げる。
「本気でやってるか? いいぜ、来いよ」
挑発された猟犬たちは我先にと飛びかかる。
鋭い牙で噛みつき、注射器のような舌を突き刺す。
しかし、大和の肉体は傷付かない。
度重なる鍛錬で進化を遂げた鋼の肉体は、猟犬たちの攻撃を悉く無効化していた。
「そぅら」
大和は両の指で空間を梳く。
滑らかな曲線を描き、幾重にも折り重なっている様はまるでカーテンだ。
瞬間、周辺にあるものが全て斬り刻まれた。
突発的に発生した空間断裂によって範囲内にあるものが全て消滅する。
指の関節の駆動域を利用して、刃物では実現不可能な角度の斬撃を自らの周りに展開する絶技。
【斬鉄指・残響共鳴】
大和は手についた不快な粘液を払い落とす。
猟犬たちは一匹残らず消滅していた。
「終わりか?」
辺りを見渡す。
ふと、凄まじい憎悪の念を背中に叩きつけられた。
砕けた空間、その奥からおぞましい唸り声が聞こえてくる。
青宮霊園に棲息している肉食カラスが一斉に羽ばたいた。
「……王様か」
割れた空間から2メートルを超える前足が出てくる。
続いて出てきたのは顔……ティンダロスの猟犬に酷似していた。
『────────!!!!!!』
天地を揺るがす大咆哮。
青宮霊園に生息している殆どの生物が発狂した。
一秒にも満たない刹那、巨大な前足が叩き落とされる。
あまりの衝撃に地面が波打つ。
大地震がデスシティを襲った。
ティンダロスの王。
ティンダロスの猟犬を統べる強力な存在。
猟犬たちとは比べものにならない、正真正銘の邪神である。
「躾けがなってねぇな」
土煙が晴れると、五体満足の大和が現れた。
柱のような前足を片手で受け止めている。
『……』
ティンダロスの王は再度前足を踏み下ろす。
地盤が割れ、星の核にまで衝撃が行き届く。
青宮霊園はたちまち崩壊、デスシティに深刻なダメージが刻まれた。
「興奮すんなよ、ワンちゃん」
いつの間にか、大和は王の背中に座っていた。
王は暴れて彼を引き剥がす。
既に崩壊してしまった大地に着地した大和は、笑いながら振り返った。
「しょうがねぇ。躾けてやるよ、来な」
大和は右手を差し出し、クイクイと手招きする。
その顔には不敵な笑みが浮かんでいた。
◆◆
同時刻。
デスシティ全域に緊急警報が行きわたっていた。
『中央区南側でAランクの邪神が出現しました。現場付近の住民はただちに避難してください。繰り返します──』
その警報を耳にしながら、右之助は天高く跳躍していた。
ティンダロスの王の気配を察知した瞬間に現場を離れたのだ。
五階建てのビルを優々飛び越え、路上に着地する。
重い音と共にコンクリートを粉砕し、更に跳躍する。
「いや~! 助かるよ右之助くん! わざわざ運んでくれるなんて!」
ニャルは右之助にお姫様抱っこされていた。
右之助は険しい顔付きで言う。
「あそこでアンタが混ざるとエラいことになるからな。悪いが、一緒に来てもらうぜ」
「かまわないよ。でも、大和の戦っている姿が見たいから見晴らしのいい場所に連れていってくれないかい?」
「お安い御用で」
近くのビルを駆けあがる。
見晴らしがいい場所までやってきた右之助は、ニャルを下ろしてホッと息を吐いた。
ニャルはというと、慌てる住民たちを見て嬉しそうにしている。
「うんうん♪ 流石にティンダロスの王が出てくると、この都市の住民も慌てるみたいだね♪」
「そりゃあ慌てるさ。アレは、その気になれば星もぶっ壊せるバケモノだからな」
「ふーん? 君ならティンダロスの王に勝てそうだけど?」
「お世辞が過ぎるぜ」
「お世辞じゃないよ。君の実力を正当に評価した上でさ」
ニャルの発言に、右之助は困った風に頬をかく。
「足止めが精一杯だ。勝てはしねぇ」
「謙虚だね」
「はぁ、どーも」
ニャルは遠くで激闘を繰り広げる大和に視線を向ける。
「ありがとう、右之助くん。こうして大和の戦いをゆっくり見られるなんて、嬉しいよ」
ニャルは不意に女の艶やかさを醸し出した。
右之助の背筋に悪寒が走る。
邪神特有の狂気が、少しだけ漏れ出していた。




