一話「ティンダロスの猟犬」
「時空間旅行」
過去と未来を行き来できる、デスシティならではの旅行プランだ。
デスシティは魔術と科学が隆盛を極める魔界都市。
時空間の渡航方法は既に確立されている。
その気になれば歴史の偉人たちが活躍した時代へと赴くことができる。
しかし、このプランには重大な欠点があった。
命に関わるほどの重大な欠点が──
時空間を移動すると、「猟犬」に目を付けられてしまうのだ。
不浄なる存在。角度を司る者。
その名は──
◆◆
「ティンダロスの猟犬ねぇ」
大衆酒場ゲートで。
大和はラムの入ったグラスを揺らしながら呟いた。
「時空間旅行をした結果、目を付けられたか……馬鹿な奴もいたもんだ」
嘲笑をこぼす彼に対して、向かい側で新聞を読んでいたネメアは告げる。
「今回の依頼、報酬は2億だ」
大和はわざとらしく口笛を吹いた。
「えらく弾むな、金持ちか?」
「ああ、巨大財閥の総帥から直々の依頼だ」
「なるほどね……いいぜ、受けよう」
ネメアは新聞を畳むと、横に置いておいたメモ用紙を差し出す。
「近くのホテルに泊まってる。部屋番号だ」
「サンキュー」
受け取った大和は酒場を去っていった。
◆◆
同時刻。
ゲートの近くにある高級ホテルのスイートルームで。
ソファーに座っている少女は大きなため息を吐いた。
容姿的年齢は十代半ばほど。白銀色の長髪はツインテールに結われており、意志の強そうな双眸は綺麗なサファイア色。
凹凸のハッキリした肢体はとても十代のものとは思えない。
彼女は巨大財閥の総帥の愛娘。
今回の事件を引き起こした難物である。
「どうしてこうなったのかしら……」
時空間旅行。
丁度良い暇潰しになる筈だったのに、とんでもなく厄介な存在に目を付けられてしまった。
ティンダロスの猟犬。
時空間に生息している邪神の一種。正真正銘のバケモノである。
彼らは時空間に干渉した者を見つけると、執拗に追いかける習性を持つ。
万年先の未来だろうが億年前の過去だろうが必ず見つけ出す。
本来なら目を付けられた時点で死が確定する。
そう、本来ならば──
「お嬢様を狙う存在──ティンダロスの猟犬を欺く方法はいくつかございます。しかし、どれも現実的ではありません。今は気配遮断、知覚阻害などの魔術を用いて誤魔化していますが、時間の問題でしょう」
監視役のメイドは柳眉をひそめる。
「お嬢様が好奇心旺盛なのは存じあげておりましたが、まさかこの都市に関わるほどとは……」
「何よ、文句ある?」
「ありますとも、貴女を守るために多くの犠牲者が出たのですから。少しは反省してください」
「……ッ」
少女は唇を尖らせる。
以前まで父の専属メイドだった彼女は、あらゆる分野で優秀な成績をおさめている。
面白くない。
矮小な嫉妬だった。
加えて美しい。 文句の付けようが無いほどに──
濡羽色の長髪はポニーテイルに結われており、紫苑色の瞳は冷たい輝きを灯している。
少女は不快に思いながらも、疑問に思ったことをメイドに聞く。
「貴女、やけにこの都市に詳しいようだけど」
「旦那様に仕える前は、この都市で活動していましたので」
「へぇ……っ」
少女は身を乗り出す。
「お父様から聞いているわ。この都市はあらゆる悪が集った犯罪都市だって。なら貴女は──」
「私如きの詮索をするよりも……まずはご自身の心配をなさったほうがよろしいかと」
「……」
不貞腐れる少女。
あまりにわかりやすい反応に、メイドはため息を吐きかけた。
「ティンダロスの猟犬は難敵です。なので、今回は凄腕の殺し屋を呼びました」
「ふぅん……名前は?」
聞かれたメイドは複雑な表情をする。
畏怖、嫌悪、羨望、情愛──
あらゆる感情を込めて、その名を口にした。
「大和……世界一の殺し屋です」




