五話「世界最強の殺し屋」
魔女は20kmも離れた場所に転移していた。
何十回も転移を重ねることで追跡されないようにしている。
魔女はフードを取り素顔をあらわす。
小麦色の肌が眩しい、南国特有の美少女だった。
滑らかな金髪が頬に垂れ落ちる。
(バケモノめ……だが貴様の人生も今日で終わりだ)
魔女は勝利を確信していた。
何故なら、大和を殺せる必殺の呪法を完成させたからである。
(バケモノとはいえ、呼吸し食事をする生物。であれば、最上級の致死の呪いを避ける手段は無い)
己の寿命の半分を引き換えに発動できる禁忌の呪術。
ゴーレムを片手で投げ飛ばし、小惑星を蹴り飛ばす理不尽の権化。
殺すには同等の理不尽を叩きつけるしかない。
(我が命を懸けた呪いは必ず貴様の魂を滅ぼすだろう。悔いろ、あの人を殺したことを──地獄の底で詫び続けろ)
魔女は嗤う。
中央区の路地裏に不気味な笑い声か響き渡る。
それに反応した者がいた。
誰でもない、あの男だ。
「随分と嬉しそうだな」
魔女は思わず舌打ちする。
振り返ると、灰色の双眸に見下ろされていた。
「早いな。先ほどとは違い、匂いも完全に消したはずだが?」
「ああ、なんとなくな」
「なんとなく、だと?」
訝しむ魔女。
大和は答える。
「お前の声や目線、思考。色んな情報をまとめて次の行動を読んだ。読心術の一種さ」
「……」
絶句している魔女に、大和は追い打ちをかける。
「お前は今、「俺を殺せるであろう呪術」を完成させた。そうだろう?」
「ッ」
次の一手すら読まれている。
読心術とかいうレベルの話ではない。
動揺を隠しきれていない魔女に対して、大和は告げる。
「逃げるなら今のうちだぞ」
「……?」
「その代わり、二度と俺に関わるな」
魔女は放心した。
大和が何を言っているのか理解できなかったからだ。
正気に戻ると、凍えるような声音で吐き捨てる。
「馬鹿が。二度目なんてないんだよ。さっさと死ね」
何の躊躇いもなく致死の呪いを発動する。
──しかし、
「……何故だっ」
魔女は驚愕と、それ以上の恐怖で声を震わせた。
「何故死なない……ッ」
確かに発動した。
確かに寿命の半分を支払った。
確かに大量の呪詛を注ぎ込んだ。
それなのに死んでいない。
目の前のバケモノは、
「ハァ……」
大和は呆れてため息を吐いた。
諦めも含まれていた。
「闘気っていう力がある。お前ら魔術師で言うところの魔力だ」
大和は全身から真紅のオーラを発する。
「闘気は闘気以外の全ての「力」を無効化する。……俺に魔術は効かねぇよ」
「そんな……!」
あまりの内容に魔女は叫ぶ。
「そんなのありえない! 出鱈目だ!」
「ありえるんだな、実際」
「……謀ったな、貴様っ」
魔女は恥辱で顔を歪める。
「最初から殺されないとわかっていたのか!! だから!!」
「だから、どうした?」
「っ」
「お前は俺を殺そうとした。十分だ」
大和は手を振り上げる。
鎌鼬が魔女の体を通り抜けた。
「……へ?」
魔女は呆けた声をあげる。
眉間に直線が入り、遅れて体が二つに裂けた。
痛みすら感じない。死んだことすら自覚できない。
魔女は泥のように眠った。
そして二度と目覚めることはなかった。
「おやすみ、お嬢ちゃん」
夜が訪れる。
数多の犠牲者を見届けた太陽は、ゆっくりと地平線に沈んでいった。
◆◆
翌日。
真夜中にもかかわらずデスシティは大いに賑わっていた。
闇の眷族が多いこの都市は夜に真の姿を見せる。
大衆酒場ゲートで。
緑色の肌をした宇宙人がミートソーススパゲッティを頬張り、洗練されたフォルムのアンドロイドが高級燃料をストローで飲んでいる。
鉈や大砲を背負った賞金稼ぎたちがテーブルを囲って大富豪を楽しんでいた。
カウンター席で。
純白のスーツを着た大男がため息混じりに紫煙を吐き出していた。
「ねぇ、右之助さぁん。今夜暇ぁ?」
「ちょっと! 私が言おうとしてたこと言わないでよ!」
「右之助さぁん、今夜こそいいでしょー?」
狼の獣人、妖精に淫魔など、人外の女たちから熱烈なアタックを受けている。
右之助は気が乗らないのだろう。
あからさまに嫌そうな顔をしていた。
「やめろ、引っ付くな。あー……俺よりも男前な奴が目の前にいるだろう? 口説くならそっちにしてくれ」
女たちはカウンターの奥を見る。
金髪の偉丈夫がいた。ネメアだ。
彼もまたあからさまに嫌そうな顔をする。
「まさか俺のことを言っているのか? 右之助」
「そうだよ。たまには女と遊んでみるってのはどうだ?」
「ふざけるな。俺に女の話題をふるんじゃない」
「あ~あ、毎回こうだもんなぁ」
ネメアの女嫌いは魔界都市でも有名だった。
そこがいいという女性も多数存在するが……
ウェスタンドアを開く音と共に褐色肌の美丈夫が入ってくる。
女たちの黄色い悲鳴が響き渡った。
群がる女たちを適当にあしらって、大和は右之助の隣に座る。
「よ、待たせたな」
「全然、むしろ助かったぜ」
大和はラムとつまみを頼む。
右之助は興味本位で聞いた。
「野暮用は済んだのか?」
「ああ、復讐しにきた奴がいたんだよ」
「復讐ねぇ……」
右之助はあらかじめ頼んでおいた冷や豆腐に箸を通す。
日本酒を口に含みながら聞いた。
「殺したのか?」
「殺した。逃げればよかったのに」
「そうか……それはしょうがねぇ」
大和の言い回しで全て察した。
本人が選択したのだろう。
それ以上言うことはない。
「……」
話を聞いていたネメアは、なんとも言えない表情をしていた。
彼は昨日起きた事を知っていた。
その魔女には同情する。だが擁護はできない。
それが、ネメアの出した答えだった。
ネメアはそっと魔女の存在を忘れた。
彼女の死を悲しむ者は、この都市にはいなかった。
《完》




