三話「魔界都市の住民たち」
「契約を解消させてもらいます」
用心棒は笑顔で言った。
拍子抜けするほど気軽な声音だった。
組長は目を丸める。
辛うじて笑みを浮かべた。
「冗談にしては笑えないぞ?」
「契約を解消させてもらいます。今すぐに」
組長の表情が歪んだ。
脂の乗った顔が真っ赤に染まる。
「襲撃を受けた直後に……馬鹿かお前は?」
「申し訳ない、想定外です」
あっけらかんに言う。
組長は両手でデスクを思い切り叩いた。
「既に報酬は払っているんだ! せめて時間を稼げ!」
「ん~」
用心棒はポリポリと頬をかく。
「何か勘違いしてませんかね? 旦那」
「……?」
用心棒はサングラスを指で上げる。
その青色の瞳を見て、組長は大量の脂汗を噴き出した。
人間がしていい目ではなかった。
「アンタが俺を雇ったんじゃない。羽振りのいいアンタを、俺が選んだんだ」
「ッ」
「三羽烏が動いた。運が悪かったってことで」
開き直る用心棒に、組長は怒りのまま叫ぶ。
「ふざけるなッ!!」
数名の構成員が部屋に入ってきた。
外で待機していたのだろう。
「あのね~」
四方から銃口を向けられ、用心棒はやれやれと肩を落とす。
「俺に銃口を向けてどうするんです? 向けるのは下にいる奴でしょう。あと──」
用心棒の体から冷たい殺気が溢れ出た。
「俺に銃口を向けるなって、契約書に書きましたよね? 馬鹿共が──テメェら全員、俺の拳の射程圏内だ」
用心棒の両腕がブレる。
岩石の如き拳は音を置き去りにした。
室内は瞬く間に鮮血で染め上げられた。
◆◆
その頃。
大和は構成員たちを惨殺していた。
物言わぬ肉袋と成り果てた彼らを一瞥し、二階を目指す。
床に張った血が下駄の足音を不快なものにしていた。
「……」
二階に続く階段は上下で交差しているタイプで、大和の位置から上段が見えない。
一段目を上がろうとした瞬間、いくつもの銃口が上段から現れた。
銃声が弾み、火花が吹き上がる。
フルオートで弾薬がばらまかれる。
「……は?」
間抜けな声は一人の構成員のものだった。
彼だけが違和感を覚えた。
恐る恐る天井を見上げると──
褐色肌の鬼がいた。
「お前ら……!!」
声を出そうとするが、その前に踏みつけられてぺしゃんこになる。
他の仲間が気付いた時には既に遅かった。
爪で頚動脈を裂かれ、首をへし折られ、指で目ごと脳をえぐり抜かれる。
瞬く間に惨殺された構成員。
大和は散らばった肉塊をまたぎ、二階の廊下に出る。
丁度、走って逃げている構成員がいた。
大和は転がっている拳銃を掴み、後頭部に投げつける。
脳漿が弾けた。首から上は原型を留めていない。
大和は生き残りがいないかゆっくり確認しながら先に進む。
そうして組長がいる部屋の前にたどり着いた。
「……ん?」
首を傾げる。
扉を開けると、全てが終わっていた。
原型を留めていない構成員が床に散らばっている。
一番奥にあるデスクには、首のない死体が寄りかかっていた。
ブクブクに太った肉体──おそらく組長のものだろう。
首の断面を見るに、無理やり捻じ切られたようだ。
この惨状を、いったい誰が作り上げたというのか?
「丁度終わったところだ」
綺麗なままのソファーに座る大男。
その傷だらけの顔を見て、大和は思わず謝った。
「仕事の邪魔して悪いな、右之助」
「いいんだよ。不可抗力ってやつだ」
用心棒──右之助はヘラヘラと笑った。
◆◆
二人は知り合いだった。
互いに認め合う仲である。
大和は鮮血で染まった部屋を見渡し、肩を竦める。
「知らないフリをしててよかったんだぜ? お前以外を殺せいい話だ」
「冗談、わかっててもお前と対面するなんてゴメンだね。それに……」
「それに?」
右之助は鼻で笑う。
「お前に依頼が来るような奴らだ。遅かれ早かれこうなってただろう」
互いに知ってる関係だ。
仕事のスタンスもわかっている。
大和は嬉しそうに笑った。
ふと、着信音が鳴り響く。
死体回収屋のリーダー、幽香からだ。
『おーう大和ー! 仕事終わったかー?』
「予定より早く終わった。大丈夫か?」
『勿論! 三分くらいで行くぜ!』
「よろしく」
通話を終えると、大和は右之助に言う。
「外出るか」
「だな」
二人は揃って部屋を出る。
残ったのは物言わぬ死体だけだった。
◆◆
数分後、事務所の外で。
二人は死体回収屋のメンバーと合流していた。
「大和だー!」
「右之助だー!」
「元気にしてたかー!」
「死体どこだー!」
「毎度、ありがとうございます……」
「お久しぶりですぅ」
元気な子供幽霊たちである。
わちゃわちゃと騒いでいると、リーダーである幽香が頬を膨らせた。
「お前らー!! 仕事中だぞ!! 集中しろ!! しゅうちゅー!!」
幽霊たちは『了解です!!』と可愛らしく敬礼すると、事務所に入っていく。
見送った幽香は、綺麗な桃髪を揺らして大和に振り返った。
「おっしゃ! 大和! 会計は明日終わらせるから、待っててくれよな!」
「おう」
頷く大和に、幽香は何故か両手を重ねる。
「あのさ! お願いがあるんだけどさ!」
「ん? ……ああ、残ってるものか?」
「持って帰ってもいいか!?」
「いいぜ。右之助もいいよな?」
「おう」
幽香は翡翠色の瞳を輝かせると、大和に抱きつく。
「ひゃっほーい!! さっすが大和!! 大好きだぜー!!」
「ほら、さっさとアイツらの手伝いに行ってやんな」
「おう!! いつもありがとうなー!!」
幽香は手を振って現場へと向かっていく。
一連のやり取りを見ていた右之助はニヤニヤと笑っていた。
「優しいねぇ~」
「茶化すな」
肩を竦めながら大和は言う。
「右之助、暇なら飲みに行こう。奢るぜ」
「マジで?」
「迷惑料にしては安いがな。好きに飲んでいい」
「最高だ。ならゲートにしよう。あそこは酒も飯も美味い」
二人は並んで歩き始める。
しかし、
「……」
柑橘系の香りを嗅ぎ取った大和は、灰色の三白眼を細めた。
「右之助、わりぃ」
「どうした?」
「野暮用だ。明日、この時間にゲートで集合でいいか?」
「…………」
右之助は周辺の気配を探り、なるほどと肩を竦める。
「りょーかい、じゃあ明日で」
「サンキュー」
右之助は離れていく大和の背に告げる。
「何か言われても気にすんなよ」
大和は振り返らずに手を上げた。




